夜伽草子4
翌日。
昼間はル・ドラウ家の世話になって、ダラダラとすごす。それにしても料理が美味い。
「君の屋敷の料理人は素晴らしい腕を持ってるな」と褒めたたえると、クリストフは目を輝かせる。
「じつは私の乳母の妹が宮廷料理人をしてたんだ。年をとって宮仕えはできなくなったので、うちの料理人として迎えた」
「どおりで、ジョスリーヌの屋敷でさえ、こんなに美味い料理はなかなか食べられない。食材はあっちのほうが豪勢だが、料理人の腕が違うな」
「そうだろう?」
「高い給金でやとっているんだろうな」
「いや、ところがそうでもないんだ。私の乳母を頼ってきたので、その腕前からは考えられないほど安い賃金でいいと」
「姉を頼って、か。自分の家はないのか? だって、宮殿で働いてたんだろう? 屋敷の一つや二つは買えるはず」
「うん。そう言われれば、そうだなぁ。結婚はしなかったらしいんだが、複雑な事情があるみたいだな」
クリストフはあまり気にしていない。
「その料理人はいつごろからやとっているんだ?」
「先月だ」
「先月?」
なんだろうか? 何かがひっかかった。
「それよりも、オレリーのことはどうなったんだ? 何かわかったか?」
「今のところはとくに」
「ああ、もう、オレリーは何をしてるんだ」
「そんなに心配なら、令嬢を昼食にでも招いてみては?」
「えっ? なんて言って?」
「だから、父上が亡くなって困ったことがないかと」
「そんなこと言ったら、オレリーはバカにされたと考えるぞ?」
ワレスは頭をかかえた。
なんでこう、意地っぱりな二人だろうか。どっちかが折れれば、一瞬で問題解決するのに。
ジゴロのワレスがなんの得にもならないのもかえりみず、無償で仲をとりもってやろうとしているのがわからないのか。
それは別にしても、オレリー嬢自身と話してみたい。それほどプライドの高い令嬢だ。やましいことで得た金なら、つつけば、きっとボロを出す。
「では、素晴らしい料理人をやとったので、ぜひ自慢したいと言って」
「うん。それなら来るだろう」
「今の時間からなら、午後のティータイムが自然だな」
「よし。わかった」
クリストフが例の料理人にそのむねを告げると、老婆はとても喜んだ。みずから給仕をしてくれるという。
その日の午後。
ほどよい時刻になると、オレリーはやってきた。昨夜と同じドレスを着ていた。オシャレにかける金はないのだろう。
年はクリストフより少し下。つまり、ワレスたちと同じくらい。化粧っけがなく、色気はないものの、凛としている。顔立ちは悪くない。
聞くまでもなく、ひとめで感じとれた。令嬢はまだ純潔だ。ワレスと同業なら匂いでわかる。
では、なおさらのこと、夜中に何をしているのか?
「イヤだわ。クリストフ。お友達が来ているなら、言っておいてくだされば、化粧くらいしてきたのに」
ワレスを見て頬を染める。ふつうの女の反応だ。
たとえば夜中に出かけて泥棒をしているとか、そんな人に言えないことをしてるふうではない。ただし、お茶会のあいだも、しばしばアクビをかみころし、眠そうではある。
「クリストフ。では、わたし、帰るわね。ごきげんよう」
「ああ、うん」
去りぎわ、令嬢とクリストフは見つめあってモジモジした。たがいに、ほんとに言いたいことが言えない。そう見えた。まったくもって、もどかしい。
オレリーが帰っていったあとになって、クリストフはため息をついた。
ワレスは口を出す。
「あんまり意地をはってると、そのうち誰かにかっさらわれるからな」
「なんのことだ? 私はそういうんじゃ……」
「なんでかたくなに違うと言いはるんだろう? 告白してふられたことがあるとか?」
クリストフは言葉を失った。どうやら図星だ。
「子どものころに、私は喜ばせようとしたんだが、クリストフなんて大嫌いと……」
「何をしたんだ?」
「ウワサなんて気にしないと言ったんだ」
「ウワサ?」
クリストフは急に黙った。ひどく、あせっている。
「ウワサって?」
「あ、いや、なんでもない」
それ以上、口を割らない。
しかたないので、ワレスはあとでジェイムズに聞いてみた。
「オレリー嬢について、何か悪いウワサがあるのか? あるいは、ル・オルダン伯爵家について?」
「さあ。私は知らないが、そう言えば、前にドニが何か言っていたような。ドニはクリストフから聞いたんだ」
「なんて言ってた?」
「たしか、クリストフの好きな子のおばあさまは平民だとかなんとか」
「なんでそんな大事なことを今まで黙ってるんだ?」
「えっ? 大事だった?」
「大事だよ。なんでそんなことにも気づかないんだ」
オレリーの祖母が平民。
つまり、オレリーの父か母が平民の子どもということになる。しかも、表向きは隠されて。ということは、正式な結婚で得た生命ではない。愛人の子、ということか。
「亡くなったル・オルダン伯爵には兄弟がいたんだろうか?」
「さあ」
「頼りにならないな」
「あっ! ちょっと待って。昨日、アントワーヌが叔父さんや叔母さんの話をしてた。たまに遊びに来るって」
なるほど。兄弟はいた。もし、伯爵が愛人の子どもなら、家督は弟が継いでいただろう。となれば、悪いウワサがあるのは、母のほうということに。
しかし、あの病弱そうな奥方は、どこから見ても貴族の姫君だった。両親のどちらかが平民だったなら、子どものころから周囲の悪意を感じて育ったはずだ。それは外見にも表れる。たとえば、他人を信じない目つきなどで。
(ということは?)
オレリーと弟妹は、やけに年が離れている。もしかして、そういうことなのだろうかと、ワレスは考える。オレリーのプライドが高いのは、自分を守る鎧なのかもしれない。




