箱庭の花2
冗談じゃない。そんなこと、しらべようがないぞと主張してみたところで、ジョスリーヌには通用しない。
何より、ジョスリーヌの目が輝いている。船旅に少し飽きていたのかもしれない。とつぜん降って湧いた跡継ぎ探しに、ジョスリーヌの興味がひかれてしまったのだ。
とりあえず、ワレスはリンナールを飲みほした。ミルクと砂糖のたっぷり入った甘すぎる茶で、脳の養分を補充しておかなければ。
「じゃあ、一人ずつ話を聞きたい。あとは自分が伯爵令息の子どもだという証があれば、それを見せてほしい。ああ、それと、令息の若いころの肖像画はないのか? 顔が知りたい」
後半については、家令が気をきかせて、どこやらから肖像画を持ってきてくれた。
「こちらがゆいいつ残された、アルチュールさまの肖像でございます。ほかの絵はみんな、奥さまが処分されてしまいましたので」
義母と息子の仲はそうとう悪かったらしい。残った一枚は伯爵が隠していた。アルチュールが出奔する二年前くらいに描かれた肖像だという。
アルチュールは絵で見ると、小柄で可愛い女の子のような顔をしている。髪は褐色の巻毛。瞳は黒いのでユイラでは一般的だ。しかし、最大の特徴は《《そばかす》》だった。ユイラ人でそばかすはめずらしい。髪も黒髪直毛が多いユイラで、比較的個性的な容姿と言えた。
この絵を見た感じでは、第一印象は男の子のグリンドレがよく似ている。そばかすがあるし、髪も黒髪だが巻毛だ。ただ、これは年齢的なものと性別のせいかもしれない。
ジャニーヌは正直、美人すぎるなと思った。とは言え、母親がものすごい美女なのかもしれない。それだけで除外できるほどのものではなかった。
一方、レナは微妙だ。ユイラ人の女の子としては、かわいそうなくらい地味な目鼻立ちをしていて、鼻の頭に少しだけ、そばかすがある。おさげにしている髪はときどきハネているから、巻毛なのだろう。
「では、話を聞こうか。まずはグリンドレから」
「はい! 何を話せばいい?」
グリンドレは元気よく受けこたえする。
「たとえば育った街や母の名や、父親に会ったことがあるか、など。父とは別に育ったのか?」
「僕はル・グイド男爵家で育ったんだ。男爵家の三男だとばっかり思ってたけど、ほんとは養子だったんだって。僕のお母さまが若いころに、お父さまとつきあってて。でも、正式な結婚じゃなかったから、伯父さまが自分の子どもとしてひきとってくれたんだ」
グリンドレはよどみなく話す。とてもハキハキしている。物おじしないたちのようだ。
しかし、話の内容は貴族の令嬢が不節操をしてできた子どもを、兄のもとへ養子に出したという、なかなかヘヴィーなものだ。
そのあと、グリンドレは叔母だと思っていたほんとの母のことや、母から聞いた父の思い出などをとうとうと語った。
「わかった。とりあえず、もういい」
キリがないので黙らせて、『あの子、長すぎるわ。まだなの?』という目をしているジャニーヌに手招きした。チラリとレナを見て、『やっぱり、わたしのほうがさきね』と、視線ににじませる。なんとも正直な目の持ちぬしだ。
「ジャニーヌ」
「はい」
「君は自分の父について、どう思っていた?」
「わたしの母は踊り子なのよ。とても美しくてね。人気者だったの」
「いや、父のことを聞いているんだが?」
「父がどんな人だったかは、わたしには関係ないわ。母は大勢の男たちに、いつもチヤホヤされてたから。プレゼントも毎日されて、生活に困ったことはないの。そのなかの一人が、アルチュールって人だったみたい」
「なるほど」
しかし、大勢の男と交際していたなら、誰がほんとの父親なのかは、きわめて判断が難しい。とは言え、アルチュール自身が『これはおれの子だ』と認めていたなら、実子かどうかは問題じゃない。その子を継承者にするしかない。
「君はアルチュールと会ったことがあった?」
「ないわね。わたしはハンサムなリュシーがお父さんじゃないかと、ずっと考えてたから、ほかの人だと聞いて、最初はガッカリした」
「なぜ? 伯爵家の跡取りになれば、贅沢ざんまいできるのに?」
「お姫さまの生活も一度はしてみたいけど、わたしもお母さんみたいに、一生、恋をし続けたいの。令嬢になってもそれがゆるされる? それなら、なってもいい」
なんとも自由奔放な娘だ。
貴族の城で礼儀作法を厳しく教えこまれて、きゅうくつに暮らすよりは、街の酒場でダンスを見せながら喝采を浴び、情熱的な恋に身をゆだねるほうが幸せなタイプ。
「わかった。とりあえず、もういい。じゃあ、最後に、レナ」
呼ぶと、ビクッと肩をふるわせてから、少女は立ちあがった。ワレスの前まで、恐る恐る近づいてくる。
「レナ」
「は、はい」
「君は父の思い出があるか?」
レナは首をふった。
「わたしは、あの……子どものころにお母さんも死んじゃって、病気で。それで、叔母さんのうちにいたけど、十歳になったとき、もう自分でかせげるからって、呉服屋の徒弟になりました。わたしの係は刺繍なんです」
「亡くなった母から何か聞いていないのか?」
「聞いたかもしれないけど、小さかったから……」
記憶が定かでないと。
「ふうん。わかった。三人とも帰っていい」
退室させたのには、わけがある。家令の話をくわしく聞きたかったからだ。
「いかがでしたか?」と、たずねてくる家令に反問する。
「逆に、あなたはどう思う? 誰が令息の子どものころに似ている?」
「似ていらっしゃるのは、グリンドレさまでしょう。利発なようですし、男爵家でお育ちなので、伯爵家の跡目をお継ぎになるには最適かと」
「まあ、そうだな」
貴族としての礼儀や知識を持ちあわせているということだ。たしかに次期伯爵として育てるのは容易だ。単に跡継ぎ選びなら、ジョスリーヌが彼に決定すればいいだけのこと。
だが、問題はそこではない。
アルチュールが自身の子として認めたのは誰か、なのだ。




