1 出会い
可愛い彼女がほしい!
ど田舎の『ライハル』から、幼馴染のマイルズと旅立ったのはそんな理由だ。
一番歳が近いのは、十歳も年下の七歳の女の子。その次に若いのが、三十四歳の俺の母親だ。
ここにいたら一生彼女なんてできない。それにいずれは結婚だってしたい。マイルズと「ライハルを出よう」と決意した。
マイルズと「ライハルを出たい」と言った時は猛反対された。働き手が二人もいなくなるのは、ライハルにとっては痛手だから当然だろう。「いっぱい稼いで仕送りをする」と言えば、手のひらを返したようにあっさりと見送られた。
まずは仕事と住む場所を見つけなければ。仕送りもあるが、家も職もないような男では、彼女なんてできないだろうから。
「そろそろ野営の準備をするか?」
「そうだな。俺が準備をしておくから、カイは晩飯取ってきてくれ」
「分かった」
マイルズが火を起こして夕食の準備をする。汗で明るい金髪が額に張り付いていた。
俺は食べられそうなものを探す。
ライハルを出て七日ほどが経つが、きのこや木の実ばかりで飽きてきた。そろそろ肉が食べたい。
足元で揺れる木漏れ日が、光のかけらのように輝く。爽やかな風と、暖かな陽射しが心地いい。
耳を澄ませて聴覚に集中する。羽音が聞こえて頭上を仰いだ。鳥の群れだ。内心でガッツポーズを取る。今日の夕飯は鶏肉だ。
息をひそめて弓を構える。狙いを定めて引き絞った。矢を放つ。空を切る音と共に、鳥目掛けて一直線に飛んでいく。そのうちの一羽に刺さり、落下するのを確認して駆け出した。
しかし辿り着く前に地面に膝をつく。足元が大きく揺れ、木々は葉を散らした。立っていられなくて、近くにあった大木にしがみついて耐える。
「俺の夕飯……」
まだ鳥を回収できていない。揺れが収まったら絶対に取りに行こう、と決意する。
「キャー!」
甲高い悲鳴が聞こえ、斜面から女の子が滑り落ちてきた。とっさに手を伸ばしたことにより、木から手が離れて一緒に転がる羽目になる。
女の子の腕を掴むと、庇うように頭を抱え込んだ。
揺れが収まり、横たわる身体を起き上がらせる。身体のいたるところを打ちつけたため、全身が鉛のように重い。鮮血で滲む傷も多かった。
「大丈夫か?」
声を掛けると、女の子もノロノロと起き上がる。目に見えるような傷が少なくてホッと息をついた。
「ありがとうございます。助けて頂いて。すぐに治します」
女の子が手をかざすと、白く温かな光に包まれる。陽だまりにいるような心地よさに、身体の力が抜けた。光が消えると、痛みが引いて傷は跡形もなく消えた。
「治癒術師?」
「あまり能力は高くありませんが。気になるところはありますか?」
「いや、ない。ありがとう」
「いえ、助けて頂いたのは私なので」
柔らかく目を細める女の子に鼓動が跳ねる。年が近い女の子としゃべるのは初めてだ。
艶のあるショートカットの黒髪と、太陽のような明るい笑顔がよく似合う、可愛らしい女の子だ。
「顔に土が付いてる」
自分の頬を指すと、女の子は手の甲で同じ場所を拭う。汚れは広がった。
「取れてない。触ってもいい?」
「はい」
親指で頬に触れる。細いのに驚くほど柔らかい。親指を頬に滑らせる。更に土が付いて、慌てて手を引っ込めた。眼前に手のひらを持ってくる。
「ごめん、俺の手も汚れてた」
「ふふっ、大丈夫ですよ」
怒られるかと思ったが、女の子は穏やかに笑った。俺もつられて口元が緩む。
女の子はポケットからハンカチを取り出して、頬を綺麗に拭った。
「俺はカイ、君は?」
「私はシーナです」
「年、近いよね? 敬語じゃなくていいよ。俺は十七歳」
「同じ年だね」
居心地のいい空気感に頬が緩む。
「こんな森で何をしてたの? 一人で危なくない?」
「一人じゃないよ。私は街で道具屋をやっているんだけど、友達についてきてもらって一緒に薬草を取ってたの。薬草を取るのに夢中ではぐれちゃって、地震が起きて足を滑らせて落ちちゃった」
一人じゃないなら安心か。
「じゃあ友達と合流しなきゃだよね」
「うん、でも迎えにきてくれると思うから大丈夫」
立ち上がって砂埃を払った。シーナに向かって手を差し出す。握られたから引き上げた。
「いたっ!」
「ごめん、引っ張るの強かった?」
相手は女の子だ。マイルズのように雑に扱ったわけではないが、力加減を誤ったかもしれない。
「違うの。ちょっと足が痛くて」
「見せて」
支えながら腰を下ろさせる。ブーツを脱がせてズボンを捲ると足首がパンパンに腫れていた。これでは歩けないだろう。
「治癒術を使って治した方がいいんじゃない?」
「えっと、私は自分のことを治せないんだ」
肩を落としてシーナが目を伏せる。
シーナはウエストバッグからナイフを取り出し、ズボンに突き刺して引き裂いた。片足が太ももから足首まで晒される。そんな場合ではないのに、滑らかそうな肌に目は釘付けになるし、生唾を飲み込んだ。
シーナはズボンを一本の紐状にした。それを包帯の代用として、足首に巻き付けて固定する。
「これで少しは良くなったかな」
シーナはブーツを履くと立ちあがろうとするから、俺は慌てて支えた。確かめるように足踏みをする。
「歩くのやめといたら? 迎えが来るんだろ?」
迎えが来るというのだから、友達は探知能力が優れているのだろう。
シーナが何か言おうとする前に、獣の咆哮が轟いた。全身にビリビリと戦慄が走る。こんなプレッシャーを感じたことはない。
一際大きな音が響き、駆けてきた巨体に目を見張る。青い瞳に白いふわふわとした毛並みの猫だが、人が乗れるほど大きい。鋭い牙と爪を剥き出しにして威嚇しているようだ。
「と、とりあえず逃げよう」
震える声でシーナの手を引くと、身体が反転した。地面に背を打ちつけ、腹に衝撃を受けて呻く。
猫の前足が俺の腹に乗っていた。いつでもやれる、とでもいうように、鋭利に尖った爪の先端が光っている。
「ルルやめて! カイくんは私を助けてくれたの」
シーナが猫をルルと呼ぶ。ルルはシーナに従い、俺から足を下ろしてシーナに顔を擦り付けた。シーナはくすぐったそうに小さく笑って、ルルの顎を撫でる。
恐る恐る立ち上がった。
「カイくん、ごめんね。怪我はない?」
「大丈夫だけど、その猫が友達?」
「うん、この子は友達の使い魔でルル。迎えにきてくれたの。私は友達のところに行くけど、カイくんはどうする?」
「俺もツレと合流したいけど、どこから来たか分からなくなった」
太陽を見て大体の方角はわかるが、地震のせいで矢を放った場所からは、だいぶずれてしまった。
「じゃあ一緒にいこ! 私が友達と合流したら、カイくんの友達も探してって頼むから」
ルルが伏せをするように寝そべる。傍に落ちていた弓を拾って、シーナと一緒にその背に乗った。柔らかくて暖かい。座り心地は最高だった。
「落ちないように私に掴まっててね」
シーナの腰に腕を回す。地震の時は必死で気が付かなかったが、女の子ってこんなに細いのか。力を入れると折れてしまいそうだ。
「ちゃんと掴まってないと危ないよ?」
そう言われて腕に力を込めた。
女の子を抱きしめたことなんてないから、心音が速くうるさい。
「ルルお願い。チアのところまで連れて行って」
任せろ、とでも言うように一鳴きすると、ルルが地面を蹴った。ものすごいスピードで木の間を縫って進んでいく。
ルルの足音が一際大きくなった。踏み込んで川を飛び越える。空を飛んだような浮遊感に感動した。