由希と成宮epi.1
「由希ってさ、まだ律のこと好きなの?」
「は? 何言ってんの? 律くんはそうゆうのじゃないって」
昼休み、いつものように屋上で昼飯を食べていると同級生の成宮が唐突に聞いてきた。俺、なんかバレるようなことしたか?
「ふーん、ならいいんだけど…」
「ならいいって何だよ?」
じっと俺の方を見て、弁当箱の卵焼きを差し出す。これは食べろってことか? 卵焼きを凝視すると「やる」と言って俺の口に押し込む。少し長めの黒髪が風に揺れると、成宮の額があらわになる。普段髪で隠れてるからあんま気づかれないけど、成宮ってかなりイケメンだよな…。少し切れ長の目は、髪色とは対照的に美しい灰色をしている。無駄な話はしないし、意外とよく気づいて優しいのだ。
「あ、律だ…」
一年上の高宮律は母方の従兄弟で、幼い頃から三人でよくつるんでいた。
「何話してんの?」
「由希が律のこと好きかどうか…」
「由希が? 俺を? そりゃ、好きだろ。ずっと一緒にいるんだぜ」
そして、成宮に引けを取らない高身長イケメンの律くんは、超絶鈍いのがたまにきず。知らず知らずのうちに泣かされた女子は数知れず…。成宮は多分『恋愛的』な意味で投げたのに、まんまと『友情的』な好きに変換されてしまった。
確かに初恋は律くんだった。超絶鈍い! 鈍いんだけど、一途で真っ直ぐな性格にいつしか律くんに思われたいという淡い恋心が芽生えていた。
しかし、この気持ちは絶対に知られてはいけないものだった。いくら幼馴染で真っ直ぐな律くんだって、こんな曲がった気持ち受け入れてもらえるわけがない。彼女が出来たって、鈍感な律くんと長続きするような子はあまりいなかったし、律くんの良さは俺しか知らないと思う。だから、ただずっと律くんの側にいられたらそれでいい…。
「律はもう進路決めたの?」
「あぁ、防衛医科大学に進もうと思ってる」
「そうなんだ。律くんなら大丈夫だよ! 頑張って!」
律くんが高3の夏には、部活も引退して受験勉強が忙しくなり、ほとんど校内でも会わなくなっていた。
「ゆーき。屋上行こ」
2年になってクラスが離れてしまった成宮が、昼休みになると毎日のように誘いに来るようになった。うちの学校は高台に建っていて、眼下には住み慣れた港町ときらきらと輝く海がよく見えた。そのため、屋上は昨年までは生徒の溜まり場だった。
「おー、賑わってんな」
しかし、少子化のご時世『学校の売り』を一つでも増やすべく、学校側は昨年度、制服の改革と海の見える展望デッキの新設に乗り出したのだ。展望デッキは南側校舎から延びる渡りの先に、カフェブースとしても活用できるようテーブルと椅子が常備されている。生徒はランチをしたり、読書をしたり、各々の時間を過ごしていた。
「あっちじゃなくてよかったの? せっかく出来たのに」
フェンスから眼下を見下ろした。律くんが年下の彼女と仲良さそうに話しているのが目に入ってきた。一瞬で見つけられちゃう辺りやばいなぁとは思う。そして、大丈夫と言い聞かせても、こういう場面は何度出くわしても胸が締め付けられるのだ。
「いい…由希と2人になれるとこの方が」
気づくとフェンスを掴む俺の手の横に成宮の手が伸び、背後から壁ドン状態になる。俺は驚いて振り向くと、すぐそばにきれいな灰色の瞳があった。
「ち、近いって!」
そう言って成宮の手を払ってその場から離れようとすると、手首を掴まれフェンスに押し付けられた。
「おい! なんの冗談だよ。離せよ」
「俺じゃダメなの?」
成宮は空いている手で俺のあごを押さえると、そのまま唇が重なった。成宮が何をしているのか頭が追いつかず、されるがまま柔らかい感触が何度も唇を塞いだ。
「…はぁ、な…に、んっ…して…んだよ!」
息も絶え絶えにできる限りの力で抵抗しようとするも、成宮に力で敵うことはなかった。最後の手段で成宮の唇に思いっきり噛み付いた。
「…いって」
成宮の隙をついて俺は屋上を後にした。何だったんだ!? 成宮が俺にキス…した!? 唇に触れるとまだ成宮の柔らかい唇の感触と少しだけ血の味がした。