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ジゴロ探偵の甘美な嘘〜短編集1 魔法使いの赤い薔薇〜  作者: 涼森巳王(東堂薫)
第九話 ワレスが消えた日

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ワレスが消えた日2

 *



 裁判所預かり調査部に勤務しているジェイムズは、調査がない日はたいてい、裁判所にいる。

 それが仕事だからだ。裁判所に残る書類をしらべたり、書き写したり、整理したり、あるいは次の裁判に必要な書類を作成する。


 かんたんな裁判なら、ジェイムズの部下が代理でこなしてくれるので、それほど忙殺されることはまずない。いわゆる閑職だ。


 なので、裁判所の前にひとめで大富豪の所有とわかる馬車がとまり、なかからジョスリーヌがおりてきたときにも、優雅に出迎えることができた。


「ラ・ベル侯爵。本日はいかがなさいました? 私の職場にまで出向いてこられるなんて、めずらしいですね」


 ジョスリーヌは深刻な顔つきだ。

「ワレスが帰ってこないの」

「はぁ」


 少年時代の学友であるワレスが、今はジゴロを生業にしていることは、ジェイムズも承知している。多くの貴婦人のあいだをふらふらしていることも。


「それは……言いにくいのですが、よそのお屋敷へ行っているからですか?」

「そんなんじゃないのよ。マルゴのところへ行くと言って、出かけたのが二旬くらい前。そろそろ、こっちへ帰ると手紙が来たのよ。なのに、帰ってこないの。変だと思うでしょ? それで、マルゴに手紙を送ったら、とっくに帰ったって言うのよね。五日も前の話よ?」

「えっ……?」


 ワレスはジゴロだ。なんの連絡もなければ、一人の貴婦人と別れたあと、また別の女性のもとへ行ったとも考えられる。


 だが、わざわざ手紙で帰ると言っておきながら、よその女のもとへ寄り道する——それは、ありえない。


 なぜなら、ジョスリーヌはワレスの美しい恋人たちのなかでも、本命中の本命だ。ほかが浮名を流すだけの相手でも、ジョスリーヌは後見人だ。ワレスの正式な身元引受人である。


 彼女への手紙にウソを書いたり、彼女を待たせて遊んでいるなんてことをしたら、ジョスリーヌがとんでもなく怒る。そのくらいの分別はあるはずだ。


「それは、おかしいですね」

「そうでしょう? どこかでケガでもしたのかしら? 迷ってるわけじゃないわよね?」


 聞けば、マルゴの邸宅は皇都の郊外。半日もあれば行き来できる。何度も通った道らしいので、迷うとも思えない。


「……行方不明?」

「あなたもそう思う?」

「不本意ながら」


 困ったことになった。

 いつもこういうとき、ジェイムズはワレスの知恵を借りる。なのに、今はそのワレスがいないとは。


「ワレスを探してくださるかしら? あの人が危ないことにまきこまれていなければいいのだけど」

「もちろん、探します。ですが、心あたりはありますか? ワレスがすでに生きていないのなら、あれほどの美男だ。遺体が見つかったときに、ものすごいさわぎになっている。それがないということは、どこかで囚われているのじゃないかと思うのです」

「ワレスをさらった人がいるの?」

「そんなところでしょうね」


 ジョスリーヌは頭をかかえたけれど、叫びはしなかった。ほんとは悲鳴をあげたかっただろうに。


 ワレスのことを、自身の大勢のとりまきのなかの一人のようなあつかいをしているが、彼女が内心、ワレスを愛してやまないのは、見ていればわかる。


「いったい、誰が? 誰がワレスをさらったの?」

「それをこれから調べるのです。心あたりはありませんか?」


 ジョスリーヌは考えこんだ。

「ラ・ヴァン公爵かしら? たいそう、ワレスに執着しておいでだったから」

「お会いすることはできますか?」

「わたくしが手紙を書けば、約束はとれるでしょう」

「では、そうしてください」


 裁判所でジョスリーヌは手紙をしたためた。それを部下に届けさせて、返事が来るまで待つ。


 ラ・ヴァン公爵家は比較的新しい家系だ。数代前の皇帝の弟君から始まった。

 領地はジョスリーヌの生家ほど広大ではないものの、上質な土がとれるので、高級な磁器のかまをおかかえにしている。そこから得る税で内政はうるおっていた。

 ワレスが養子になれば、さぞ贅沢ができただろう。身分の上では王子様だ。


「なぜ、ワレスは断ったのでしょうか? 侯爵閣下」

「だから、侯爵閣下はよしてよ。あなたもお堅いわね。ジョスでいいわ」


「では、ジョス。ワレスはああ見えて、以前はけっこう野心家だったのですよ。学生時代はね。とても上手に本心を隠していたけど、自分が見目麗しく、才能にあふれていることを知っていた。だから、それを最大限にいかして社交界でなりあがっていくつもりだった。彼にはそれができたはずだ。宰相さいしょうにでもなれただろう。けっきょくは愛に溺れて、すべてをすてたが、以前の彼なら、迷わず公爵の養子になっていたでしょう」


「あら」と言って、ジョスリーヌはクスリと笑う。

「存外、おバカさんじゃないのね。ええ、そう。ワレスは野心家なんだと思うわ。向上心はとても強い。ただ、今は過去に傷ついているだけ。あまりにも深い傷だから、立ちあがれないのよ」


 やはり、ジョスリーヌもワレスの真の姿を見ぬいていた。それほど、彼を愛おしんでいるということだ。

 ジェイムズはうなずいた。


「彼はこんなところで挫折ざせつしていい人間ではないと思うのです。私より、はるかに素晴らしい能力を持っている」

「彼が立ちなおれるかどうかは、あなたにかかっているんじゃないかしら?」

「私ですか? あなたこそ……」


 ジョスリーヌはさみしげに笑みをゆがめる。


「わたくしではダメなのよ。信頼はしてくれてると思う。それに少しは特別に思ってくれてもいる。だけど、わたくしの前では弱みを見せない。わたしはそういう相手ではないのね。わたしには決して心をさらけださない」

「…………」


 それは自分にも同様だと、ジェイムズは思う。むしろ、もっと、さらけだしてほしいものだ。


「それにしても、ワレスはどこにいるのでしょうね?」

「さあ」


 おたがいに肩をすくめて苦笑した。

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