表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ギルド《ボンド》  作者: きたじまともみ
第一章 癒しの矢
1/65

1 出会い

 可愛い彼女がほしい!


 ど田舎の『ライハル』から、幼馴染のマイルズと旅立ったのはそんな理由だ。

 一番歳が近いのは、十歳も年下の七歳の女の子。その次に若いのが、三十四歳の俺の母親だ。

 ここにいたら一生彼女なんてできない。それにいずれは結婚だってしたい。マイルズと「ライハルを出よう」と決意した。


 マイルズと「ライハルを出たい」と言った時は猛反対された。働き手が二人もいなくなるのは、ライハルにとっては痛手だから当然だろう。「いっぱい稼いで仕送りをする」と言えば、手のひらを返したようにあっさりと見送られた。


 まずは仕事と住む場所を見つけなければ。仕送りもあるが、家も職もないような男では、彼女なんてできないだろうから。


「そろそろ野営の準備をするか?」

「そうだな。俺が準備をしておくから、カイは晩飯取ってきてくれ」

「分かった」


 マイルズが火を起こして夕食の準備をする。汗で明るい金髪が額に張り付いていた。


 俺は食べられそうなものを探す。

 ライハルを出て七日ほどが経つが、きのこや木の実ばかりで飽きてきた。そろそろ肉が食べたい。


 足元で揺れる木漏れ日が、光のかけらのように輝く。爽やかな風と、暖かな陽射しが心地いい。


 耳を澄ませて聴覚に集中する。羽音が聞こえて頭上を仰いだ。鳥の群れだ。内心でガッツポーズを取る。今日の夕飯は鶏肉だ。


 息をひそめて弓を構える。狙いを定めて引き絞った。矢を放つ。空を切る音と共に、鳥目掛けて一直線に飛んでいく。そのうちの一羽に刺さり、落下するのを確認して駆け出した。


 しかし辿り着く前に地面に膝をつく。足元が大きく揺れ、木々は葉を散らした。立っていられなくて、近くにあった大木にしがみついて耐える。


「俺の夕飯……」


 まだ鳥を回収できていない。揺れが収まったら絶対に取りに行こう、と決意する。


「キャー!」


 甲高い悲鳴が聞こえ、斜面から女の子が滑り落ちてきた。とっさに手を伸ばしたことにより、木から手が離れて一緒に転がる羽目になる。


 女の子の腕を掴むと、庇うように頭を抱え込んだ。

 揺れが収まり、横たわる身体を起き上がらせる。身体のいたるところを打ちつけたため、全身が鉛のように重い。鮮血で滲む傷も多かった。


「大丈夫か?」


 声を掛けると、女の子もノロノロと起き上がる。目に見えるような傷が少なくてホッと息をついた。


「ありがとうございます。助けて頂いて。すぐに治します」


 女の子が手をかざすと、白く温かな光に包まれる。陽だまりにいるような心地よさに、身体の力が抜けた。光が消えると、痛みが引いて傷は跡形もなく消えた。


「治癒術師?」

「あまり能力は高くありませんが。気になるところはありますか?」

「いや、ない。ありがとう」

「いえ、助けて頂いたのは私なので」


 柔らかく目を細める女の子に鼓動が跳ねる。年が近い女の子としゃべるのは初めてだ。

 艶のあるショートカットの黒髪と、太陽のような明るい笑顔がよく似合う、可愛らしい女の子だ。


「顔に土が付いてる」


 自分の頬を指すと、女の子は手の甲で同じ場所を拭う。汚れは広がった。


「取れてない。触ってもいい?」

「はい」


 親指で頬に触れる。細いのに驚くほど柔らかい。親指を頬に滑らせる。更に土が付いて、慌てて手を引っ込めた。眼前に手のひらを持ってくる。


「ごめん、俺の手も汚れてた」

「ふふっ、大丈夫ですよ」


 怒られるかと思ったが、女の子は穏やかに笑った。俺もつられて口元が緩む。

 女の子はポケットからハンカチを取り出して、頬を綺麗に拭った。


「俺はカイ、君は?」

「私はシーナです」

「年、近いよね? 敬語じゃなくていいよ。俺は十七歳」

「同じ年だね」


 居心地のいい空気感に頬が緩む。


「こんな森で何をしてたの? 一人で危なくない?」

「一人じゃないよ。私は街で道具屋をやっているんだけど、友達についてきてもらって一緒に薬草を取ってたの。薬草を取るのに夢中ではぐれちゃって、地震が起きて足を滑らせて落ちちゃった」


 一人じゃないなら安心か。


「じゃあ友達と合流しなきゃだよね」

「うん、でも迎えにきてくれると思うから大丈夫」


 立ち上がって砂埃を払った。シーナに向かって手を差し出す。握られたから引き上げた。


「いたっ!」

「ごめん、引っ張るの強かった?」


 相手は女の子だ。マイルズのように雑に扱ったわけではないが、力加減を誤ったかもしれない。


「違うの。ちょっと足が痛くて」

「見せて」


 支えながら腰を下ろさせる。ブーツを脱がせてズボンを捲ると足首がパンパンに腫れていた。これでは歩けないだろう。


「治癒術を使って治した方がいいんじゃない?」

「えっと、私は自分のことを治せないんだ」


 肩を落としてシーナが目を伏せる。

 シーナはウエストバッグからナイフを取り出し、ズボンに突き刺して引き裂いた。片足が太ももから足首まで晒される。そんな場合ではないのに、滑らかそうな肌に目は釘付けになるし、生唾を飲み込んだ。


 シーナはズボンを一本の紐状にした。それを包帯の代用として、足首に巻き付けて固定する。


「これで少しは良くなったかな」


 シーナはブーツを履くと立ちあがろうとするから、俺は慌てて支えた。確かめるように足踏みをする。


「歩くのやめといたら? 迎えが来るんだろ?」


 迎えが来るというのだから、友達は探知能力が優れているのだろう。

 シーナが何か言おうとする前に、獣の咆哮が轟いた。全身にビリビリと戦慄が走る。こんなプレッシャーを感じたことはない。


 一際大きな音が響き、駆けてきた巨体に目を見張る。青い瞳に白いふわふわとした毛並みの猫だが、人が乗れるほど大きい。鋭い牙と爪を剥き出しにして威嚇しているようだ。


「と、とりあえず逃げよう」


 震える声でシーナの手を引くと、身体が反転した。地面に背を打ちつけ、腹に衝撃を受けて呻く。


 猫の前足が俺の腹に乗っていた。いつでもやれる、とでもいうように、鋭利に尖った爪の先端が光っている。


「ルルやめて! カイくんは私を助けてくれたの」


 シーナが猫をルルと呼ぶ。ルルはシーナに従い、俺から足を下ろしてシーナに顔を擦り付けた。シーナはくすぐったそうに小さく笑って、ルルの顎を撫でる。

 恐る恐る立ち上がった。


「カイくん、ごめんね。怪我はない?」

「大丈夫だけど、その猫が友達?」

「うん、この子は友達の使い魔でルル。迎えにきてくれたの。私は友達のところに行くけど、カイくんはどうする?」

「俺もツレと合流したいけど、どこから来たか分からなくなった」


 太陽を見て大体の方角はわかるが、地震のせいで矢を放った場所からは、だいぶずれてしまった。


「じゃあ一緒にいこ! 私が友達と合流したら、カイくんの友達も探してって頼むから」


 ルルが伏せをするように寝そべる。傍に落ちていた弓を拾って、シーナと一緒にその背に乗った。柔らかくて暖かい。座り心地は最高だった。


「落ちないように私に掴まっててね」


 シーナの腰に腕を回す。地震の時は必死で気が付かなかったが、女の子ってこんなに細いのか。力を入れると折れてしまいそうだ。


「ちゃんと掴まってないと危ないよ?」


 そう言われて腕に力を込めた。

 女の子を抱きしめたことなんてないから、心音が速くうるさい。


「ルルお願い。チアのところまで連れて行って」


 任せろ、とでも言うように一鳴きすると、ルルが地面を蹴った。ものすごいスピードで木の間を縫って進んでいく。

 ルルの足音が一際大きくなった。踏み込んで川を飛び越える。空を飛んだような浮遊感に感動した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ