3 ギルドの街
歩くと半日の距離も、ルルに乗って移動すればあっという間だ。
ギルドの街『テアペルジ』は、深い堀に囲われ、重厚な石壁がそびえ立つ要塞のような街だ。出入り口には跳ね橋がかかっており、そこを通らなければ街には入れない。
ルルが歩くと、ギシギシと跳ね橋が軋む。穴が開かないかとヒヤヒヤしながらその音を聞いた。
ルルが寝そべり、チアが降りる。
「この大きさで街に入ると迷惑になるから降りて」
俺とマイルズが降りると、ルルはシーナを乗せたまま、一人が乗るのに十分な大きさまで身体を小さくした。
「シーナを家まで連れて行って」
一鳴きすると、ルルが街に入っていった。
街の中は人でごった返していて、その多さに圧倒される。大きな建物も多くて仰ぎ見た。
「今日泊まるところがいるでしょ? 入団試験の受付だけ今からやっちゃお。ボンドのギルドハウスに案内するからついてきて」
チアの後を歩いていると、周りからの視線を集めているようで気になった。
「めっちゃ見られてるよな」
マイルズに耳打ちされて頷く。
「マイルズがキョロキョロしすぎで、田舎者だと思われてるんじゃないか?」
「それはカイだって同じだろ」
服だって流行りなんって分からない。俺とマイルズの服は、村のばあさんたちが作ったものだ。「ナウなヤングが着ている服」とばあさんたちは言っていたが、その言葉もよく分からない。
「二人とも自覚なしなの?」
チアが振り返ってこちらに目を向けるが、どういうことだろう。
「俺とカイっておかしい?」
マイルズが不安そうに眉を下げる。
「おかしくないよ。見ている人の表情を見て。二人がかっこいいから見ているんだよ」
俺たちを見ているのは、歳の近い女の子が多い。表情は明るく、頬は血色良く染まっている。
「俺とマイルズってかっこよかったんだな」
「俺の方がかっこいいけどな」
「それはない!」
俺とマイルズのやりとりで、チアがくすくすと笑う。
「二人ともかっこいいし、すぐに可愛い彼女ができると思うよ」
「いや、俺はチアちゃんが……」
マイルズは慌てて口を開くが、どんどん声は小さくなるし、最後はごにょごにょ言っているだけで聞き取れなかった。「チアがいい」と言いたいけれど、ギルドで働いているチアに、無職のマイルズがそんなこと言えなかったのだろう。
「チアの知る中で、一番可愛い子紹介してよ」
「一番可愛いのはシーナ」
こんな大きな街でも、シーナは可愛いのか。
「シーナは笑った顔がすげぇ可愛いよな」
「そうだね。でも顔だけじゃなくて、あの子は心が綺麗だから。シーナの妹も可愛くて心が綺麗だけど、その子は彼氏がいるから紹介できない」
シーナは妹と道具屋をやっていると言っていた。近いうちに店へ行ってみよう。
「ここだよ」
高塔が天に向かって伸びている。重厚な石造りの壁が時の流れを感じさせた。夕日に染まる大きな窓は、荘厳な空間を鮮やかな色彩で満たす。
チアがヒビの入った扉に手をかざすと、左右に割れた。これも身体に刻んだギルドマークの恩恵らしい。ギルドの人間でなければ扉は開かない。
依頼人や俺たちのような入団希望者は、呼び鈴を鳴らすかギルド員と一緒に入るしかないようだ。
受付で必要な書類を書けば、手続き終了。これでギルドに入るまでの一ヶ月間は、住む場所も困らないし、依頼を受ければ仕事もできる。
「ギルドに入っていない人が依頼を受けられる場所に案内するよ」
チアに街の中心にあるタワーのような建物に連れて行かれた。
「すげぇでけぇ」
「ここには簡単な依頼が集まるから、ギルド員以外でも受けられるよ。上の方は宿屋になっているから、入団試験の申込書の控えを見せれば無料で泊まれるから」
「住む場所ってこんなにいいところなの?」
想像よりも立派な建物すぎて、マイルズがおずおずと口を開いた。
「うん、ギルドがお金を払ってるから。でも、試験が終わったらすぐに出て行かなきゃダメだけどね」
「受かればいいんだろ?」
「受かっても出なきゃダメだよ。ここは宿屋。お客様が泊まるところ。ギルドに入ったらお客様じゃなくて、この街の住人になる。だから自分で住むところを探すか、寮に入るかだね」
「マイルズ、この一ヶ月で依頼をいっぱい受けて金を貯めようぜ」
「ああ!」
「じゃあがんばってね」
チアが紙に簡易的な地図を書く。街の東にボンド、北がファントム、西にはディフェーザ。シーナの道具屋はボンドの近くに分かりやすく色を変えて加えられた。
「南側は空白だけど、何があるの?」
マイルズが紙を指差す。
「そこは大きな広場があるよ。お祭りをしたり、月に一度の市場はみんなの楽しみだね。普段はみんなの憩いの場になってる」
広場も書き加えられた。
「シーナの店の傷薬はよく効くよ。隣の武器屋もオススメ。自分に合う武器を作ってくれたりするよ」
「自分に合う武器って憧れるな」
「ああ、近いうちに見に行ってみようぜ」
「チアちゃんは武器を使わないの?」
「私は使わない。杖とか持っている魔術師は多いけど、私はない方が魔力を練りやすいから」
人によって向き不向きはある。俺だって弓は得意だけど、近接武器はからっきし。マイルズは逆で、剣の腕は確かだが、遠距離武器は全く当たらない。
ニャー、と可愛らしい鳴き声がして、足元に目を向ける。ルルがチアの元に戻ってきた。
「ルルおかえり。シーナを送ってくれた?」
ルルはもう一度鳴き声を上げ、チアの足に擦り寄る。チアはルルを抱き上げた。
「ありがとう。帰ろうか」
ルルはチアの腕を抜け出し、マイルズに飛び付く。マイルズが慌てて受け止めた。
「……びっくりした!」
ルルがマイルズの頬を舐める。
「どうした? くすぐったいよルル」
マイルズは目を細めて頬を緩める。
「ルルはマイルズくんにお礼をしているのかな?」
「なんでマイルズ? 俺の方が先に会ったのに」
大きいルルに踏まれもしたし。
「きっとスープが美味しかったから」
「またいつでも作ってやるよ」
マイルズが言えば、ルルはまた甘えた鳴き声を出した。
「ルルおいで。帰るよ」
マイルズがチアの腕にルルを戻す。ルルはチアに抱かれて大きなあくびをした。本当に猫みたいだ。
「じゃあまたね」
「ああ、またな」
「チアちゃんまたね」
手を振るとチアはルルと帰って行った。
「今日はもう暗くなってきたし、ゆっくりしようぜ」
「そうだな。依頼は明日から頑張ろう」
建物の中に入って入団試験の申込書を見せると、部屋の鍵を受け取った。
白を基調とした室内で、ベッドが二つとテーブルが配置されていた。簡易キッチンも備わっている。
マイルズと同時にベッドへ倒れ込んだ。久しぶりのベッド。屋根のある部屋。
「最高だな!」
「このまま寝たい」
「俺はシャワー使うわ」
シャワー室に入り、蛇口を捻るとすぐに温かいお湯が出る。気持ち良すぎた。川での水浴びよりも、やはりお湯がいい。
身体を綺麗にして服も洗う。水と風の術式を組み込んだ箱に入れるだけで、しばらく放置していれば綺麗になる。腰にタオルを巻いてベッドに戻った。替えの服に着替える。
入れ替わりにマイルズがシャワー室に向かった。マイルズも服を洗ったようで、タオルを巻いた状態で出てきた。着替えて布団を被る。
「今日は早く寝ようぜ」
「ああ、ライト消すぞ」
部屋の照明を落とす。野宿続きで疲れていたのか、すぐに瞼は降りて意識は遠のいた。