箱庭の花3
夜になって、ワレスはジョスリーヌと一室で休んでいた。
伯爵家のなかで最上等の客室だ。
「ジョスはどう思う?」
「どうって?」
「次期伯爵にふさわしいのは、グリンドレだ。でも、あの子は伯爵の息子じゃないな」
「あら、どうしてわかるの?」
「そりゃわかるさ。あの子が自分の家族のことを話したときのこと、おぼえてるか?」
「とても理知的でわかりやすい話だったわね」
「そこがおかしい。だって、三男とはいえ、男爵家のほんとの息子だと思って育ってきたんだろ? 父母がじつは赤の他人だと、つい最近にわかったんだ。ふつうの子どもなら、言葉にならないほどの衝撃をおぼえる。あんなふうに、あっけらかんと自分の境遇を語れないよ。
ということは、あれはよくできた作り話だ。たぶん、アルチュールの息子を探しに使者が来たとき、これを利用すれば息子を伯爵にできると、男爵夫妻が考えたんだろうな。グリンドレにしてみても、実家を継ぐのは長男だ。自分に順番がまわってくる可能性はきわめて低い。しかも、実家は男爵。アルチュールの息子になれば伯爵だ。欲張りたくなるのも納得だろ?」
ジョスリーヌはうなった。
「さすがね! ワレス。今日のあの話だけで、そこまで見ぬくなんて」
「グリンドレの叔母が、若いころに、どこかの誰かとアバンチュールがあったのは、ほんとなんだろうな。案外、相手はアルチュールだったのかもしれない。でも、グリンドレは叔母の子じゃないよ」
ウットリした目で、ワレスを見つめるジョスリーヌに笑いかける。
「明日はこの城のなかをしらべよう。アルチュールの残した日記か何かあるかもしれない。または、先代伯爵あてに届いたアルチュールの手紙とか」
「手紙はあるかもしれないわね。なんと言っても親子ですもの」
「だろ?」
奥方の手前、先代伯爵はその手紙を隠していたとも考えられる。
翌朝——
客室で朝食をとったあと、ワレスは伯爵家のなかをウロつく。ジョスリーヌは歩きまわるのは趣味じゃないから、まだベッドのなかだ。
ろうかを歩きまわっていると、家令に出会った。
「前の伯爵が使っていた部屋はどこだろう?」
「三階の裏庭に面した場所にございます。今はカギがかかっておりますよ」
「ふうん。じゃあ、伯爵が亡くなったときのまま、片づけてはいないんだな?」
「さようにございます」
「カギを貸してくれ」
家令は自分の部屋からカギを持ってきた。それを手にワレスは三階へあがっていく。
伯爵の部屋に入る前、ワレスは違和感をおぼえた。
丘の上にある城。
湖まで街を眺望できる立地は防衛に利がある。ユイラ国内で戦は久しいが、それにしても、盗賊の脅威が皆無ではない。こんな素晴らしい場所にあるのなら、当主の部屋は街を見渡せる位置にあるのが当然ではないだろうか?
だが、伯爵の部屋は街に背をむけている。ドアをあけると、背後の山並みが見えた。窓に近づくと、眼下には裏庭がひろがっていた。
ワレスは息をのんだ。
街? いや、なんだか異様に小さな街がそこにある。
一瞬、幻でも見ているのかと、自分の目を疑う。
赤や茶色やオレンジの屋根が、上から見ると花のように咲き乱れていた。
馬小屋かと思ったが、それにしても一軒ずつが小さい。あれでは馬も入れないだろう。人間でも小さな子どもがやっとだ。
かなり大きめのドールハウスのようなものだ。それも、数十軒。
なんであんなものが庭にあるのだろうか?
種々の花で飾り、彫像や噴水をあしらったガーデンはいくつも見たが、こんな庭は初めてだ。
とにかく、まずは伯爵の部屋の調査だ。アルチュールの子どもについて、手がかりが隠されているかもしれない。
部屋は寝室と居間の二間続き。寝室にクローゼットがついている。
居間の窓ぎわ。おそらく、もっとも伯爵が多くの時間をすごしたであろう場所にデスクがあった。
机の上はいくつかの本やランプがあるだけだ。だが、引き出しに手をかけると、あっさり手紙のたばが入っていた。まちがいなく、アルチュールからの手紙だ。
奥方も亡くなっているから、隠す必要がなくなったということか。
ときおり届く息子からの手紙が、伯爵にとって、ゆいいつの楽しみだったに違いない。
読みふけっているところへ、外から足音が近づいてくる。扉がひらき、ジェイムズが顔を出した。
「ここにいたのか。ワレス。裏庭を見たかい? スゴイんだぞ」
「ああ。見たよ。小人の街があるんだろ?」
「そうなんだ! ジョスリーヌが見せたいと言ってたのは、あの庭のことなんだな。庭のなかを歩いたら、自分が巨人になったような気持ちになるよ」
ジェイムズは子どもみたいに無邪気に喜んで興奮している。つくづく羨ましいやつだと、ワレスは思う。
たしかに、ひじょうにおもしろい趣向をこらした庭だ。が、しかし、それを造るために、どれほどの領民の税金がムダに使われたのかと考えれば、素直に楽しめない。
ワレスは子どものころ、帰る家もなく一人で街から街へとさまよっていた。他人の家の軒下でしのいだ冬の夜の雨の冷たさを、今も忘れていなかった。
あんなオモチャの家を造るくらいなら、親のない子どものために、まともな家を一軒建てたほうが、どれほど有意義なことか。
「そんなことより、おまえもいっしょにしらべてくれ。伯爵あてのアルチュールの手紙だ。子どもについて何か書かれていないか」
「わかった」
二人で読み続ける。それにしても数十年ぶんの手紙だ。かなりの数があった。
たまに子どもが生まれたとか、いつかはお父さんにも会わせたいなどと記されてはいるのだが、肝心の名前や性別すら手紙にはふれられていなかった。
「バカか。このアルチュールってやつは。なんで孫の名前すら親に教えないんだ?」
「まあまあ。どこかに書いてあるかもしれない」
「おれのとこには変な歌しか書いてないよ。『赤い花。赤い花。オレンジの花。三つとなりが私の家。あなたと私の愛の家』こいつ、自分で作曲してたみたいだな。流しのキタラ弾きだったんだ」
酒場をまわって歌い、日々の糧を得ていたらしい。
それでいくと、踊り子をしていたジャニーヌの母との接点がある。アルチュールが弾き語りをし、それにあわせてジャニーヌの母が踊っていたのかもしれない。
仕事の相棒なら、ただのとりまきとは異なる。特別な存在だ。ジャニーヌが娘である線が急速に濃厚になった。




