52 シャーロット
次の日に道具屋のリビングに集まって、里帰りの話し合いをする。
「ライハルは一日で行ける距離じゃないよね。途中の街で一泊しようか」
地図を広げたシーナが「うーん」と唸る。
ライハルは小さな村だから、列車も通っていない。一番近くの街まで列車に乗って移動しても、そこから半日は歩く。
「私の魔術で飛んで行ってもいいけど、列車ほどのスピードは出ないから、やっぱり途中でどこかに泊まらないといけないかな。ルルは私より速いけど、四人を乗せて一日中なんて走れないし」
「チアちゃんとルルの負担が大きいから、今回は列車で近くの街まで向かって、そこに泊まらない?」
マイルズの提案に全員が頷いた。
五日後に出発することに決め、列車と宿の手配をする。
リビングを出て道具屋に移動すると、マナとアレンが仲睦まじく店番をしていた。
「ねぇ、アレン。私はカイくんたちとライハルに行って留守にするから、マナと道具屋をお願いできる?」
「ああ、楽しんでこいよ。シーナが留守の間、俺はマナちゃんの部屋に泊まるから」
「お土産買ってくるね」
シーナは満面の笑みを向けるが、泊まると言えるアレンが羨ましいし、シーナが信頼しているのも複雑な気分だ。
アレンはいい奴だし、マナを溺愛しているのは知っているけれど。
「シーナちゃん、ライハルにはお土産になるようなものないよ。本当に田舎だから」
マイルズが申し訳なさそうに頭を掻く。
「それなら途中で寄った街で買うよ」
シーナはアレンの作った収納ボックスに傷薬をしまった。
「出発する前日にお買い物をして、持って行こう」
収納ボックスは手のひらサイズの箱にいろんなものがしまえて便利なのだが、なかなか売り出されない。
「この収納ボックスって、いつ売るんだ?」
「ああ、それ、作るのやめた」
「なんで? めっちゃ便利なのに」
「そうかもしれないけど、犯罪に使われる可能性もあるなって考えて。それがあれば物を盗んだりするのも簡単だし」
アレンの言うことにも納得してしまった。使う人間によって、いいものにも悪いものにもなってしまう。
「それならこれも返すよ」
「シーナとマナちゃんが悪いことに使うと思ってねーよ」
「そんなこと絶対にしないけど、万が一落としたり盗まれたりしたら、アレンが悲しむ使い方をされるかもしれないもん」
シーナは収納した傷薬を全て出してアレンに収納ボックスを渡した。
「大丈夫か? 荷物多くなるんじゃないのか?」
「俺とカイが持つから大丈夫だよ」
マイルズがこちらに視線を向けるから、俺は頷いた。
「というより、私が運ぶのが一番楽じゃない?」
チアが自分を指して目を瞬かせる。
以前チアとマイルズが買い物に行った時、チアが風の魔術で荷物を全部運んだ。マイルズは役に立てなかったと嘆いていたことを思い出す。
「みんなで持とう!」
シーナが胸の横で拳を握って、ぐっと脇をしめて意気込んだ。
「マナちゃんが買い物をしたい時は俺に言ってね。全部俺が持つから」
「大丈夫だよ! 私だって結構力あるんだから」
マナが胸を張るが、アレンはマナの二の腕を握る。
「こんなに細いのに?」
アレンは揉むように指をニギニギして離そうとしない。マナに触りたいだけなのだろう。
「本当にあるの!」
マナが口を尖らすが、アレンは目尻を下げて甘ったるい笑みを浮かべていた。
道具屋でシーナとマナとアレンと別れ、俺とマイルズとチアはギルドハウスに向かう。
魔物の討伐依頼を受けて、仕事をした。
ライハルのみんなへの土産のためにも、稼がなくては。
里帰り前日にマイルズと食料品屋で買い物をする。ライハルにはない食材を買った。
道具屋に寄ると、シーナが美味しい食べ方をメモしてくれた。
煮物に向いているだとか、繊維を断ち切るように切るだとか、弱火でじっくり炒めるだとか。
料理の好きなマイルズは、興味深そうにメモを見ていた。
里帰り当日の朝、道具屋の前で待ち合わせをした。
西の出入り口から出て、歩いて十分ほどで駅に着く。
テアペルジは大きな街だが、駅は質素だ。
プラットホームは一つで、人はまばら。人の話し声より、駅で流れている軽快な音楽がよく聞こえた。
すぐに轟音を響かせながら列車がプラットホームに入ってくる。キー、っと耳障りな金属音を響かせて停止した。
初めての列車に、緊張しながら足を踏み入れる。驚くほど安定していた。もっと揺れたりするものだと思っていたから拍子抜けだ。
車内は二人掛けのソファが向かい合うように配置されている。指定の席に腰を下ろした。
俺の隣にシーナが座り、正面にマイルズとチアが腰掛ける。
ゆっくりと列車が動き始めた。どんどん加速して、景色を置いていく。
プラットホームにいた時はうるさく感じたが、車内は静かだし、ソファも柔らかくて快適だ。
「俺、列車に乗るの初めてだから、すげー楽しい」
マイルズは窓に張り付いて、目を輝かせながら外を見ている。
「私も初めてだよ」
チアが「ねー」と膝に乗せているルルに同意を求める。ルルは「ニャァ」と肯定するように鳴いた。
「ギルドの仕事とかで、よく出かけたりするんじゃないの?」
「ルルに乗って出かけるから。自分でも飛べるしね」
やっぱり使い魔羨ましいな。
「私はおばあちゃんに会いにいく時に乗るよ」
シーナの祖母は熟年結婚をして、今は別の街に住んでいる。
話しながら列車の旅を楽しんでいると、大きなカーブで身体が振られた。
近くを歩いていた人がチアの方に倒れ込む。
「すみません!」
慌てて身体を離したのは、四十代くらいの気弱そうな男性だった。
チアの顔を見て、大きく目を見開いた。
「シャーロット?」
チアは目を瞬かせる。
「いえ、違います」
チアが答えると、男性の顔は血の気が引いたように青白くなっていった。
「そうですよね、本当にすみませんでした」
チアに頭を下げて、そそくさと隣の車両に消えた。
「知り合いに似てるって手口のナンパか?」
「それならもっと馴れ馴れしいと思う。最後の方は私を見る目が怖がっているように見えた」
俺が漏らせば、チアは口元に手を添えて表情をなくす。
「チアを怖がっているんじゃなくて、シャーロットって人を怖がっているんじゃない?」
「その人はチアちゃんに似ているのかな? だから間違えたんだよね」
チアは斜め上に目を向け、記憶を辿っているようだ。
しばらくして首を横に振る。
「わかんない。さっきの男の人も知らないし、シャーロットって名前もピンとこない」
ルルの尻尾がチアの腕に巻き付く。「ニャー」と何かを訴えかけているが、いつものように鳴き声に覇気がない。チアはルルの頭を撫でた。
夕方になると『バルディア』という街で降りる。
大きな街だが、高い建物がない。茜色の空がひらけて見える。
商店が並ぶ大通りは人が多く活気に溢れていた。その道を進み、宿屋に入る。
奥にはベッドが四つあり、手前にベンチソファとテーブルがあった。白を基調とした室内は清潔感がある。
夕飯と風呂を済ませて寛ごうにも、風呂上がりのシーナにドギマギして落ち着けない。
電気を消されてベッドに横になる。シーナが眠るベッドを視界に入れないために、布団を頭まで被って目を閉じた。
「カイくん起きて」
控えめに身体を揺すられて目を覚ます。
「おはよう」
シーナが俺を覗き込んで、溢れんばかりの笑顔を見せる。
眠気は一気に吹っ飛んだ。慌てて飛び起きる。
自分の部屋ではなく、宿だったことを思い出した。
朝目覚めて一番最初に目に映すのがシーナなのは幸せすぎた。毎日起こされたいと思うほど。
すでに全員起きていて、身支度を整えているところだった。
俺も急いで準備をする。
宿屋を出て大通り歩くが、まだ開店前だからか昨日の喧騒が嘘のように静かだ。
街の外に出ると、ルルはマイルズの腕の中へ収まりに行く。
「お昼過ぎにはライハルに着けると思うよ」
優しい風に包まれた。チアが全員を浮かす。
すぐに進み、話しながらだとあっという間にライハルに着いた。




