episode.19
高宮さんは私とやり直したいと言ってキスをした。あのとき、あんなにあっさり別れたのに今更……それに、責任感の強い高宮さんなら、これからだって千代さんのこと優先させるはず。
確かに高宮さんのこと忘れられなかったけど、今付き合ったとして、あの時みたいに高宮さんとの将来を考えられるわけもない…。
「こんなことして、どういうつもりですか?」
「…すみません。最低なことをしている自覚はあります」
「なら、どうして!?」
感情的になり思わず声を荒げてしまう。高宮さんは、少し考え車を路肩に停めた。
「…東堂に言われて目が覚めました。あいつは俺がいなくなった後、結衣さんのことをずっと気にかけていました。ことある度に俺に連絡をしてきて、あなたのことを教えてくれていたんです」
「…そんなこと…」
「とにかく結衣さんのことが心配でたまらなかった。…けれど、千代のことを放っておくことは俺には出来なかった。だから、あなたに東堂がいてくれて安心していたんです」
高宮さんが不意に私の手を優しく握った。
「…あなたを一人にしてしまったことは取り返しのつかないことだった。だから、この想いが叶うことがなくても仕方がないことだと思っています」
その後、高宮さんは私と別れてからのことを教えてくれた。千代さんは手術のあと長期に渡り、リハビリや軽度の治療を行っていたこと。一年前に普通に生活できると診断がおり日本に帰ってきていたことなど。
「じゃあ、千代さんは従兄弟と付き合っていたってことですか?」
「そう、日本に帰ってきたはいいけど少し前から体調が悪い日が増え、心配していたところに俺との再会。それをきっかけに彼は千代と俺の復縁を迫ってきたってことだった」
思わぬ展開に言葉を失ってしまった。
「彼は俺と千代が付き合ってることも、その後のことも全て知っていたから、余命短い千代の心残りを一つでも無くしたかったみたい。俺は千代との復縁なんて微塵も考えてなかったけど、力にはなりたいとずっと思ってたから、うちの病院を紹介したり、相談に乗ったりしていたんだ」
「だったら、そのことを教えてくれたら、私も高宮さんの力になれたかもしれません…」
高宮さんは少し寂しそうな顔をする。
「結衣さんなら、そう言うとわかってたから…俺と千代のことにあなたを巻き込むことは出来なかった。きっとあなたは俺の知らないところで我慢してしまうから」
「そんな…き、今日、急用があったっていうのも千代さんの体調に関係あるんじゃ!?」
高宮さんは胸ポケットからスマホを取り出すと一枚の写真を見せてくれた。
「え!?」
写真には満面の笑みの千代さんと胸に抱かれた大泣きしている産まれたばかりの赤ちゃんの姿が映っていた。一瞬目の前が真っ暗になる感じを覚える。
「た、高宮さんと…千代さんの……」
詰まる胸を必死に堪えて言葉を続けようとするも、涙が溢れてきてどうしようもなくなる。高宮さんはその様子を不思議そうに見ていたが状況を飲み込んだらしく慌ててスマホをしまい私をこれでもかって力で抱きしめた。
「ち、違うから! あれは千代と相馬くんの子ども!」
「そ…うま…くん?」
「そう、千代の従兄弟。今日、無事に産まれたんだ」
高宮さんが今何の話をしているのか、すぐには状況が飲み込めなかった。
「千代が体調悪かったのはつわりが原因で、今日は相馬くんからどうしてもきて欲しいって連絡もらって。…とにかく、きみのこともっと早く迎えに行きたかった! だけど、あんな別れ方した手前バツが悪かったし、結衣さんには東堂がいたし…」
「東堂さんとは何も…」
「わかってるけど、あいつなら結衣さんを大切にしてくれるってわかってるから…俺はきみが幸せになってくれるならそれでって」
「高宮さん、ひどすぎます! どれだけ私が悩んだか!」
「結衣…」
初めて名前を呼び捨てにされ、ドキッとして高宮さんの方を向いた。薄暗い車内は通行車のヘッドライトに照らされ、時折彼と視線がぶつかる。その視線は艶かしく、いつもに増して色っぽく感じてしまう。
「だから今日、東堂の隣に結衣さんがいて、なんで俺じゃないんだろうって…後悔して…取り戻したくてどうしようもなくなった。もう一度やりなおす事ができるなら、この手を離すつもりはないから。…今は形だけでもいい…俺のとこに戻ってきて」
「高宮さん…」
返事をしない私をよそに、高宮さんがゆっくりと唇を塞ぐ。なんども優しくキスをしてくれた。最近取材の準備で忙しくてあまり寝ていなかったし、起きたら取材の途中食堂で寝てしまったなんてオチがあるのでは……私はどこかふわふわとして都合のいい夢を見ているのではないかという感覚に陥った。




