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ギルド《ボンド》  作者: きたじまともみ
第一章 癒しの矢
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4 シーナの過去

 早起きをして依頼を見にいくが、実入りの良さそうな依頼はない。難易度の低いものしかないから当然か。


 初めての仕事は畑の収穫を手伝うものにした。村でもやっていて、慣れているから。

 野菜を収穫して、貯蔵庫に運ぶを繰り返す。力仕事で、終わる頃にはひどい疲労で体が重くなった。


 報酬とは別に、両手いっぱいに野菜をくれた。えっちらおっちら持って帰る。

 帰って早々ベッドへダイブした。もう動きたくない。


「マイルズ、飯作って」

「無理。動けない」


 くぐもった声が聞こえた。マイルズも疲労困憊で、うつ伏せになって枕に顔を埋めている。

 一食くらい食べなくてもいいか、と瞼を下ろす。腹は減っているが、それよりも寝たい。





 窓から差し込む陽射しが眩しくて目覚めた。食欲のそそる香りに飛び起きる。腹の虫が「早く食わせろ」と騒ぎだした。

 キッチンでマイルズが鍋をかき混ぜている。


「朝飯なに?」

「昨日もらった野菜を煮込んでみた」

「たくさん作ったな」

「ルルに『いつでも作ってやる』って言ったし」

「ルルはこんなに食わねぇだろ。それは口実で、お前の目的はチアなんだろ?」


 マイルズは図星を突かれて視線を逸らす。


「でもどうやって渡すんだ? チアの家なんて知らないだろ?」

「ギルドに行けば会えるんじゃないか?」

「チアに飯を届けにきたって呼び鈴を鳴らすのか?」


 チアはギルド員だから、依頼で外出しているかもしれない。


「道具屋に行って、シーナちゃんにチアちゃんと連絡取れるか聞いてみる」

「そうだな。それがいいんじゃね? シーナと妹の分もありそうだし」

「ああ、たくさん作ったからそれは大丈夫」


 パンと少しの煮込み野菜を食べる。野菜がトロトロになるほど煮込まれていて、甘く感じた。めちゃくちゃ美味い!





 チアが書いた地図を頼りに道具屋へ向かう。『オープン』の札が掛かっていた。

 扉を開くとドアベルが鳴る。


「いらっしゃいませ」


 カウンター越しにこちらに向かって笑いかけてきたのは、シーナによく似た女の子だった。シーナはショートカットだが、この子は肩くらいまで髪を伸ばしている。


「シーナはいる?」

「お姉ちゃんのお友達ですか? ちょっと待っててくださいね」


 奥に引っ込むと、すぐにシーナと戻ってきた。シーナは膝が隠れるくらいのワンピースを着ていた。森で会った時はパンツスタイルだったから、印象がだいぶ変わる。


「カイくんマイルズくんいらっしゃい」

「足はもう大丈夫なのか?」

「うん、マナに治してもらったから」


 シーナが「妹のマナだよ」と紹介してくれた。妹も治癒術が使えるようだ。


「何か買っていく?」

「ああ、傷薬が欲しい」


 そんなに金がないから、それしか買えない。


「あのさ、チアちゃんと連絡って取れる?」

「チアならお昼に来るよ。一緒にご飯を食べる約束をしているから」

「昨日いっぱい野菜をもらったから料理を作ったんだけど、食べて欲しくて。俺たちも一緒にいい?」

「もちろんだよ! マイルズくんのご飯はすっごく美味しかったから嬉しいな」


 シーナが顔を綻ばせる。

 俺も料理覚えようかな。


「じゃあ昼に鍋を持って来るよ」

「待って、これ使って」


 シーナに手のひらサイズの箱を渡される。赤いボタンが一つ付いているだけの箱。


「なにこれ?」

「これは収納ボックス。赤いボタンを押したまま箱に物を触れさせるとしまえるの。取り出したい時はボタンを一度押すと、ボタンと反対の面に入っているものが表示されるよ。ボタンを押すたび切り替わるから、取り出したいものが表示されたらそれに触れると出てくるよ」


 重たいものや、かさばるものを運ぶときに便利だな。これがあれば、昨日の野菜を運ぶことも楽だったはずだ。


「これってどこで売っているんだ?」

「それは隣の武器屋の友達がお試しで作ったものだから、売ってないんだ」

「売ってたら欲しかったのにな。貸してくれてありがとう。また後で」


 店を出て、隣の武器屋も覗いてみる。


「いらっしゃい」


 体格のいいおじさんが大声で迎えてくれた。


「自分に合った武器を作ってくれるって聞いてきたんですが」

「ああ、素材さえ持ってきてくれたら作るよ。今は二ヶ月待ちだけど、予約していくか? その間に素材を持ってきてくれればいいから」

「自分で素材を集めるんですか?」

「うちのを使ってもいいけど、材料費もかかるけどいいか?」


 なるべく費用は抑えたい。マイルズと顔を見合わせて、自分で集めることにする。


「一ヶ月じゃ無理ですか? 一ヶ月後にギルドの入団試験があるので、なるべくそれまでに欲しくて」

「ああ、ボンドに入りたいのか。ちょっと厳しいな。俺じゃなくて、せがれが作ってもいいなら」

「それってコレを作った人ですか?」


 シーナに貸してもらった収納ボックスを見せる。


「そうだが、どこで手に入れた」


 おじさんの表情が険しくなった。盗ったとでも思われたのだろうか。慌てて口を開く。


「隣のシーナが貸してくれました」

 シーナの名前を出せば、おじさんは途端に表情を緩める。

「そうか、シーナちゃんの友達か。それなら優先してやりたいが、やっぱり俺には無理だ」

「じゃあ息子さんにお願いします」


 こんなに便利な物が作れるのだから、武器も凄い物を作ってくれそうだ。


「じゃあ武器を見せてくれ」


 俺とマイルズがカウンターに武器を置くと、おじさんは真剣な目つきでメモを取っていく。

 それとは別に、必要な素材を書いた紙を渡された。


「なるべく早く持ってきてくれ。試験直前に持ってこられても作れないからな」

「分かりました。ありがとうございます」


 店を出て、マイルズと俺の紙を比べる。剣と弓だから当然素材は違う。聞いたこともない素材が多い。


「昼にチアに聞いてみようぜ。ギルド員なら詳しいだろうし」

「そうだな。とりあえず家に帰って昼飯の準備をしよう」





 シーナに言われた通り、ボタンを押したまま箱を鍋に触れさせると鍋が消えた。一度ボタンを押して反対側を見ると、鍋が映し出された。この中に入っているということだ。


「すごいな」

「素材集めとか楽になりそうだよな」


 試作品ということはまだ改良したいのだろう。売り出されたら絶対に買うのに。


 道具屋に戻るとシーナが「いらっしゃいませ」と笑う。俺とマイルズだと気付くと「おかえりなさい」と表情を明るくした。


「チアも来てるよ。マイルズくんのご飯が食べられるって喜んでた。お昼休憩にするから、先に奥に行ってて」


 シーナは店の札をクローズにした。

 店の奥に行くと、ダイニングテーブルに着いたチアと、膝の上でニャーニャーと甘えた鳴き声を出すルルが待っていた。ルルがチアの足から降りてマイルズの足に擦り寄る。


「ルルはマイルズくんのご飯をすっごく楽しみにしていたみたい」

「チアもでしょ」

「まぁ、そうだけど」


 シーナに指摘されて、チアが顔を赤らめてそっぽを向く。

 鍋を出してシーナに収納ボックスを返した。


「めちゃくちゃ便利だよな」

「うん、すごく助かってる」


 シーナとマイルズがキッチンに立ち、昼食の準備をしてくれる。

 マイルズの作った野菜煮込みの他に、パンとサラダとキノコのマリネが並べられた。


「マナちゃんはいないの?」


 マイルズが席に着きながら聞く。ダイニングテーブルには四人分の食事しか用意されていない。


「マナは隣の武器屋の子と約束してるからいないよ」

「それって収納ボックスを作った人だよね?」

「うん、そうだよ。ここに来たばかりの頃から『大人になったら結婚しようね』って仲良しだから」


 いただきます、と手を合わせてチアとシーナが食事に手をつける。美味しいと笑い合う二人を見て、マイルズは顔を綻ばせた。ルルも気に入ったようで、足元で皿の中身を減らしていく。


「ここに来たばかりの頃って言っていたけれど、シーナの故郷は別なのか?」


 疑問を投げ掛ければ、チアに鋭い目を向けられた。聞いてはいけないことだったのだろうか。


「私とマナが育った村は、魔物に襲われて今はないの。マナを連れて必死に逃げている時に、商人の護衛中に近くを通りかかったバージルさんたちが、私とマナを助けてくれたの」

「バージルさんって?」

「ボンドのギルドマスター」


 チアが教えてくれた。もう目に角は立っていない。シーナが言い澱みもせずに話すからだろう。


「私が五歳でマナが三歳の時なんだけど、二人で生きていくこともできないから、ここで保護をしてくれたの。道具屋はおばあちゃんが一人でやっていたんだけど、本当の孫のように可愛がってくれたし、厳しく育ててもらった。おばあちゃんは去年、素敵な人と出会って結婚したんだ。この街を出て行っちゃったけど、おじいちゃんができて嬉しかったな」


 俺とマイルズは平和な村で生きてきた。贅沢はできないけれど、危険などもなくこの歳まで育った。小さな頃に壮絶な体験をしたにも関わらず、笑って前を向いて生きているシーナがかっこよく見えた。


「おかわりある?」

「もちろん! いっぱい食べて」


 チアが皿を空にすると、マイルズが嬉しそうによそいにいく。


「チアはマイルズくんにやらせるんじゃなくて、自分でやりなよ」

「いや、あいつは好きでやってるから気にしなくていいよ」


 元々世話焼き体質だ。気になっているチアの世話が焼けるなら本望だろう。


「パンも食べたい」


 チアはシーナに皿を渡す。


「自分でやろうとはしないの?」

「シーナが焼いたパンが一番美味しいから」


 シーナが「しょうがないな」と皿を持ってキッチンに行く。


「パンは機械が焼くだろ? 本当に動く気ないんだな」

「大好きなシーナが私のために焼くんだよ。自分で焼くより美味しいよ。それに私は食べる専門だから」


 キッチンにも声が聞こえていたようで、シーナとマイルズが苦笑する。


「本当に調子がいいんだから」

「でもチアちゃんにパンを焼いてあげるんでしょ?」

「まぁ、大好きなチアのためだから」


 チアの前にマイルズとシーナが野菜煮込みとパンを置く。顔を綻ばせて頬張るチアを見て、二人は嬉しそうだ。

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