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side律

今日は基地で行われるサマーフェスタ、いわゆる一般公開日でステージに上がらざるをえない状況にほとほと嫌気がさしていた。


駅のホームに降りると、サマーフェスタへ向かう人々の波に飲まれそうになった。はぁ、と大きくため息をつきながらホームの端で波が途切れるのを待っていると、サマーフェスタのチラシを凝視する女性を見かけた。


最近は自衛隊に興味もって追っかけしている女性も多いと聞く。しかし、容姿を見るに白のふわっとしたワンピースに、高さはないもののパンプスを履いている。これでは目玉の護衛艦見学には厳しそうな服装だった。


「海上自衛隊、興味ありますか?」


背後から声をかけると、小さな肩がぴくっと跳ねた。肩甲骨まで伸びた薄茶色の髪は、触れたらとても柔らかく気持ちが良さそうだった。初めは気の無い返事が返ってきたが、こんなにもチラシを見続ける彼女に興味が沸き、再び声をかけていた。


振り向いた彼女のは、彼女のふわふわと揺れる髪のように色素が薄めで今にも吸い込まれそうになった。

もう少し一緒にいたいと思った俺は、彼女に道案内を申し出る。彼女は食い気味に提案に乗ってきた。よほど俺が頭を悩ませているサマーフェスタにご執心のようだった。


その一生懸命な感じがとても愛らしく、胸を鷲掴みにされた気分だった。今まで、向こうから迫られたことはあっても、こちらから真剣に女性に興味をもったことがなく、初めての感覚に違和感を覚えた。


駅を出ると彼女が強く目を閉じてふらつく。俺は思わず、肩を抱きとめた。なんて華奢なんだ。ふと、白いワンピースの胸元に目がいってしまった。


ふくよかな谷間に繊細なレースがちらっと見え、ただそれだけで首筋が熱くなるのを感じた。…俺は中学生か!?


平静を装って彼女をベンチに座らせる。彼女の肌を冷や汗がつたい、浅い呼吸を繰り返す。苦しそうな彼女を見て色気すら感じている俺は相当ヤバいヤツだなと心の中で自傷する。


白く柔らかな肌に触れたい衝動を抑えつつ、彼女の手首を優しく掴み脈をみる。やはり少し速く感じた。カバンにまだ未開封のイオン飲料が入っているのを思い出し、彼女に差し出した。


彼女は震える小さくキレイな唇をペットボトルにゆっくりと近づける。その小さな唇に舌をねじ込みキスしたい激しい衝動がむくむくと湧き上がる。気付かれないように、小さく深呼吸をする。…落ち着け、俺。こんなのただの欲求不満みたいじゃないか。


俺だっていい歳した男だ! いや、でもそれだけでは納得出来ない今までに感じたことのない感情に俺自身が動揺をしている。彼女は一体何者なんだ。とりあえず彼女を救護所に連れて行き、少し休ませることにした。


高宮たかみや一尉いちい! 外で高宮一尉が美人連れてるって噂になってますよ! 彼女っすか?」


犬のような明るく人懐こい性格のこいつは同じ部隊の秋庭あきばだ。人懐こいはいいが、距離感が少々人と違うのがたまに傷だ。はぁ、面倒な奴が来たな。俺はとりあえず『彼女』という事実を否定をし、この後秋庭が出演することになっているイベント時間が迫っていることをさりげなく伝えた。


何を思ったか、秋庭は自分のスマホの番号を書いた紙を彼女に手渡した。彼女は困った様子で紙を見つめている。何だか、その様子に俺はあろうことか嫉妬にも似た感情をもった。忌々しく思いその紙を見やる。俺が出来ないことをすんなりやってのけてしまう。若さが憎い。俺もこの前、31歳の誕生日を迎えいよいよ年齢について真剣に悩んでいた。


名残惜しい気持ちに蓋をして彼女を送り出し、今日の一番の任務であるステージに出る準備をした。白い詰襟の制服は何度着ても身が引き締まる思いだが、これをわざわざ見せびらかすことには、未だに慣れず抵抗感が否めない。しかし、上官の命は絶対。俺は覚悟を決め、一歩また一歩と歩みを進める。


「高宮一尉は医官として働いてます。ただ今彼女募集中だそうです! みなさんぜひ立候補を!」


司会がそういうと会場が色めき立つのがわかった。敬礼から直り、元来た道を戻ろうとすると、会場の隅に先ほどの彼女が何やらおかしそうに柔らかな笑顔で俺のことを見ているのに気づいた。

ドキッと心臓が大きくなると、身体全身が熱くなるのがわかった。制服を着替えようと控え室に戻る。


「高宮一尉! 気付きました? さっきの美人、ステージ見に来てましたよ。俺に会いに来てくれたのかなー? まだいると思うので、俺今から声かけてきます」


ステージが一通り終わったところで、秋庭が冬用の儀礼服を鏡で整えながら色々な角度から最終確認をしている所だった。では! と敬礼するその姿は、背も高く顔もアイドルのように整っており、ファッション雑誌さながら。俺より4つ下のこのイケメンに彼女が興味をもつことが自然に思えるほどだった。


「また一目惚れか、秋庭?」


「高宮一尉が確保した人、めっちゃ美人だったんすよ!」


りつが? 様子を見にきた同期の東堂とうどうだ。また後で揶揄われるのが目に見える。秋庭の肩をポンポンと叩き、健闘を祈る! と敬礼をする。秋庭がドアノブを掴んだと同時に、俺も秋庭の肩を掴んでいた。


「すまん、あの人は俺のだから」


え!? 東堂と秋庭が同時に声を上げたのを背後目に俺は控え室のドアを力強く開け放っていた。今すぐ彼女を捕まえたい。その一心で思わず足速に先程彼女が立っていた場所へと向かう。


ステージも終わり人もまばらになっていた。辺りを見回すと木陰でスマホを操作しているの彼女が目に入った。もしかしたら、秋庭に連絡をしているのかもしれないと俺の本能が警鐘をならしていた。秋庭くらいコミュニケーション能力が高く、将来有望なあいつの方が…とここまで来て決心が揺らぐ。


彼女が木陰から出て行くのが目にとまる。このまま名前も連絡先も知らないまま別れたら、もう会えない気がする。ぐっと帽子のつばを握りしめて彼女を呼び止める。


「え? は? 私ですか?」


動揺している彼女をよそに「俺の彼女になって下さい」とさらに彼女を混乱させた。絶対に逃すまいと彼女のか細い手を取り距離を詰めた。柄にもなく手が震えそうになった。


俺の目の前に俯き耳まで赤くなった可愛い彼女がいる。消え入るような声で「はい」と半ば強引に返事を取り付けた。


「…よかった」


ボソッと呟くと身体が勝手に彼女を抱きしめていた。彼女の香りが鼻腔をくすぐった。思わず彼女の柔らかな髪にキスを落としていた。ビクッと身体が跳ね、俺の名前を呼ぶ彼女が愛おしくてたまらない。


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