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ジゴロ探偵の甘美な嘘〜短編集1 魔法使いの赤い薔薇〜  作者: 涼森巳王(東堂薫)
第八話 夜伽草子

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夜伽草子3



 ル・オルダン伯爵邸はどこか閑散としていた。

 今も清潔さは保たれているが、あきらかに家具が少ない。調度品を売って生活費に変えた形跡があった。


(だいぶ困窮こんきゅうしているな。出かけるときの令嬢の服も地味だった)


 売れるものはすべて売ったという感じだ。

 令嬢が出かけていったのは、やはりそこに原因があるだろう。なんらかの手段で金を得ているか、これから得ようとしている。


「わあっ、クリストフ。いらっしゃい。美味しそうなケーキ! ぼく、嬉しいな」

「ありがとう。クリストフ。こんな《《ちゃんとした》》ケーキ、いつぶりかしら」


 オレリーの妹やアントワーヌは、おみやげを見て大喜びでよってきた。伯爵家は食費をけずるほどに困っている。デザートなんて近ごろ食べたことがないのかもしれない。


 子どもたちがお菓子にしゃぶりつくようすを見ながら、ワレスはそれとなく、さぐりを入れた。


「姉上がいらっしゃるとクリストフさまから聞いたのだが、お姿が見えませんね。もしや、風邪を召したのは姉上さまですか?」


 何も知らない子どもは無邪気に答えてくれる。


「姉さまは近ごろ、夜になるとお出かけするんだよ。以前は毎晩、ご本を読んでくれたのに、『もうアントワーヌは大きくなったから一人で眠れますね』と言って」


 なんとも悲しそうに言って、ほろりと涙ぐんでいる。

 母はあわてたようだ。


「さあさあ。もう寝なさい。寝る前に甘いものの食べすぎはよくありませんよ」


 子どもたちを寝室に追いやろうとする。

 幼い弟妹は事情にうとい。自分の家の窮状きゅうじょうさえ気づいていないのだろう。

 だが、母親だけは何かを知っている。


「クリストフさま。アントワーヌさまたちにご本を読んであげてはいかがですか? 朗読は得意だったでしょう?」

「えっ? 朗読?」


 ワレスの魂胆こんたんを察し、ジェイムズがクリストフの手をひっぱっていく。じっさいのところは、クリストフの朗読なんて聞いたこともない。


 奥方と二人きりになったところで、ワレスは切りだした。


「オレリーさまは夜な夜なお金をかせぎに行っているのではありませんか?」


 奥方は嘆息し、うるんだ目をハンカチで押さえた。


「夫が急にあんなことにさえならなければ……オレリーにはほんとに苦労をかけています」

「ここだけの話ですが、クリストフさまがたいへん案じていらっしゃるのです。オレリーさまが身持ちの悪いことをなさっておられるのではないかと」


 母は泣いたが、白状しなかった。と言うより、それ以上のことを知らなかった。


「すみません。わたくしにも、あの娘が何をしているのかわからなくて。心配はいらないからと言って、夜になると出かけていくのです。帰るたびに少額ですが金貨を持ち帰ってきます。何をしているのか、わたくしも心配しているのです。でも、今のわたしたちには、そのお金に頼ることでしか食べていくことすらままならなくて……」


 一生、自分で働くことなどない貴婦人は、皇都には大勢いる。宮廷に出仕している貴婦人以外はほとんど無職だろう。世間知らずのお姫さまだ。自分の力で生活していくことなどできるわけがなかった。


 そう考えると、やっぱり、オレリーは金持ちの商人の愛人か、爵位めあての男と結婚の約束でもしているかだ。

 しかし、持ち帰るのが少額だというところが気になった。


 これはもっとしらべてみる必要がある。ただ、これ以上、家族と話しても、何も情報は得られない。

 明日、出迎えの馬車に乗って出ていく令嬢をつけていくしかない。


 その夜は帰宅することにした。聞けば、令嬢はほんの二刻もすると、行きと同じ馬車に送られて帰ってくるというのだ。長居すると、はちあわせしてしまう。誇り高い令嬢のようだから、自分の秘密をかぎまわっていると知られれば、きっと警戒する。


「今夜は泊まっていけばいいよ。客間を用意させるから」と、クリストフが言うので、ワレスはジェイムズとともに、ル・ドラウ家で一泊することになった。


「ジェイムズ。なんで、おまえまで泊まるんだ? 自宅が近いだろう?」

「え? そんなにイヤかい? 私と寝るのが?」

「いや、そういうわけじゃ……」

「じゃあ、かまわないじゃないか。学生時代みたいで楽しいだろう?」

「楽しい?」

「君の寝顔は神殿の御使いの絵みたいだよ」

「…………」


 どうしてこう、こっちの毒気をぬいてくるのだろう?


 ジェイムズと言い、クリストフと言い、世間知らずのおぼっちゃまだ。だまして大金を奪うどころか、お家を乗っ取ることだってチョロい気がする。だからと言って、そうするつもりもないのだが。


「オレリー嬢も世間知らずだよな。よく働き口を自分で見つけられたな」

「伯爵が亡くなってまもなく、手紙がオレリー嬢に届いたそうだ。そのあと、令嬢は夜に出かけるようになったって話だよ」


「それ、誰から聞いた?」

「オレリーの妹」


「なるほど。子どもには抜群の信用度を発揮する男だ」

「老人にも信頼されるよ」

「自慢にならないんだよ」

「そうかなぁ?」


 はははと笑うジェイムズを見ていると、やっぱり負けた気分になる。

 何をやっても、かなわない。ワレスはほんとの貴公子ではないから。たぶん、ワレスがいなければ、ルーシサスだって、ジェイムズたちと今も笑っていられただろうに。


「おやすみ。ワレス。明日はうまくいくといいね」

「…………」


 ワレスは布団をかぶって寝たふりをした。

 目をとじると、まだルーシサスの息吹を耳元に感じる。

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