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ジゴロ探偵の甘美な嘘〜短編集1 魔法使いの赤い薔薇〜  作者: 涼森巳王(東堂薫)
第十一話 星夜祭

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星夜祭3



 誰かが物を落としたとさわぐようすもない。

 ということは、落としぬしはなくしてもあきらめがついたか、あるいはわざと落としたのだ。

 まだ落としたことに気づいていないわけではない。その場にいる人間が、あれほどの水音に気づかないわけがないからだ。


「じゃあ、ポール。君が別れたとき、夫人の胸には星輝石があっただろうか?」

「残念ながら、そこまではおぼえてないな。とくに変なところはなかったようだが」

「わかった。また聞きたいことがあれば呼ぶ。仕事に戻ってくれ」

「ああ」


 ポールは去った。

 最後にキャビンに入ってきたのは、男爵夫人の侍女をしているアナイスという少女だ。

 男爵夫人はこの女の子に対して、女主人の家宝を盗むかもしれないというレッテルを貼っている。


 が、こうして見たところ、ごくふつうの少女だ。直毛の黒髪をおかっぱにした、可愛らしい顔立ち。正直そうな瞳で、まっすぐワレスを見る。


「アナイス。君の女主人の首飾りから家宝の星輝石が盗まれた。夫人は君が盗人ではないかと疑っている」

「違います。わたしは盗んでいません」


 否定するのは当然だ。が、アナイスは続けてこう訴えた。


「お疑いなら、わたしの荷物を全部しらべてもかまいません。なんなら、今ここで服をぬいでもいいですよ?」


 挑戦的な目で、ワレスをねめつけてくる。

 これは、どうして。なかなか気の強い娘だ。夫人にいいように使われていたから、てっきりおとなしい少女だと思っていたのに。


「わかった。そこまで言うなら、しらべさせてもらおう。こういうことは遠慮していたら解決しない。疑いが晴れるのは、君にとってもよいことだ」

「どうぞ。かまいません。絶対に出てきませんけどね」


 ワレスは若い男だ。それも絶世の美男子。

 女の子に対して気をつかい、「そこまでする必要はない」と言うだろうとふんだのかもしれない。

 だとしたら大間違いだ。生まれも育ちも正しい貴公子のジェイムズなら、きっとそう言う。しかし、ワレスはそんな生ぬるい育ちかたをしてはいない。


「ジョスリーヌ。あんたの侍女たちにしらべさせろ。いいか? 下着のなかまで徹底的にだ」

「まあ、ワレスったら、こんな子どもに容赦ないのね。あなたらしいわ」

「ふん」


 もしここで《《うやむや》》にして、あとで男爵夫人から「盗んだのはあの子だ」と言いふらされたら、アナイスは近隣の街で働くことができなくなる。貴族の屋敷はもちろんのこと、商人だって盗癖のある使用人なんて欲しがらない。


 親兄弟と離れて、遠くの街で素性を隠しながら、子ども一人で生きていくのは大変なことだ。それをわかっているから、あえて厳しくしているのだ。親のいない子どもにとって、世間はひじょうに残忍なのだ。


 さすがに、ワレスはいったんキャビンを出た。


 あそこまで言うのなら、おそらく、アナイスは宝石を持ってはいないだろう。しかし、なぜ、夫人はあんな子どもを疑ったのだろう? ふだんから怪しいそぶりがあるのかもしれない。


 男爵夫人は船室のなかで休ませてある。話を聞きに行こうか。それとも、あのときまわりにいた人たちから、妙な人物を見かけなかったか証言を得ようか。


 考えながら、ワレスは事件の起こった船尾のあたりを歩いていた。


 ジョスリーヌの騎士たちが紛失した宝石を探しまわっている。が、船のどこかから出てくることはないだろう。


 家宝の宝石だ。かんたんに座金からとれて落下するような甘い造りなわけがない。誰かが爪をねじ切るなどして、むりやりひらかないかぎり、宝石が台座から外れることなどあるわけがない。


 だとしたら、犯人として、もっとも嫌疑の強いのは男爵夫人自身なのだ。首にかけていた宝石が知らないうちになくなるなんて、ありえないのだから。宝石を台座からむしりとるためには、そうとうの力と時間を要する。それができるのは、男爵夫人の協力があってこそになる。


 しかし、男爵夫人に家宝をなくして得になることが思いあたらない。じつは男爵家の内情は苦しく、ひそかに本物を売ってしまっていたとか? それを隠すために盗んだことにしたいのか?


 それも意味がないように思える。星輝石は水につけないかぎり光らないのだから、ダイアモンドや、なんならガラス玉をそうだと言いはったところで、誰にも真偽はわからない。よく似たイミテーションでごまかしておくほうが得策だ。


 ということは、泥棒に男爵夫人が加担している可能性は低い。やはり、何者かがこっそり近づいて、夫人に気づかれぬうちに盗んだことになる。


 考えながらウロウロしていたワレスは、あやうく足をすべらせるところだった。ランプの下の床が、そこだけやけにぬれている。


「ワレス。宝石は見つからないよ」と、騎士たちに指図していたジェイムズが声をかけてきた。


 ころびかけたところを見られただろうかと、ワレスは内心あせる。ジェイムズは無邪気にニコニコ笑っているのだが。


(だいたい、なんでここだけぬれてるんだ? 誰か飲み物でもこぼしたか?)


 そう言えば、ここは最初に悲鳴を聞いてかけつけたとき、男爵夫人がしゃがんでいた場所だ。夫人は手にグラスも持っていなかったし、そもそも酔いざましのために、風のあたるこの船尾にいたのだ。飲み物を持っているわけがない。


(いや、でも、あのとき……)


 家宝がなくなったと、夫人がさわいでいたとき、ワレスは台座のまわりの服がぬれているような気がした。


 それに……だいたい、なんで、家宝の周囲を飾る小粒の石が星輝石だと、自分は気づいたのだろうと、ワレスは考える。星輝石の特性から言えば、石がぬれていたからだとしか思えないのだ。


(そうか。そういうことか。宝石が消えたわけはわかった。だが、誰がそれをしたか。なんのために?)


 沈思黙考していると、アストリュック子爵がやってきた。


「やあ、宝石は見つかりましたか?」


 きさくに声をかけてくる。


「いえ。まだです。ところで、あなたが男爵夫人に話しかけたのは、以前の知りあいの男爵夫妻ではなかったからだとおっしゃった」

「ええ。そうですよ」


「でも、夫妻が事故で亡くなったことも知っていた。ならば、今のディボレー男爵が以前の夫妻でないことはわかりきったことでしょう?」

「そうですよ。だから気になって。男爵夫妻には実子がいたはずだから、てっきりその子どもがあとを継いだと思っていたので」


「なのに見ず知らずの女が男爵夫人を名のっていたので、不審に思ったわけか」

「まあ、そういうところです。以前の夫人は私の幼なじみだったのでね。できることなら幸せになってほしかった」


 やはり、そうだ。

 だいたいのところが、それでわかった。

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