from東堂圭介
あの日、珍しく悪酔いした律がたずねてきた。
「おい、律大丈夫か?」
「…千代が…いた」
「は? 千代って…夢でも見たのか? おーい、律。こんなとこで寝ると風邪ひくぞ」
最近は指輪について相談されたくらいだから、結衣さんとは上手くいっていたはず。なのに何故、今になって彼女の名前が出てくるのか…。これがいわゆる『マリッジブルー』とかいうやつか?
「重た!」
仕方がないからソファまで運んでやる。ブランケットを放ると、律が寝返りをうってソファから落ちそうになる。飛び出た手足をソファに戻すと、律のほほに伝う涙に気づく。
「ごめん…東堂…」
「気がついたか? お前どんだけ飲んだんだよ。こんなんじゃ、結婚しても結衣さんが大変そうだな」
「…結衣さんとは…多分…もう会えない…」
律は固く目をつむり弱々しく話した。…らしくもない。何を弱気になっているのか…。
「まさかお前、酔った勢いで浮気でもしたのか?」
冗談半分で適当に投げた言葉だったが、どうやら律には刺さってしまったようだ。まさか!? 律がそんなことするわけ…
「俺、どうしたらいいか、もう分かんねぇ…」
「…何があった?」
「この前千代に会った。…生きてて、元気そうで。ほんとよかった。…よかったんだけど…」
4年前、律の前から忽然と消息を絶った元カノ。犬飼千代は、律の中で未だに消えない傷になっていた。
防大時代から律のことを知っているが、律から興味をもって付き合った女は1人も居なかった。だから、彼女と付き合うと聞いたときも『心臓病の可哀想な女の子』に好かれてしまったのだろうと。
「律、最近付き合い悪くないか? また彼女んとこ行くのか?」
「すまん東堂、また今度な」
「圭介ー! 行くぞ」
彼女がいてもいつもの律なら、俺らの誘いはよっぽどのことがない限り断るやつじゃなかった。今回はいつもとは違う気はしていたが、心臓病の彼女とこの先のことを考えると、あまり賛成することが出来なかった。
そんな女に会えるなんて、まぁ少しだけうらやましくもあった。その後、彼女がいなくなったときの律はひどかった。とにかく周りと距離をおいて誰とも関わらないようにしているようだった。
あれから4年が過ぎ、結衣さんと出会った律は昔のように、笑顔も少しずつ増え、また他人と関わるようになっていた。あぁ、ようやく律も一歩踏み出したんだと嬉しかった。
でも何で…目の前にいる律はこんなにも苦しそうなんだ?
律を座らせ、話を聞こうとするも混乱しているようで、何から話すべきか迷っているようだった。その後、律は少し落ち着くとぽつぽつと話し始めた。
彼女に偶然再会した数日後、彼女の従兄弟に呼び出され、当時彼女が律の親から別れるように言われたことや、アメリカでの手術のことなど色々聞かされたらしい。今でも律のことが忘れられずにいるが、条件を呑んだ以上、律とはもう会えないと言っていると言うのだ。もちろん、律に会いに来ていること自体彼女は何も知らないとのことだった。
「従兄弟が勝手に動いただけだろ? 彼女自身ほんとのところはどう考えているか何もわからないじゃないか」
「でも…本当に千代が4年前のことで今でも苦しんでいるのなら、俺はこれ以上放っておけないよ」
律自身、ずっと彼女を探していたのだが、手がかりが一切なく1年以上進展がなかった。しかし、まさか自分の親が手を回し彼女に交換条件を出していたなんて…あんなにも彼女を大切にしていた律にとっては耐え難い現実に違いない。
「俺、これからどうしたらいい? 千代にあんな辛い決断をさせておいて…俺だけ幸せにとか…できねぇよ。千代が望むなら、俺は千代の側にいる」
「結衣さんは? 彼女はどうするんだ?」
「彼女とは別れる」
「それ本気で言ってんのか?」
その後、律とどれだけ話しても平行線だった。結衣さんとは折を見て話をすると言ったが、今の律に彼女にちゃんと伝えられるのか…無駄に傷つけてしまうのではないか…俺には関係ない話だがどうにも結衣さんのことが気になってしまう。
律から結衣さんの話をいつも聞かされているからか…親近感のような不思議な感覚を覚えた。どうか2人ともこれ以上傷つかないようにと願うばかりだった。




