ワレスが消えた日6
誘拐されてから八日めの昼。
眠っていたワレスは、近づいてくる足音で目をさました。ドアがひらき、あの小間使いがのぞく。入口から顔を半分だして、ワレスをうかがっている。
ワレスはベッドの上で半身を起こした。
「隠れなくても、もうわかってるよ。おまえが誰なのか、思いだした」
相手は出入口から動かない。よほど、この前のことが怖かったのか? やっぱり、そういうとこは女の子なのだなと思う。やってることは、とんでもないことばかりなのだが。
「そんなに、おれが憎いのか? おれが謎解きしたせいで、おまえの兄上が結婚してしまうから?」
ううっと、うなり声が聞こえる。
「しかしな。おまえ、おれを軟禁してること、家族にはナイショにしてるんだろ? バレたら、さすがにこっぴどく叱られるだろうよ。今度こそ、田舎の修道院に行儀見習いにでも出されるかな?」
しかし、それでも動かない。
以前の事件のときにも、そうとうに奇矯な行動をとる娘だった。一筋縄で行かないことは想定していた。
「マノン。おまえだろ? 部屋を暗くしていたのは、顔を見られると正体がバレるからだ。だからと言ってな。おまえ、ふつうの男なら、三日も暗闇に閉じこめられたら気が狂うぞ?」
ううっと、またうなり声。
オマケに、ポロリと涙をこぼした。
「怒らないから、こっちに来い。どうせ、ろうかに伯爵家の騎士がいるんだろ?」
マノンはようやくドアのかげから姿を現した。以前、ある事件で会ったアズナヴール伯爵家の令嬢だ。狼の皮をかぶって、あばれまわっていたスゴイ少女だ。顔は可愛いのだが……。
「兄上に知られると嫌われるぞ。ずっと、こんなこと続けてられるわけないんだ。今なら黙っていてやるから、おれを解放しろ」
今度はすばやい反応が返ってきた。
「ヤダ!」
「……もうあきらめろよ。え? おれを閉じこめて、何がやりたいんだ? 言っとくが、おれを少しでも傷つけたら、あとでおまえの実家は、ラ・ベル侯爵につぶされるからな」
「傷つけないもん……」
「じゃあ、なんで、さらってきたんだ?」
恨みがましげな目で、ワレスを見る。この子はどうも何を考えているかわからないところがあって、末恐ろしいというか、つきあいきれない。
ワレスは行動に移すことにした。サッとベッドからとびおりると、あけっぱなしの扉からとびだす。布団で隠していたが、足かせは外したままだ。靴もはいている。
「ああー! 待って、ワレス!」
少女の呼びとめる声が背中にあびせられる。だが、もちろん、ワレスは止まらない。
扉のすぐ外に見張りの男が立っていた。剣を帯びているものの、それを使うわけじゃない。おどろいて立ちつくしているうちに、わきをすりぬけた。
「誰かワレスを捕まえてー!」
マノンの命令で、新たに数人の兵士がかけだしてきた。長いろうかの前とうしろ。二人ずつだ。けっこう、令嬢のワガママにつきあわされた騎士がいる。
ワレスは迷わず前へつっこみ、つかみかかろうとする男の足元にスライディングする。一人はそれで倒れた。
ワレスもいっしょに体勢をくずすものの、残る一人は勢いあまって、たたらをふんでいる。その腰へとびつきながら、背後にむかってゴロンと一回転すると、相手は頭から床に落ちた。死にはしないだろうが、気絶はした。
後方の追跡者はまだ近くまで来ない。ワレスは起きあがり、全速力で走った。とにかく、令嬢の家族に監禁の事実を訴えるか、自力で外へ出るかの二つに一つでしか、脱出のすべはない。
ろうかのかどをまがると、本物の小間使いと出会った。女は悲鳴をあげて尻もちをつく。おかげで、奥から次々と兵士がやってくる。
ワレスは勝手のわからない屋敷のなかを、ただひたすら無我夢中でかけとおした。
ろうかの端で十数人の兵士にかこまれる。今度のやつらは令嬢の息がかかっていないらしかった。ワレスを侵入者だと思い、本気で剣をぬいてくる。こっちは素手だ。正面から戦うのは利口じゃなかった。
「待った。怪しい者じゃない。伯爵か奥さまを呼んできてくれ。知りあいだ。いや、むしろ恩人だぞ」
両手をあげて無抵抗をアピールする。が、そこへ、マノンが追いついてきた。
「ボクを誘拐しようとした曲者だよ。捕まえて!」
「マノン。ほんとにおまえを嫌いになるぞ?」
すると、なぜか、マノンはビクンとすくみあがった。ワアワア泣きだす。
そのとき、ようやく、表のほうから、ジェイムズがかけてきた。ジョスリーヌは少し遅れて、息をきらしている。
ジェルマンのハトがいい働きをしてくれたらしい。
ギリギリのところで、ワレスは串刺しにされずにすんだ。
*
帰り道は、ジョスリーヌの馬車で。
剣やそのほかの持ちものもすべて返されて、ようやく解放された。
マノンは泣いていたが、兄たちにもバレてしまったので、今度は彼女自身のほうが、とうぶんのあいだ監視つきの生活になるだろう。
「とんでもない子ね! あなたをさらって、あんなせまい部屋に閉じこめるなんて!」
ジョスリーヌは怒り狂っている。これはヘタすると皇帝陛下に訴えでて、アズナヴール家をおとりつぶしにするかもしれない。ジョスリーヌにはそれくらいの権力がある。
「まあまあ。無事だったから、もういいよ。おれの家に金品を置いてたのはプレゼントのつもりだろ? つまり、おれを閉じこめたのは、幼稚な独占欲だ。好意を持ったから——ってことだろう。はた迷惑ではあるが」
「だからって、冗談じゃすまされないわよ。まったく、なんて子なの」
「好きな人にほど素直になれないんだな。あまのじゃくな娘だ。ふつうに友達になりたいと言えばいいのに」
ジョスリーヌはブツブツ言っているが、たぶん、少女時代はマノンと大差なかったはずだ。
自分のお城のなかがすべての世界であり、一度も傷ついたことのない者だけが持つ残酷なまでの無垢をふりかざしていた。
それが、お姫様という生き物だから。
「あの子の熱が冷めるまで、どこか遠くへ旅に行こうか? ジョス」
「それもいいわね」
「どこがいいかな」
「星湖の船遊びはどう?」
「ああ。おもしろそうだ」
小さい姫からは解放されたが、大きな姫から、まだしばらく自由になれなさそうだ。
了




