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ジゴロ探偵の甘美な嘘〜短編集1 魔法使いの赤い薔薇〜  作者: 涼森巳王(東堂薫)
第八話 夜伽草子

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夜伽草子6



 夜になった。

 今日もまた、そろそろ迎えの馬車が来るころだ。


「クリストフ。おまえの思ったとおりだった。昨夜、つけてみたが、令嬢は富豪の商人と結婚をするつもりだ」


 ワレスはすぐに出かけられるよう早めの晩餐をもらいながら、そんなことを言ってみる。給仕の料理人の老婆まで顔色を変えた。


「なんだって? それはほんとうか?」

「ああ。まちがいないね。男の寝室に招かれて、いっしょにすごしていたよ」

「そんな!」

「それが二十も年上の男で、しかも相手には、すでに妻がいるんだ。重婚だな」

「えっ?」

「令嬢は伯爵家を守るために、それもしかたないと覚悟の上のようだ。とうぜん、相手を愛してなどいないだろう」

「うぬぬ……」


 クリストフはおもしろいように憤慨している。ゆであがったタコだ。


「だから、今夜、おれとジェイムズが令嬢を救いに行く」

「どうやって?」

「令嬢が馬車で乗りつけたところを追いかけていって、相手の男から奪いかえしてくる」

「う、うん……」

「でも、それだけでは根本的な解決にならない。令嬢はお金に困っているかぎり、何度でも同じことをするだろうからな」

「うん、まあ、そうだ」

「でも、安心してくれ。クリストフ。ジェイムズは令嬢をほっとくことができない。そのくらいなら自分が結婚を申しこむと言っているんだ」


 ブウッとジェイムズがスープをふきだした。口元をふきながら、あわてふためいているすきに、ワレスは続ける。


「ジェイムズなら、きっと令嬢を幸せにできる。君もそう思うだろう? クリストフ」

「えっ?」

「だって、ジェイムズはいいやつだから。家督も継ぐし、役職も持ってる。結婚相手には申しぶんない」

「で、でも……」

「なんの問題もないだろ? だって、君は令嬢のこと、幼なじみとしか考えてないんだから」

「ううっ……」

「おっ、もう時間かな。ジェイムズ、行こう!」

「…………」


 ジェイムズは雄弁な目をして、ワレスを見つめながら立ちあがった。何を言ってもムダだと観念したようすだ。


「ではな。クリストフ。令嬢のことは、ジェイムズがめんどうを見るから、もう心配することはない。ただ、今夜だけ、君の家の馬を一頭、貸してくれ。あとでちゃんと返すから」

「いや、あの……」


 クリストフを残して、ワレスはジェイムズの背中を押していく。馬屋から馬を出し、くらをつけると、夜の暗闇へとまぎれこむ。とは言え、背後に注意はおこたりない。


 ヘタクソなクリストフの尾行を見て、ワレスは笑った。


「ワレス。急に何を言いだすんだ。私がオレリー嬢に求婚するだなんて」と、ジェイムズがごねる。

「だって、そうでも言わなければ、頑固者は動かない」


 もちろん、今夜も迎えの馬車は来た。それに乗って出かける令嬢を、ワレスたちは追っていく。行きさきはもうわかっている。昼間にも行った、あの孤児院だ。


 ワレスたちが押しかけていったときには、オレリーは小さな女の子の枕元で物語を読んであげているところだった。ワレスたちを見て、オレリーはあぜんとしている。


 すると、その背後で、また忙しくかけてくる足音がある。バタンと扉があいて、クリストフがとびこんできた。


「ほら、ジェイムズ。言うんだ。今だ」

「いや、でも、さすがに、ワレス。それは……」

「じゃあ、おれが言うよ。オレリー姫。どうか、私と結婚してください!」


 ワレスたちの背中しか見ていないクリストフは、つられて叫んだ。


「いや、私と結婚してくれ! オレリー。ずっと君を好きだったんだ!」


 真っ赤になる令嬢を見て、ベッドのなかの子どもが嬉しそうに手をたたいた。


「じゃあ、ステキな騎士さまとは、わたしが結婚してあげる」


 おませなキスを頬に受けながら、女の子はどんなに小さくても女なのだなと、ワレスは思った。



 *



「クリストフを置いてきてよかったのかな? ワレス。子どもたちがさわいで、寝かせるのが大変そうだったが」

「おれたちがいたら、もっと落ちつかないだろう」

「クリストフは勘違いしたままだと思うが」

「いいんだよ。クリストフも、令嬢も、ほんとのことを知らなくても」


 孤児院を出たところで、馬車を見つけた。あの迎えの馬車だ。扉がひらき、なかから老婆が出てくる。それはワレスたちの知る人物だった。


「やはり、あなたが裏で采配さいはいしていたのですね」

「采配というほどのことではありません。わたしはただ、孫が幸せになれるまで見守っていたかっただけなのです」

「だから、クリストフの屋敷に入りこんで、料理人をしていた」

「はい。あなたは明晰めいせきなおかたですね。そこまで気づいておられたとは」

「それは気づきますよ。ちょうど伯爵が亡くなったころに、あなたはあの屋敷にやってきた。ぐうぜんではない。オレリーを見るとき、とても愛しそうだったしね」


 それは、ル・ドラウ家の料理人だ。宮廷料理人をしていたという老婆。


「あなたの娘さんが、亡くなったル・オルダン先代伯爵とのあいだに生んだのが、オレリー嬢だ。娘さんはオレリーのために伯爵家を去って、今は再婚なさっている」


「ええ。でも、娘はオレリーのことを忘れたことはありません。オレリー自身は今の奥さまの娘だとかたく信じているでしょうから、会うことはゆるされないのですが」


「ほんとにそうかな? オレリーは自分が今の奥方の娘でないことを知っているんじゃないかな?」

「それでもいいのです。オレリーが幸福になってくれることが、何より重要ですからね」


 ワレスは請けあった。


「その点は大丈夫です。クリストフは単純だが、悪いやつではない。きっとオレリーを幸せにします」

「ええ。わたも娘も、これで安心できます」


 ワレスは微笑する。

「ただ一つ、明日から孤児院の子どもたちに、夜伽する相手がいなくなってしまいますね」

「それは娘が代行するでしょう」

「それならよかった」


 オレリーの弟妹は少しさみしがるかもしれないが、嫁ぎさきは隣家だ。いつでも会える。


「では、わたしはもう帰ります。オレリーに正体を知られてはなりませんから」

「なるほど。ときどきには、おれたちもドラウ家に遊びに行ってもかまいませんか? あなたの料理は忘れがたい」

「かまいませんよ。そのときには腕をふるいましょう」

「ドラウ家まで送っていきます」

「ありがとう」


 ドラウ家の前で、老婆と別れた。


 なんにせよ、大団円だ。

 きっと数ヶ月後には、あの人が孫娘の結婚式のために、素晴らしい料理を供することだろう。

 招待状の届くのが、今から楽しみだ。




 了

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