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episode.35

控室の扉が勢いよく開いたかと思ったら、高宮さんのお母さんが血相を変えて飛び込んできた。



「律! 説明しなさい! お父さんも早く来て!」


「おい、そんなに引っ張るなって」



高宮さんも状況が飲み込めない様子で、二人の様子を伺っていた。直後にばたばたと足音が聞こえ、扉から東堂さん、川端さんともう一人男性が入ってきた。



「すまん、律。おふくろさんにバレた」


藍沢あいざわ!?」


「まぁまぁ、みなさん一旦落ち着いてください」



藍沢さんという人が、だいたいの状況を説明し、東堂さんがその場を収めようとしている。そんな東堂さんをよそに、お母さんは高宮さんに詰め寄った。



「さっき、廊下でたまたま耳にして! お父さんに問い詰めたら、結衣さんにお金積んだって聞いて! なんでそんな大事なこと相談もしてくれなかったの!? あなたもあなたよ! いい加減律を自由にしてあげたらいいじゃない。律はもう立派な大人なのよ、自分のことぐらい自分で決める権利があるわ」


「お……お前には関係のない話だ!」


「……結衣にお金積んだって、どういうこと……?」



高宮さんが静かに口を開いた。



「もしかして、律も知らなかったの? お金は受け取ってもらえなかったみたいだけど…」


「だいたいのことは、みんなに協力してもらって調べたけど……」


「あの……高宮さん……だまってて、ごめんなさい。でも私……」


「俺のためって言うなら、一言相談してほしかった……」



高宮さんから受け取っていた婚姻届は、新婦の欄は空欄のままだった。高宮さんが傷つくことはわかっていたけれど、この選択しか思いつかなかった。最善だと思っていた。しかし、今目の前にいる高宮さんを見て本当に最善だったのか……わからなくなってきた。



「結衣さん、うちの人が失礼なことをしたわ。本当にごめんなさい。ほら、あなたも謝って!」


「な……なんで俺が! 俺は高宮の家のことをだな……」


「安心してください、お父さん。これ以上あなたの迷惑にならないように、俺、高宮の家とは縁を切るつもりだから」


「律!?」



高宮さんはそう言うと、私の手を取った。こんなところにはいたくないと、そう言わんばかりに部屋を出ていこうとする。これでは私がなんのために高宮さんと別れる覚悟を決めた意味が無くなってしまう。必死に高宮さんを引き留めた。



「もう、やめてください。高宮さんが、大切な家族も、信頼できる友人も失うことになってまで、私はあなたと結婚できません」


「結衣、俺は君さえいてくれたらそれでいい」


「私はそんなこと望んでない!」



一瞬その場がシンと静まり返る。息をするのを忘れそうになる。声が震えて、うまく話せるかわからない。



「た……高宮さんから聞く家族の話、職場の話はどれもかけがえのないもので、そんな大切なものを失ってまで一緒にいる意味が私にはわかりません。できることなら、みんなに祝福してもらって、高宮さんとずっと一緒にいられたらよかった……でも、私と高宮さんの棲む世界はあまりにも違いすぎるんです。……私の……覚悟が足りなかったんです。本当にごめんなさい、だから……」



そこまで言い終えると、涙が溢れてとまらくなってしまった。高宮さんは私をきつく抱きしめると「ごめん、ごめん」と何度も消え入るような声でつぶやいた。



「あなた、家と息子とどっちが大切なの? お仕事も今まで律のためにがんばってたんでしょ? それから、こんな可愛いお嫁さんに酷いことして、律に嫌われるようなことして最低ね! 孤独死確定よ!」


「なっ…!?」


「あ、あの! とりあえず、一旦冷静に話しませんか? 俺ら出ていくんで、あとは親子で話してください」



川端さん、藍沢さんが部屋から出ると、最後に東堂さんが私の手を取り「一旦出ましょう」と部屋から連れ出してくれた。



「ちゃんと話し合えよ。結衣さんが待ってる」


「わかってる、ほんとすまん」

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