episode.28
梅雨も明け、太陽はこれでもかと思うほど高く空を蹂躙している。遠く海の上には負けじと綺麗な入道雲がいくつも点在していた。
プロポーズから数日後。あれからまた高宮さんの仕事が忙しくなり、会わないのが日常になりかけていた。そんな中でも高宮さんは時間を見つけてはちょくちょく連絡をくれていた。
「そろそろ戻る時間だから、また連絡する」
「最近暑いので、気をつけて下さいね」
スマホの向こうでクスッと笑う声が聞こえて、「結衣もね」と高宮さんに名前を呼ばれる。会えないせいか、名前を呼ばれただけで胸がキュッとなった。
「結衣」
「…どうしましたか?」
少し間をおいて、「さみしかったら、いつでも教えて」と、私の心を見透かしたよう優しくしてくれる。「ありがとうございます」胸がいっぱいで涙が溢れそうになるのをこらえ、あえて心配をかけないように明るく答えた。
プロポーズから、高宮さんは一言もそのことについて触れてこなくなった。その代わりに、いつも私のことを気にかけて優しくしてくれている。あれから『結婚』について考えているが、世間一般どうしたら結婚にいたるのか…ずっと一緒にいたいから? 幸せにしたいから?
改めて、自分が『結婚』について受け身な考えであることがわかった。
そんな中、高宮さんから次の休みに千代さんのところに行くという連絡と共に、私も一緒に来てほしいとの誘いを受けた。少し気は進まなかったけれど、高宮さんと会える貴重な時間を大切にしたいと思い、一緒に行くことにした。
「結衣、おはよう」
「お、おはようございます」
車を停めると、わざわざ助手席側に周りドアを開けてくれる。高宮さんって、ほんと絵に描いた白馬に乗った王子様みたい。久しぶりの高宮さんの車に少し緊張しながら乗り込んだ。
「急にごめんね。千代が結衣を連れて来いって聞かないみたいで」
高宮さん…千代さんと今でも連絡とってるんだ…。胸の中がモヤモヤでいっぱいになる。きっと高宮さんにとって今でも忘れられない存在なんだと思う…。それに…今は高宮さんからのプロポーズの返事を待たせてる身で、ヤキモチなんて妬く資格なんてないのに。
「相馬くんから連絡があったんだよ」
またしても高宮さんは私の心を見透かしたかのように、鼻の頭をかきながらにこにこしている。
「あの! その…やきもちとかじゃなく…て」
説得力のない言葉は、語尾から消えていってしまった。言葉にならない言葉を飲み込み、ギュッとスカートを掴むと恥ずかしくなり、景色を見るふりをして窓の外に視線をやる。高宮さんの大きな手が、すっと私の手を優しく包み込んだ。
「俺は、結衣がやきもちやいてくれたら嬉しいけど。違った?」
「…ち、違わないです…」
高宮さんは私の顔にかかった髪を耳にかけ、頭をポンポンとまるで小さな子どもをあやすようにしてくれた。
「今、結衣をすごく抱きしめたい気分だけど、夜まで我慢するね」
「た、高宮さん!!」
そうこうしているうちに、千代さんと相馬さんが住んでいるマンションに到着した。地下駐車場からエレベーターに乗り、12階のフロアで降りた。
「高宮さん、いらっしゃい。結衣さんもありがとう」
「こんにちは。これお土産です」
簡単に挨拶を済ませると、ホテルのような内装に圧倒されながらもリビングへと進んだ。扉を開けようとすると、中から赤ちゃんのぐずる声が響いた。相馬さんは、すぐに赤ちゃんを抱く千代さんに寄り添い、抱っこを代わっていた。赤ちゃんを中心にとても幸せそうな2人を微笑ましく思った。
「結衣さん、今日は来てくれてありがとう!」
そう言って千代さんが私たちのところへかけてきた。小柄で可愛らしい彼女は、出産を終えても変わらず可愛いと感じてしまう。
「俺もいるんだけど?」
「そうだった! すっかり忘れてた。そんなことより、結衣さん、よかったらこっちに来て凛を抱っこして」
「はいはい、じゃ相馬くんお土産ケーキなんだけど、一緒に出してもらえる?」
「じゃ、キッチンで」
私は千代さんに手を引かれ、ソファに座ると相馬さんから凛ちゃんを受け取る。小さい手と足がぱたぱたと動くと自然と笑みがこぼれる。
「小さいだけで、なんか可愛いでしょ?」
「はい! えっと、その…」
「今日は来てくれてありがとう。今、凛と静琉と幸せに暮らせてるのは、結衣さんと律くんのおかげなの。だから、一度会ってお礼を伝えたかったのと、ちゃんと謝りたくて」
「え?」
相馬さんと高宮さんが、持って来たお土産のケーキをキッチンで開けていた。
「律くんは、病気で一番辛かったときに一緒にいてくれた、私にとって今でも大切な人なのは変わらないの…たがら、律くんにとって大切な結衣さんも、私も大切にしたい。だから、2人に辛い思いをさせて、許してもらえないのはわかってるんだけど…本当にごめんなさい」
「…千代さん…」
「それから、律くんがプロポーズの返事をもらえなくて、仕事が手につかないって。律くんと結婚したくないの? あんないい男なのに」
すごくストレートに聞いてくる千代さんに、たじたじしてしまい上手く説明が出来ない。「あぅ、あぅ」と腕の中で、小さな凛ちゃんが不思議そうに私を見上げた。




