4 シーナの過去
早起きをして依頼を見にいくが、実入りの良さそうな依頼はない。難易度の低いものしかないから当然か。
初めての仕事は畑の収穫を手伝うものにした。村でもやっていて、慣れているから。
野菜を収穫して、貯蔵庫に運ぶを繰り返す。力仕事で、終わる頃にはひどい疲労で体が重くなった。
報酬とは別に、両手いっぱいに野菜をくれた。えっちらおっちら持って帰る。
帰って早々ベッドへダイブした。もう動きたくない。
「マイルズ、飯作って」
「無理。動けない」
くぐもった声が聞こえた。マイルズも疲労困憊で、うつ伏せになって枕に顔を埋めている。
一食くらい食べなくてもいいか、と瞼を下ろす。腹は減っているが、それよりも寝たい。
窓から差し込む陽射しが眩しくて目覚めた。食欲のそそる香りに飛び起きる。腹の虫が「早く食わせろ」と騒ぎだした。
キッチンでマイルズが鍋をかき混ぜている。
「朝飯なに?」
「昨日もらった野菜を煮込んでみた」
「たくさん作ったな」
「ルルに『いつでも作ってやる』って言ったし」
「ルルはこんなに食わねぇだろ。それは口実で、お前の目的はチアなんだろ?」
マイルズは図星を突かれて視線を逸らす。
「でもどうやって渡すんだ? チアの家なんて知らないだろ?」
「ギルドに行けば会えるんじゃないか?」
「チアに飯を届けにきたって呼び鈴を鳴らすのか?」
チアはギルド員だから、依頼で外出しているかもしれない。
「道具屋に行って、シーナちゃんにチアちゃんと連絡取れるか聞いてみる」
「そうだな。それがいいんじゃね? シーナと妹の分もありそうだし」
「ああ、たくさん作ったからそれは大丈夫」
パンと少しの煮込み野菜を食べる。野菜がトロトロになるほど煮込まれていて、甘く感じた。めちゃくちゃ美味い!
チアが書いた地図を頼りに道具屋へ向かう。『オープン』の札が掛かっていた。
扉を開くとドアベルが鳴る。
「いらっしゃいませ」
カウンター越しにこちらに向かって笑いかけてきたのは、シーナによく似た女の子だった。シーナはショートカットだが、この子は肩くらいまで髪を伸ばしている。
「シーナはいる?」
「お姉ちゃんのお友達ですか? ちょっと待っててくださいね」
奥に引っ込むと、すぐにシーナと戻ってきた。シーナは膝が隠れるくらいのワンピースを着ていた。森で会った時はパンツスタイルだったから、印象がだいぶ変わる。
「カイくんマイルズくんいらっしゃい」
「足はもう大丈夫なのか?」
「うん、マナに治してもらったから」
シーナが「妹のマナだよ」と紹介してくれた。妹も治癒術が使えるようだ。
「何か買っていく?」
「ああ、傷薬が欲しい」
そんなに金がないから、それしか買えない。
「あのさ、チアちゃんと連絡って取れる?」
「チアならお昼に来るよ。一緒にご飯を食べる約束をしているから」
「昨日いっぱい野菜をもらったから料理を作ったんだけど、食べて欲しくて。俺たちも一緒にいい?」
「もちろんだよ! マイルズくんのご飯はすっごく美味しかったから嬉しいな」
シーナが顔を綻ばせる。
俺も料理覚えようかな。
「じゃあ昼に鍋を持って来るよ」
「待って、これ使って」
シーナに手のひらサイズの箱を渡される。赤いボタンが一つ付いているだけの箱。
「なにこれ?」
「これは収納ボックス。赤いボタンを押したまま箱に物を触れさせるとしまえるの。取り出したい時はボタンを一度押すと、ボタンと反対の面に入っているものが表示されるよ。ボタンを押すたび切り替わるから、取り出したいものが表示されたらそれに触れると出てくるよ」
重たいものや、かさばるものを運ぶときに便利だな。これがあれば、昨日の野菜を運ぶことも楽だったはずだ。
「これってどこで売っているんだ?」
「それは隣の武器屋の友達がお試しで作ったものだから、売ってないんだ」
「売ってたら欲しかったのにな。貸してくれてありがとう。また後で」
店を出て、隣の武器屋も覗いてみる。
「いらっしゃい」
体格のいいおじさんが大声で迎えてくれた。
「自分に合った武器を作ってくれるって聞いてきたんですが」
「ああ、素材さえ持ってきてくれたら作るよ。今は二ヶ月待ちだけど、予約していくか? その間に素材を持ってきてくれればいいから」
「自分で素材を集めるんですか?」
「うちのを使ってもいいけど、材料費もかかるけどいいか?」
なるべく費用は抑えたい。マイルズと顔を見合わせて、自分で集めることにする。
「一ヶ月じゃ無理ですか? 一ヶ月後にギルドの入団試験があるので、なるべくそれまでに欲しくて」
「ああ、ボンドに入りたいのか。ちょっと厳しいな。俺じゃなくて、せがれが作ってもいいなら」
「それってコレを作った人ですか?」
シーナに貸してもらった収納ボックスを見せる。
「そうだが、どこで手に入れた」
おじさんの表情が険しくなった。盗ったとでも思われたのだろうか。慌てて口を開く。
「隣のシーナが貸してくれました」
シーナの名前を出せば、おじさんは途端に表情を緩める。
「そうか、シーナちゃんの友達か。それなら優先してやりたいが、やっぱり俺には無理だ」
「じゃあ息子さんにお願いします」
こんなに便利な物が作れるのだから、武器も凄い物を作ってくれそうだ。
「じゃあ武器を見せてくれ」
俺とマイルズがカウンターに武器を置くと、おじさんは真剣な目つきでメモを取っていく。
それとは別に、必要な素材を書いた紙を渡された。
「なるべく早く持ってきてくれ。試験直前に持ってこられても作れないからな」
「分かりました。ありがとうございます」
店を出て、マイルズと俺の紙を比べる。剣と弓だから当然素材は違う。聞いたこともない素材が多い。
「昼にチアに聞いてみようぜ。ギルド員なら詳しいだろうし」
「そうだな。とりあえず家に帰って昼飯の準備をしよう」
シーナに言われた通り、ボタンを押したまま箱を鍋に触れさせると鍋が消えた。一度ボタンを押して反対側を見ると、鍋が映し出された。この中に入っているということだ。
「すごいな」
「素材集めとか楽になりそうだよな」
試作品ということはまだ改良したいのだろう。売り出されたら絶対に買うのに。
道具屋に戻るとシーナが「いらっしゃいませ」と笑う。俺とマイルズだと気付くと「おかえりなさい」と表情を明るくした。
「チアも来てるよ。マイルズくんのご飯が食べられるって喜んでた。お昼休憩にするから、先に奥に行ってて」
シーナは店の札をクローズにした。
店の奥に行くと、ダイニングテーブルに着いたチアと、膝の上でニャーニャーと甘えた鳴き声を出すルルが待っていた。ルルがチアの足から降りてマイルズの足に擦り寄る。
「ルルはマイルズくんのご飯をすっごく楽しみにしていたみたい」
「チアもでしょ」
「まぁ、そうだけど」
シーナに指摘されて、チアが顔を赤らめてそっぽを向く。
鍋を出してシーナに収納ボックスを返した。
「めちゃくちゃ便利だよな」
「うん、すごく助かってる」
シーナとマイルズがキッチンに立ち、昼食の準備をしてくれる。
マイルズの作った野菜煮込みの他に、パンとサラダとキノコのマリネが並べられた。
「マナちゃんはいないの?」
マイルズが席に着きながら聞く。ダイニングテーブルには四人分の食事しか用意されていない。
「マナは隣の武器屋の子と約束してるからいないよ」
「それって収納ボックスを作った人だよね?」
「うん、そうだよ。ここに来たばかりの頃から『大人になったら結婚しようね』って仲良しだから」
いただきます、と手を合わせてチアとシーナが食事に手をつける。美味しいと笑い合う二人を見て、マイルズは顔を綻ばせた。ルルも気に入ったようで、足元で皿の中身を減らしていく。
「ここに来たばかりの頃って言っていたけれど、シーナの故郷は別なのか?」
疑問を投げ掛ければ、チアに鋭い目を向けられた。聞いてはいけないことだったのだろうか。
「私とマナが育った村は、魔物に襲われて今はないの。マナを連れて必死に逃げている時に、商人の護衛中に近くを通りかかったバージルさんたちが、私とマナを助けてくれたの」
「バージルさんって?」
「ボンドのギルドマスター」
チアが教えてくれた。もう目に角は立っていない。シーナが言い澱みもせずに話すからだろう。
「私が五歳でマナが三歳の時なんだけど、二人で生きていくこともできないから、ここで保護をしてくれたの。道具屋はおばあちゃんが一人でやっていたんだけど、本当の孫のように可愛がってくれたし、厳しく育ててもらった。おばあちゃんは去年、素敵な人と出会って結婚したんだ。この街を出て行っちゃったけど、おじいちゃんができて嬉しかったな」
俺とマイルズは平和な村で生きてきた。贅沢はできないけれど、危険などもなくこの歳まで育った。小さな頃に壮絶な体験をしたにも関わらず、笑って前を向いて生きているシーナがかっこよく見えた。
「おかわりある?」
「もちろん! いっぱい食べて」
チアが皿を空にすると、マイルズが嬉しそうによそいにいく。
「チアはマイルズくんにやらせるんじゃなくて、自分でやりなよ」
「いや、あいつは好きでやってるから気にしなくていいよ」
元々世話焼き体質だ。気になっているチアの世話が焼けるなら本望だろう。
「パンも食べたい」
チアはシーナに皿を渡す。
「自分でやろうとはしないの?」
「シーナが焼いたパンが一番美味しいから」
シーナが「しょうがないな」と皿を持ってキッチンに行く。
「パンは機械が焼くだろ? 本当に動く気ないんだな」
「大好きなシーナが私のために焼くんだよ。自分で焼くより美味しいよ。それに私は食べる専門だから」
キッチンにも声が聞こえていたようで、シーナとマイルズが苦笑する。
「本当に調子がいいんだから」
「でもチアちゃんにパンを焼いてあげるんでしょ?」
「まぁ、大好きなチアのためだから」
チアの前にマイルズとシーナが野菜煮込みとパンを置く。顔を綻ばせて頬張るチアを見て、二人は嬉しそうだ。