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ジゴロ探偵の甘美な嘘〜短編集1 魔法使いの赤い薔薇〜  作者: 涼森巳王(東堂薫)
第八話 夜伽草子

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夜伽草子4



 翌日。

 昼間はル・ドラウ家の世話になって、ダラダラとすごす。それにしても料理が美味い。


「君の屋敷の料理人は素晴らしい腕を持ってるな」と褒めたたえると、クリストフは目を輝かせる。


「じつは私の乳母の妹が宮廷料理人をしてたんだ。年をとって宮仕えはできなくなったので、うちの料理人として迎えた」

「どおりで、ジョスリーヌの屋敷でさえ、こんなに美味い料理はなかなか食べられない。食材はあっちのほうが豪勢だが、料理人の腕が違うな」

「そうだろう?」


「高い給金でやとっているんだろうな」

「いや、ところがそうでもないんだ。私の乳母を頼ってきたので、その腕前からは考えられないほど安い賃金でいいと」


「姉を頼って、か。自分の家はないのか? だって、宮殿で働いてたんだろう? 屋敷の一つや二つは買えるはず」

「うん。そう言われれば、そうだなぁ。結婚はしなかったらしいんだが、複雑な事情があるみたいだな」


 クリストフはあまり気にしていない。


「その料理人はいつごろからやとっているんだ?」

「先月だ」

「先月?」


 なんだろうか? 何かがひっかかった。


「それよりも、オレリーのことはどうなったんだ? 何かわかったか?」

「今のところはとくに」


「ああ、もう、オレリーは何をしてるんだ」

「そんなに心配なら、令嬢を昼食にでも招いてみては?」


「えっ? なんて言って?」

「だから、父上が亡くなって困ったことがないかと」

「そんなこと言ったら、オレリーはバカにされたと考えるぞ?」


 ワレスは頭をかかえた。

 なんでこう、意地っぱりな二人だろうか。どっちかが折れれば、一瞬で問題解決するのに。

 ジゴロのワレスがなんの得にもならないのもかえりみず、無償で仲をとりもってやろうとしているのがわからないのか。


 それは別にしても、オレリー嬢自身と話してみたい。それほどプライドの高い令嬢だ。やましいことで得た金なら、つつけば、きっとボロを出す。


「では、素晴らしい料理人をやとったので、ぜひ自慢したいと言って」

「うん。それなら来るだろう」

「今の時間からなら、午後のティータイムが自然だな」

「よし。わかった」


 クリストフが例の料理人にそのむねを告げると、老婆はとても喜んだ。みずから給仕をしてくれるという。


 その日の午後。

 ほどよい時刻になると、オレリーはやってきた。昨夜と同じドレスを着ていた。オシャレにかける金はないのだろう。


 年はクリストフより少し下。つまり、ワレスたちと同じくらい。化粧っけがなく、色気はないものの、凛としている。顔立ちは悪くない。


 聞くまでもなく、ひとめで感じとれた。令嬢はまだ純潔だ。ワレスと同業なら匂いでわかる。

 では、なおさらのこと、夜中に何をしているのか?


「イヤだわ。クリストフ。お友達が来ているなら、言っておいてくだされば、化粧くらいしてきたのに」


 ワレスを見て頬を染める。ふつうの女の反応だ。

 たとえば夜中に出かけて泥棒をしているとか、そんな人に言えないことをしてるふうではない。ただし、お茶会のあいだも、しばしばアクビをかみころし、眠そうではある。


「クリストフ。では、わたし、帰るわね。ごきげんよう」

「ああ、うん」


 去りぎわ、令嬢とクリストフは見つめあってモジモジした。たがいに、ほんとに言いたいことが言えない。そう見えた。まったくもって、もどかしい。


 オレリーが帰っていったあとになって、クリストフはため息をついた。

 ワレスは口を出す。


「あんまり意地をはってると、そのうち誰かにかっさらわれるからな」

「なんのことだ? 私はそういうんじゃ……」

「なんでかたくなに違うと言いはるんだろう? 告白してふられたことがあるとか?」


 クリストフは言葉を失った。どうやら図星だ。


「子どものころに、私は喜ばせようとしたんだが、クリストフなんて大嫌いと……」

「何をしたんだ?」

「ウワサなんて気にしないと言ったんだ」

「ウワサ?」


 クリストフは急に黙った。ひどく、あせっている。


「ウワサって?」

「あ、いや、なんでもない」


 それ以上、口を割らない。

 しかたないので、ワレスはあとでジェイムズに聞いてみた。


「オレリー嬢について、何か悪いウワサがあるのか? あるいは、ル・オルダン伯爵家について?」

「さあ。私は知らないが、そう言えば、前にドニが何か言っていたような。ドニはクリストフから聞いたんだ」


「なんて言ってた?」

「たしか、クリストフの好きな子のおばあさまは平民だとかなんとか」


「なんでそんな大事なことを今まで黙ってるんだ?」

「えっ? 大事だった?」

「大事だよ。なんでそんなことにも気づかないんだ」


 オレリーの祖母が平民。

 つまり、オレリーの父か母が平民の子どもということになる。しかも、表向きは隠されて。ということは、正式な結婚で得た生命ではない。愛人の子、ということか。


「亡くなったル・オルダン伯爵には兄弟がいたんだろうか?」

「さあ」

「頼りにならないな」

「あっ! ちょっと待って。昨日、アントワーヌが叔父さんや叔母さんの話をしてた。たまに遊びに来るって」


 なるほど。兄弟はいた。もし、伯爵が愛人の子どもなら、家督は弟が継いでいただろう。となれば、悪いウワサがあるのは、母のほうということに。


 しかし、あの病弱そうな奥方は、どこから見ても貴族の姫君だった。両親のどちらかが平民だったなら、子どものころから周囲の悪意を感じて育ったはずだ。それは外見にも表れる。たとえば、他人を信じない目つきなどで。


(ということは?)


 オレリーと弟妹は、やけに年が離れている。もしかして、そういうことなのだろうかと、ワレスは考える。オレリーのプライドが高いのは、自分を守るよろいなのかもしれない。

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