星夜祭3
誰かが物を落としたとさわぐようすもない。
ということは、落としぬしはなくしてもあきらめがついたか、あるいはわざと落としたのだ。
まだ落としたことに気づいていないわけではない。その場にいる人間が、あれほどの水音に気づかないわけがないからだ。
「じゃあ、ポール。君が別れたとき、夫人の胸には星輝石があっただろうか?」
「残念ながら、そこまではおぼえてないな。とくに変なところはなかったようだが」
「わかった。また聞きたいことがあれば呼ぶ。仕事に戻ってくれ」
「ああ」
ポールは去った。
最後にキャビンに入ってきたのは、男爵夫人の侍女をしているアナイスという少女だ。
男爵夫人はこの女の子に対して、女主人の家宝を盗むかもしれないというレッテルを貼っている。
が、こうして見たところ、ごくふつうの少女だ。直毛の黒髪をおかっぱにした、可愛らしい顔立ち。正直そうな瞳で、まっすぐワレスを見る。
「アナイス。君の女主人の首飾りから家宝の星輝石が盗まれた。夫人は君が盗人ではないかと疑っている」
「違います。わたしは盗んでいません」
否定するのは当然だ。が、アナイスは続けてこう訴えた。
「お疑いなら、わたしの荷物を全部しらべてもかまいません。なんなら、今ここで服をぬいでもいいですよ?」
挑戦的な目で、ワレスをねめつけてくる。
これは、どうして。なかなか気の強い娘だ。夫人にいいように使われていたから、てっきりおとなしい少女だと思っていたのに。
「わかった。そこまで言うなら、しらべさせてもらおう。こういうことは遠慮していたら解決しない。疑いが晴れるのは、君にとってもよいことだ」
「どうぞ。かまいません。絶対に出てきませんけどね」
ワレスは若い男だ。それも絶世の美男子。
女の子に対して気をつかい、「そこまでする必要はない」と言うだろうとふんだのかもしれない。
だとしたら大間違いだ。生まれも育ちも正しい貴公子のジェイムズなら、きっとそう言う。しかし、ワレスはそんな生ぬるい育ちかたをしてはいない。
「ジョスリーヌ。あんたの侍女たちにしらべさせろ。いいか? 下着のなかまで徹底的にだ」
「まあ、ワレスったら、こんな子どもに容赦ないのね。あなたらしいわ」
「ふん」
もしここで《《うやむや》》にして、あとで男爵夫人から「盗んだのはあの子だ」と言いふらされたら、アナイスは近隣の街で働くことができなくなる。貴族の屋敷はもちろんのこと、商人だって盗癖のある使用人なんて欲しがらない。
親兄弟と離れて、遠くの街で素性を隠しながら、子ども一人で生きていくのは大変なことだ。それをわかっているから、あえて厳しくしているのだ。親のいない子どもにとって、世間はひじょうに残忍なのだ。
さすがに、ワレスはいったんキャビンを出た。
あそこまで言うのなら、おそらく、アナイスは宝石を持ってはいないだろう。しかし、なぜ、夫人はあんな子どもを疑ったのだろう? ふだんから怪しいそぶりがあるのかもしれない。
男爵夫人は船室のなかで休ませてある。話を聞きに行こうか。それとも、あのときまわりにいた人たちから、妙な人物を見かけなかったか証言を得ようか。
考えながら、ワレスは事件の起こった船尾のあたりを歩いていた。
ジョスリーヌの騎士たちが紛失した宝石を探しまわっている。が、船のどこかから出てくることはないだろう。
家宝の宝石だ。かんたんに座金からとれて落下するような甘い造りなわけがない。誰かが爪をねじ切るなどして、むりやりひらかないかぎり、宝石が台座から外れることなどあるわけがない。
だとしたら、犯人として、もっとも嫌疑の強いのは男爵夫人自身なのだ。首にかけていた宝石が知らないうちになくなるなんて、ありえないのだから。宝石を台座からむしりとるためには、そうとうの力と時間を要する。それができるのは、男爵夫人の協力があってこそになる。
しかし、男爵夫人に家宝をなくして得になることが思いあたらない。じつは男爵家の内情は苦しく、ひそかに本物を売ってしまっていたとか? それを隠すために盗んだことにしたいのか?
それも意味がないように思える。星輝石は水につけないかぎり光らないのだから、ダイアモンドや、なんならガラス玉をそうだと言いはったところで、誰にも真偽はわからない。よく似たイミテーションでごまかしておくほうが得策だ。
ということは、泥棒に男爵夫人が加担している可能性は低い。やはり、何者かがこっそり近づいて、夫人に気づかれぬうちに盗んだことになる。
考えながらウロウロしていたワレスは、あやうく足をすべらせるところだった。ランプの下の床が、そこだけやけにぬれている。
「ワレス。宝石は見つからないよ」と、騎士たちに指図していたジェイムズが声をかけてきた。
ころびかけたところを見られただろうかと、ワレスは内心あせる。ジェイムズは無邪気にニコニコ笑っているのだが。
(だいたい、なんでここだけぬれてるんだ? 誰か飲み物でもこぼしたか?)
そう言えば、ここは最初に悲鳴を聞いてかけつけたとき、男爵夫人がしゃがんでいた場所だ。夫人は手にグラスも持っていなかったし、そもそも酔いざましのために、風のあたるこの船尾にいたのだ。飲み物を持っているわけがない。
(いや、でも、あのとき……)
家宝がなくなったと、夫人がさわいでいたとき、ワレスは台座のまわりの服がぬれているような気がした。
それに……だいたい、なんで、家宝の周囲を飾る小粒の石が星輝石だと、自分は気づいたのだろうと、ワレスは考える。星輝石の特性から言えば、石がぬれていたからだとしか思えないのだ。
(そうか。そういうことか。宝石が消えたわけはわかった。だが、誰がそれをしたか。なんのために?)
沈思黙考していると、アストリュック子爵がやってきた。
「やあ、宝石は見つかりましたか?」
きさくに声をかけてくる。
「いえ。まだです。ところで、あなたが男爵夫人に話しかけたのは、以前の知りあいの男爵夫妻ではなかったからだとおっしゃった」
「ええ。そうですよ」
「でも、夫妻が事故で亡くなったことも知っていた。ならば、今のディボレー男爵が以前の夫妻でないことはわかりきったことでしょう?」
「そうですよ。だから気になって。男爵夫妻には実子がいたはずだから、てっきりその子どもがあとを継いだと思っていたので」
「なのに見ず知らずの女が男爵夫人を名のっていたので、不審に思ったわけか」
「まあ、そういうところです。以前の夫人は私の幼なじみだったのでね。できることなら幸せになってほしかった」
やはり、そうだ。
だいたいのところが、それでわかった。




