episode.33
1年前のサマーフェスタの日、高宮さんに出会った私の平凡な人生は少しだけ波が立ち、色が付き、大切なものがたくさん出来た。
白い制服の高宮さんが、緊張の面持ちで私の手を取った。階段を一段上がり、高宮さんの隣に立つ。この日を迎えられたこと、本当に言葉で言い表せないくらい幸せでいっぱいになる。
少しだけ目が合うと、高宮さんは照れ隠しに咳払いをする。小さなダイヤが散りばめられた華奢なリングが私の薬指にはめられた。周りを見渡すと、泣いているお父さんをお母さんがなぐさめているのが見える。その奥から、莉子と奈々ちゃんが小さく手を振ってくれた。新郎側の席には、高宮さんのご両親、東堂さんに秋葉さんもいた。
今だけは高宮さんのそばにいられる。この時間だけは大切にしたい。
高宮さんが私を抱き寄せると、頬に手を添えた。唇が軽く触れ離れると、もう一度ゆっくりと唇が重なる。今までのことが頭をよぎり、涙が溢れてきてしまう。はたから見れば、感動の涙に見えただろう。
高宮さんは少しだけ心配そうに「大丈夫だよ」と涙を拭ってくれた。
涙で視界がぼやけて高宮さんの表情がよくわからなかった。
「結衣、愛してる……一生大切にする」
私にだけ聞こえる声でそう言うと、ぼろぼろと涙をこぼす私を高宮さんが優しく抱きしめてくれた。その光景に、会場からは盛大な拍手と歓声が上がる。その後は、いろいろなことがあっという間に過ぎて気づけば披露宴も終わってしまった。
ついにこのときが来てしまった。決意していた気持ちが揺らぐ前に、高宮さんに伝えなければならない。前を歩く高宮さんの裾を掴むと、気づいた彼が後ろを振り返った。
「高宮さん、私と……別れてください」
高宮さんの反応を見るのが怖くて、地面に視線を落とす。結婚式の直後にこんな話、高宮さんもきっと意味がわからないだろう。でも、結婚式を行なった上で、婚姻届を出す前のこのタイミングでなければならなかったのだ。いてもたってもいられなくなり、踵を返しその場を立ち去ろうとするとすると、強い力で後ろから抱きしめられた。
「俺から逃げられると思ってる?」
高宮さんの腕を振り解こうとするが、思っていた以上に強い力で捕まえられた。しかし、これ以上は高宮さんのやりたいことの妨げになってしまう。
「親父に脅されてるんだよね?」
「……っ!? 何のことですか?」
冷静を装って振り向くと、高宮さんの傷ついた瞳が飛び込んできて思わず目を逸らしたくなる。高宮さんは私の手をとると、いつものように優しく包み込んだ。
「俺は誰に何を言われても、結衣から離れるつもりはないよ」
「……もう……もう私が無理なんです!」
結婚が決まってから少しした頃、高宮さんのお父さんの秘書と名乗る人が職場を訪ねてきた。「これを受け取って律さんとは別れてください」と分厚い封筒を差し出してきた。高宮さんが今の仕事を続けるためには、家が決めた人と結婚するのが条件で例外は認めないということ。
高宮総合病院は地域でも大きな病院で、長男である高宮さんが後を継ぐことが決まっていた。しかし、家との折り合いが合わず高校生のときに高宮さんは家を出たそうだ。海上自衛官になることを決めたのは、東堂さんの影響が少なからずあったと、秘書の人が教えてくれた。
「会長はあなたとの結婚を反対されています。私が申し上げることではないことは承知しておりますが、律さんは幼少の頃から家のために窮屈な生活をされておりました。だからこそ、律さんのやりたいこと、居場所を一つでも守りたいと思っています。」
私といることで、高宮さんが今の仕事を続けられなくなってしまうってこと? 高宮さんの周りには、高宮さんを支え、大切に想ってくれる人がたくさんいる。そんな大切な居場所を私が奪ってしまうことはできない。でも、高宮さんと離れるなんて……。
「すぐに返答をいただかなくても結構です。会長からは結婚式をしていただいても構わないとのことでした。しかし、籍を入れることは律さんの今後に関わることなのでやめていただきたい」
「それって……どういう……」
「会長は、あなた達の今の関係についてはたいして興味がないと。しかし戸籍上、高宮の家に傷がつくことを大変心配されています」
「家って……高宮さんのことなんだと思って!」
私とは棲む世界が違いすぎて理解が追いつかない。結婚式を挙げてもいいが、籍を入れてはいけないって……どういうこと? まるで私達のこと、おままごとか何かをしているみたいな言い草だ。お金は受け取らなかったが、それ以上何も言えなかった。こんなこと高宮さんにも相談できないし、これからどうしたらいいのか……そうこうしているうちにも結婚式の準備は着々と進んでいった。




