夜伽草子2
「見ただろう? あれが幼なじみのオレリーだ」と、クリストフは言う。
「オルダン伯爵家は家督をアントワーヌが継いだ。しかし、宮廷への出仕はしていない。つまり、現状、収入がないはずなんだ」
貴族には大きくわけて二とおりある。一つは先祖伝来の領地を持ち、そこから税収を得ている領主。もう一つは皇室に仕え、宮廷での役割をこなすことで給料を得る宮廷貴族。
なかには、田舎に領地を持ちながら宮廷にも出仕している貴族もあるが、そういう家系は少数派だ。
つまり、ほとんどの宮廷貴族は宮中での役職を失うと、収入を絶たれて、そのまま没落していくことになる。
だからこそ、宮廷では少しでも上の位へ出世しようと、みにくい争いをくりひろげている。
「えーと、オレリーが出仕することはできないのか?」
「彼女は宮中でのかけひきは苦手だろう。それに母上が病弱で、弟妹も幼い。家を長らくあけることができない」
「じゃあ、どこかの領主と結婚するしかないな」
ワレスが端的に事実を述べると、クリストフの嘆息がひときわ大きくなった。
「結婚……」
やっと、それで、さっきから、かつての学友がグズグズしているわけが理解できた。
「オレリー嬢を好きなんだな?」
「そうじゃない!」
クリストフは否定するが、あきらかにそうだ。それ以外には考えられない顔をしている。
「私はただ、幼なじみとして心配しているだけだ。結婚前の娘が、ああやって毎晩、迎えにくる馬車に乗って、夜どおしどこかへ行くんだ。よくないことが起こっているんじゃないかと思うだろう?」
それは思う。
男として当然の想像だ。
つまり、収入のなくなったオレリー嬢が、どこかの金持ちと結婚するためにお見合いをしているのではないか?
あるいは、もっと悪ければ、結婚という形をとらずに交渉して、金だけ受けとっているのではないか?
はたまた、人には言えない商売についているのではないか?
ユイラには帝立の高級公娼宿がある。もちろん、そこで貴族の娘が働くことはない。ないが、絶対とは言えない。金に困れば身分を隠して……なんてこともあるかもしれない。
そうではなくても、金と時間を持てあました、どこかのエロじじいの愛人に……などと、クリストフは案じているわけだ。
「そうだな。好意的に考えたとしても、金持ちの男とお見合いして、めぼしい結婚相手を物色している最中というところかな? 貴族の身分が欲しい富豪の商人はいくらでもいる」
クリストフはガックリと肩を落とした。
「やはり、そうか……」
「オレリーは金に困ってる。あんたの家は裕福だ。あんたが結婚申しこめばいいだけじゃないか?」
ワレスがきわめて簡単な解決法を提示したのに、クリストフは目をそばだてる。
「だから、そんなんじゃない。というかさ。さっきから、なんだかんだ、君、失礼じゃないか? 昔とふんいきが違う。ほんとは別人か?」
ワレスは笑った。
クリストフはすれてなくて単純だ。学生時代はさほど話したこともないが、あのころから、あまり経験をつんでいないらしい。とくに恋愛に関しては。
「オレリー嬢と結婚できない理由でも?」
「だから、私が彼女を好きなわけじゃないんだ。オレリーは子どものころから気位が高くて、近よりがたかった。あのオレリーが、もしや、夜な夜なおかしなことをして金策に走っているんじゃないかとだな。まあ、幼なじみとして心配しているわけだ」
わかりやすい男だ。
子どものころから憧れていた少女に、困っているなら自分を頼ってほしいわけだ。それも自分からそう言いだすのではなく、向こうから。
「彼女が毎晩、あの馬車に乗って、どこへ行っているのか、そこで何をしているのか、しらべてほしいんだ」
ワレスはジェイムズの顔を見た。ジェイムズは笑っている。
別に受ける義理はないのだし、断ってもいいのだが、たらふくご馳走を食った負いめがある。つねになく、貪欲にむさぼり食った。
「わかった。オレリー嬢に聞きだせばいいんだろう?」
「それはダメだ! 彼女には悟られないようにしてほしい」
「注文が多いな」
「頼む。このままでは夜も寝られないんだ」
しょうがない。
美味い夕食の礼はしなければならない。そのくらいの恩義は感じていた。
「わかった。そういうことなら、やってみる」
「ああ、うん。頼む」
クリストフの気持ちはわかった。しかし、令嬢の意思はどうなのだろうか?
もしや、ひそかに好きな男がいて、その男と内密に結婚話を進めているのかもしれない。まあ、そのときには、クリストフには泣いてもらうことになるだろう。
それならそれで、馬車の迎えが来る前に説明されていれば、待ち伏せし、今夜のうちに令嬢を尾行することができたのだが。
「令嬢は出かけてしまったあとだ。今から家族の話を聞きに行きたい。面識のないおれがとつぜん訪問しても怪しまれるだけだろう。クリストフ。君なら家族ぐるみのつきあいがあるんだろう?」
「それはそうだが、招きもないのに夜間にたずねるのは、おかしいだろう?」
「アントワーヌが風邪をひいたと聞いたから見舞いに来たと言えばいい。子どもの好きな菓子でもみやげにして」
クリストフはいろいろ言いわけしていたが、ジェイムズに説得されて、けっきょくは折れた。
ワレスたちに供されるはずだった晩餐のデザートを持って、隣家をおとずれる。
「あらあら、クリストフなの? おひさしぶりね。今日はどうかなさった?」
出迎えたのはオレリーたちの母だ。亡くなった先代伯爵の妻である。華奢でいかにも病弱そう。伯爵の代わりに出仕したり、どこかの大貴族の侍女になる、なんてこともできそうにない。
「あ、あの。アントワーヌが風邪をひいたと聞いて、お見舞いに」
クリストフはワレスが教えこんだとおりの言いわけをする。
「アントワーヌは元気ですよ? でも、せっかくいらっしゃったのですから、どうぞ、あがってくださいな」
なんとか邸内に侵入することができた。




