由希と成宮epi.2
あれから3日仮病で休んだ。何度考えても、あいつが冗談とかあり得ない。成宮とは幼稚園からずっと一緒で、いつも隣にいるのが当たり前だった。…いつから? しかも、あの言い方だと俺が律くんのこと好きなのも気づいてるってことじゃん! 穴があったら入りたい! ベッドの上でジタバタすることしかできず悶える。
「由希〜、元気なら明日からちゃんと学校行きなさいよ」
隣の部屋から姉貴の声が聞こえた。はぁ…とため息をつき天井を仰ぎ見る。ふと机の上に飾られた写真が目に留まり、その中の一枚取った。辺りは真っ白、ボードに行ったときの写真…純粋無垢な小学4年生の俺らがいた。
「…何なんだよ…いったい…」
写真の中の成宮は屈託のない笑顔をこちらに見せていた。短髪で今よりも活発そうな少年の額には小さい傷があった。
「この傷…」
小3のときだったかな? 当時俺が肩まで髪を伸ばしていることをゲーセンで会った隣の学校の奴らが、『きもい』だの『おとこおんな』だのからかってきて、後日それを知った成宮と律くんが2人で乗り込んでボコボコにした事件。7対2だったか、8対2だったか…当然成宮や律くんに敵うやつはおらず、2人で全員を叩きのめしたのだが相手の1人が近くに落ちていたまぁまぁな木の枝で律くんに襲いかかったとき成宮がかばい額に傷をつけたのだ。とにかく2人が帰ってきたところに出くわして……成宮のやつ頭から血出てるのに俺の顔見て笑ったのを今でも鮮明に覚えている。
事件をきっかけに、俺は髪をばっさりと切り人前でこの気持ちを表現するのをやめた。これ以上、大切な律くんや成宮を傷つけたくなかったからだ。そしていつからか成宮は短髪をやめ、額の傷が隠れるくらいまで前髪を伸ばしたのだった。
『友情』だと思ってた…けど、もし俺みたいにずっと『愛情』として抱えてきたのなら……。目頭が熱くなるのを感じて思わず顔を腕で覆う。…どうしろって言うんだよ…。
次の日は、いい加減重たい身体を起こして渋々登校した。クラスのやつから、度々成宮が俺を捜しにきていると聞いていたため、休み時間には教室ではないところで過ごすようにした。そうやって、1週間近くが経ち成宮とは顔を合わすことはなかった。
「あれ? 成宮じゃん、どした?」
「由希…いる?」
「藤原? さっきまでいたんだけど…」
もう諦めたと思って気を抜いていたが間一髪、成宮に見つからずに廊下に逃げ出し教室を後にした。成宮のことは『友達』として大切だし、これからも一緒にいたいと思ってる。成宮にどう断っても、同時に律くんを思う自分の気持ちも砕けてなくなる気がして怖い…。
「由希? すっげー顔してるけど大丈夫?」
ビクッとして振り返ると、律くんが1年の新しい彼女を連れて展望デッキから戻って来るところだった。もやもやした気持ちがエスカレートする。…またイチャイチャしやがって…と心の中で悪態をつく。スカートは短めで、小柄な彼女は、いかにも女子って感じの可愛らしい子で、無性に腹が立った。律くんにはもう少しさばさばした感じのいい子の方がお似合いだ。
「あ、えっと、飲み物を買い…に? り、律くんは?」
「何で疑問系(笑)? 俺は今から図書館で缶詰め。模試近いからさ」
いやいや、彼女連れて模試の勉強って! 絶対彼女が無理言ってついてきたやつじゃん。律くん甘えられると弱そうだし、人が良すぎるんだよ…。
「へぇ、3年生って感じだね…」
やばい、今俺感じ悪いな。すぐにこの場を離れなきゃ、律くんに嫌な態度とっちゃいそう。背後から走って近づく足音が聞こえてきて思わず振り返る。
「成宮じゃん、めっちゃ走ってどうした?」
「由希、来て」
律くんの問いかけにも答えず、成宮は無理矢理俺の手首を掴んでその場から離れた。
「おい! 痛いって! 離せって! 成宮!」
ようやく開放されたのは例の屋上だった。今日も閑散として誰もいない。離された手首を見ると少し赤く跡になっていた。
「避けられるってことは…それが由希の答え?」
「は? 何の話…」
「俺じゃ…律の代わりにはなれないってこと?」
はぐらかしてもダメなのはわかる…だけど、どうしても言葉が見つからない。認めたら3人の関係はこれで終わってしまう。
「な…成宮なんか勘違いしてるっぽいけど、俺別に律くんのこと頼れる兄貴くらいにしか見てないって…それに避けたのは悪かったけど、いきなりあんなことされて驚いたってゆうか、色々考えたんだけど、俺はお前と今までみたいに仲良くしたいと思ってる」
すげー、当たり前のように逃げの言葉を使ってしまった。成宮の顔が見れない…絶対傷つけた。だって俺はお前の気持ちを無かったことにしたんだから。
「…そうか…わかった」
そう言い残し成宮は屋上から姿を消した。数日後、成宮が親の仕事の関係で英国へ転校したことを知った。
3月、律くんは希望の大学に受かり卒業。新たな目標に向かって真っ直ぐ進んだ。4月、俺は2人を失い本当に1人になってしまった。