episode.23
東堂さんの病院に通い始めて3日が経った。検査結果次第では明後日には退院できるとのことだった。
「こんばんは、東堂さん。頼まれてた本借りてきましたよ」
「ありがと…って、結衣さんびしょ濡れじゃないですか!」
「ははは…急に降られちゃって。すみません、こんな格好のまま…あ、でも本はちゃんとカバンに入ってたんで…」
ふわっとバスタオルが頭からかけられ、前がよく見えないまま東堂さんが私の髪を優しく拭き始めた。
「と、東堂さん、自分でやれます!」
「いいから。ここ座ってじっとして」
ベッド脇のソファに誘導され、ゆっくりと腰掛ける。ギシッとソファが軋む音が聞こえ、肩が振れるくらいの距離に東堂さんが腰掛けた。そのまま東堂さんが私の濡れた髪や服の水滴を拭き上げていった。
高宮さん以外の男性に身体に触れられるのは、いくらタオル越しとはいえ緊張してしまう。
「こんな雨の日は来なくてもいいですよ。貴女のことが心配になってしまう。しかも、また雨の中を返すなんて気が気じゃないです」
「す、すみません! 配慮が足りませんでした。お探しの本が見つかったので一刻も早く、東堂さんに届けなければと…」
「本当に貴女って人は…。…高宮が心配するわけだ…」
「…え?」
「いえ、何も…本、ありがとうございました」
「東堂さん、この作家さんお好きなんですか?」
東堂さんは文庫の表紙を眺めると、「習慣のようなものです…」と少し寂しそうに微笑んだ。高宮さんは詳しくは教えてくれなかったけど、「頼れるやつがいないから俺が一緒にいてやらないと…」といつか言っていたのを思い出した。
こんなにも優秀で、見た目も10人がいたら10人とも「イケメン!」と言いそうなのに、彼女がいないとのこと。もったいない…とにかくもったいないほどのいい男なのだ。
「圭介!」
面会時間ギリギリに病室の扉が思いっきり開け放たれた。小柄の可愛らしい女の子が、東堂さんを呼び捨てにして病室に入ってきた。
見るからに高校生らしい制服を着ている。ぱっと私と目が合うと、一直線に私の前に歩を進め、思いっきり右手を振り上げた。瞬間、私はギュッと目を閉じて、次に来るであろう衝撃に備える。
「パンッ」と乾いた音が病室に響き渡った。思ったような衝撃はなく、恐る恐る目を開けると、私の前に東堂さんの背中があった。
「な…んで、かばうの!? その女のせいなんでしょ? 圭介が家に帰って来なくなったの!!」
「彩葉、俺はもう家には帰らんけぇ、お前ももう帰れ」
「と…東堂さん…あの、席を外すので、ちゃんとお話しされた方が…」
「結衣さん、気にしないでください」
「でも…」
東堂さんは背中で返事するだけで、私とは目を合わせようともしなかった。しばらくすると、彼女を迎えに優しそうな初老の男性が現れた。
「彩葉さま、これ以上は圭介さまを困らせます。また日を改めましょう」
「狗丸、彩葉を頼む。心配をかけて申し訳ないが、この通り命に別状はない」
「ご無事で何よりでございます。差し出がましいのを承知で…圭介さまの怪我の連絡を受けて、彩葉さまも大層心配されておりました」
狗丸さんの言葉に彩葉さんが涙ぐむのがわかった。
「彩葉、心配かけてすまんかったな。でも俺は好きででここにおるけぇ。安心せぇ」
そう言って、頭をポンポンとした。
「それに、大切な人もおるけぇ。安心しろ」
「やっぱり彼女なんじゃん!」
「え!? いや、彼女じゃ…」
その後、訂正もままならないまま、彩葉さんと狗丸さんは病室を後にした。私はこれ以上東堂さんのプライベートに首を突っ込むべきではないと思い、素早く帰り支度を始めた。
「じゃ、私もそろそろ失礼して…また明日来ますね」
「…結衣さんは、本当に俺に興味がないんですね…」
「え?」
東堂さんは少し寂しそうな顔で外の様子を伺っていた。先程までの強い雨は、梅雨らしいしとしとと降る雨に変わっていた。
「…東堂さん?」
「あぁ、すみません。大抵ああいうのを見ると根掘り葉掘り聞かれること多かったので」
「聞かれたくないことをあえて聞く必要はないかと…」
「ははは、そうでした。結衣さんってそういう人ですよね、だから律も貴女を選んだ……今日はわざわざ来ていただいたのに、お見苦しいとこを見せてしまい申し訳ありませんでした」
「い、いえ! また少し東堂さんのことを知るきっかけがあってよかったです」
東堂さんの様子が少し引っかかったが、ご実家のことで思うことがあるのだろう…。きっとどこか地方の出身で、しかもお金持ち。会社経営している父の知り合いの娘が彩葉さんで、多分…あの2人は…婚約しているということだろう。などと、勝手な想像ばかりが膨らんでいく。




