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ジゴロ探偵の甘美な嘘〜短編集1 魔法使いの赤い薔薇〜  作者: 涼森巳王(東堂薫)
第十話 箱庭の花

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箱庭の花4



 そのあと数刻、手紙とにらめっこしたが、それ以上の手がかりは得られなかった。

 伯爵の日記にも孫に関することは何も記載がない。


 昼食のあと、ジェイムズが言いだした。


「根をつめてもしかたないよ。気晴らしに裏庭を散策しよう」

「そんなに、おれを童心に返らせたいのか?」

「たまにはいいじゃないか」


 煮詰まっていたのはたしかだ。しょうがなく、ジェイムズの提案どおり、裏庭へ行く。


 正直、なんの期待もしていなかったものの、じっさいにその場へ行ってみると、上から見たときとは、まったく感慨かんがいが違っていた。


 庭木のあいまに建ちならぶ小さな家。ほとんどは平屋建てだ。たぶん部屋数は一つか二つしかない。高さは大きなものでも、ワレスの胸くらい。窓からのぞくと、ちゃんと家のなかに家具も置かれていた。やはり、ドールハウスだ。


「これ、なんのために造ったんだろうな?」

「子どもの遊び場っぽくないか?」と、ジェイムズ。


 そう言われれば、そうかもしれない。ワレスにはその発想はなかった。貴族が愛する自分の子どものために、金に飽かせて遊び場を造る。それは大いにありうる。


「そう言えば、ルーラ湖に面した領主には、星輝石ルーラの採掘権があるんだったな。年間の採掘量は所有する湖岸の直線距離で厳密に決まっているが、税金以上に多くの収入をそこから得ることができる」

「うん。そうだね。ルーラ湖岸の領主はみんな金持ちだ」


 そう思えば、ふつうの貴族が一人息子に馬を買ってやるていどの贅沢なのだろう。

 この箱庭は、アルチュールのために造られたのだ。野ざらし状態であるのに、傷みが少ない。造られてから五十年は経過していないように見える。

 だから、伯爵は息子との思い出の庭が、いつでも見られる場所を、自分の部屋にしていた。


「幼い子どもなら、家のなかにも入れるもんな。たしかに楽しい遊び場だったろう」


 するとそのとき、どこからか歌声が聞こえてきた。子どもの声だ。一瞬、アルチュールの亡霊が現れたのかと疑ってしまう。



 ——赤い花。赤い花。オレンジの花。三つとなりが私の家。あなたと私の愛の家——



 楽しそうなその歌声を聞いて、ワレスはハッとした。


 まちがいない。この歌。この歌詞。《《あの歌》》だ。曲として聞くのは初めてだが、ついさっき目にしたばかりだ。


「ワレス? どうしたんだ?」


 おどろくジェイムズを無視して、ワレスはかけだす。庭木やミニチュアの家々がジャマになって、なかなか歌声のもとへたどりつけない。


 だが、女の子の声だということはわかった。

 やはり、そうか。ジャニーヌがアルチュールの娘だったのだ。


 この歌詞は、アルチュールが父の伯爵に送った手紙に書かれていた。アルチュールの自作の歌だ。それも大して流行っていない。これを知っているのは、アルチュールが歌うのを聞いた者だけだ。


 野薔薇のばらのアーケードをくぐっていったさきに、歌声のぬしがいた。


「ジャニーヌ!」


 うしろ姿に問いかけたものの、ふりかえったのは、ジャニーヌではない。まったく予想もしていなかった少女。レナだ。


「……レナか。その歌、どこでおぼえた?」

「これはお母さんが歌ってた子守唄です。ほかの人は誰も知らないって言うんだけど、お母さんは毎晩、歌ってくれました」


 レナは歌いながら小人の家をさし示す。


「赤い花。赤い花。オレンジの花。三つとなりが私の家。あなたと私の愛の家。小さな小さな茶色い花でも、あなたといればそこが天国。たったひとつの宝物」


 ワレスはおどろいた。

 家の配置が歌のとおりなのだ。赤い花は赤い屋根の家。赤いかわら屋根が二つ続き、となりはオレンジ。その三つとなりに茶色い屋根の家がある。ほかにくらべても、とても小さい。


「扉をあければ。扉をあければ。いつも、あなたが待っている。扉をあけて。扉をあけて。あなたの笑顔を見せて」


 レナの指さす小さな家に、ワレスはかけよった。扉をあけると、家族の居間だ。その奥の壁に暖炉だんろがある。そして、暖炉の上に肖像画がかけてあった。家のサイズからは不釣り合いに大きい。腕を伸ばして、それをとると、手の平におさまる細密画なのだが。


 その絵を見て、レナが「あッ」と声をあげる。

「お母さんだ!」


 レナにとてもよく似た、ひかえめな女性だ。優しく微笑み、その腕には赤ん坊を抱いている。



 *



 大食堂に全員がすわっている。

 説明のために、ワレスが集めたのだ。とくに、期待の眼差しで見ているジョスリーヌのために。


「誰がアルチュールの子どもなのか、わかったのね。ワレス」

「ああ。これを見てくれ」

「細密画ね」


 細密画は居間などに飾る、小さいが線の細かい絵だ。たいていは家族の肖像である。本人に似せて写実的に描かれる。


「アルチュールから伯爵にあてた手紙はたくさんあるのに、一度も子どもの名前が出てこなかった。変だとは思っていたんだ。だが、アルチュールは伯爵に自身の子の名前を教えてなかったわけじゃないんだ。たぶん、この細密画は手紙といっしょに、アルチュールから送られてきたものだ。裏に母とレナの名前が記されている。

 伯爵は奥方に見つかるとその絵も処分されると案じ、城のどこかへ隠すことにした。そのとき、アルチュールが昔、遊んでいた裏庭のことを思いだしたんだ。アルチュールはその庭がとても好きで、思い出を歌にしている。その歌詞を手紙にも書いていた。伯爵は歌の示す家のなかに細密画をひそませた。いつか、それが必要になることがわかっていたのかもしれないな」


「つまり……」

「ああ。令嬢はレナだ。アルチュールの歌も知っていたし、まちがいない」

「素敵」


 グリンドレは無念そうに家に帰っていった。まあ、彼はもともと貴族なのだから、暮らしに困っているわけではない。


 ジャニーヌはむしろ清々したようすで去っていく。いつか皇都でダンサーになるのだと言っていた。きっと、あの娘ならやるだろう。


「レナ。君が令嬢だ」

「わたし、どうしていいんだか……」

「君はどうしたいんだ?」

「裏庭を街の子どもたちに開放して、みんなの遊び場にすることはできますか?」

「いいアイディアだ。家令に相談して、今後のことを決めるといい」


 きっと優しい領主になることだろう。


 伯爵とアルチュール親子の思い出の箱庭に、ふたたび、子どもたちの笑い声が響きわたる日も、そう遠くない。




 了

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