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episode.9

スマホの振動で目を覚ました。時計の針は7時をさしていた。高宮さんのことを考えていたら、ソファで寝てしまっていたのだ。


「さむっ」


そろそろ準備しないと仕事に間に合わない。立ちあがろうとすると、身体がだるいのに気づく。やっとのことで体温計を引き出しから探し出すと、ずるずるとソファに座り込み体温を計る。


デジタルの数字は久々に見る並びだった。38.2℃…病は気からというが、数字を見た途端に動く気力もなくなる。職場には数日休むことを伝え、床に落ちたブランケットを拾い上げると深く潜り込む。


思考がぼやけていく中、再び傷ついた高宮さんの顔を思い出す。私の意気地なし…何で…こんなことになっちゃったんだろ…。熱のせいか分からない涙が次から次へと溢れてくる。きっと面倒な女だと思われたよね…。


「高宮さん…会いたい…」


空腹で目が覚める。どれくらい寝たのだろう…。あたりは薄暗くなっていた。汗をかいて少し身体が軽くなった気がする。冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出すと、一気に半分ほど飲み干した。汗をかいた服を洗濯機に放りこむと、たっぷりとはった湯船に身体を沈める。


まだ少し怠さが残っているのを感じるが、お湯の温かさにホッとした。汗を流し手早く着替えると、先程冷蔵庫に何もなかったのを思い出し近くのコンビニに食料調達に行くことにした。



厚手の上着を羽織ると、財布と鍵を手に玄関へ向かう。スマホの呼び出し音が聞こえ、リビングに忘れたことに気づき取りに戻り急いで出た。


「…もしもし…」


「結衣さん、こんばんは」


優しい声がスマホから聞こえてくる。…何で…高宮さん…。


「あの、顔を見て話をしたいことがあって…急で申し訳ないんだけど、今から会いに行ってもいいかな?」


…話って…別れ話…とか? 先程温まったはずの身体が急に冷えてきた。


「あの…わ、私、高宮さんと別れたくありません!」


「え? 誰が? 誰と別れるって?」


「高宮さんが私と…」


「結衣さんは、俺と別れたいの?」


「ち、違います」


『別れる』というワードに勝手に涙が止まらなくなる。話したいことはたくさんあるのに、これ以上言葉が出てこない。


「よかった。体調悪いって聞いたけど、今は家かな?」


「…はい」


「今から行くから位置情報送って」


30分後、家のインターフォンが鳴った。おそるおそる扉を開けると、高宮さんは私の顔を見るなり優しく抱きしめてくれた。


「高宮さん、あの…」


「少し熱がありそうだな。無理はよくないよ」


そう言うと、彼は額をわたしの額に合わせた。息のかかる距離で目が合うと急に胸がドクドクと主張しだした。ギュッと目を閉じると、額に柔らかな感触が当たる。


「俺は別れるつもりなんてないからね。それから、この前はごめん。君を目の前にして余裕がなかった。怖い思いをさせてごめん」


「私こそ、その…初めてのことで緊張してて…どうしていいか分からなくて…ごめんなさい」


「…初めてって? まさか…」


私は恥ずかしくなって俯く。失敗した…この歳まで何も無かったってやっぱり驚くよね。きっと重たいと思われるやつだよね。


「うわぁ…」と小さな声が聞こえると、高宮さんがその場にしゃがみ込み頭を抱えた。私の手を取り「…ごめん」と呟く。


「俺、最低だわ。ほんと…」


私が状況を飲み込めていないことに気づくと、高宮さんは立ち上がってもう一度優しく抱きしめて頭を撫でてくれる。


「その他、俺に言ってないことはない?」


高宮さんの腕の中で小さく頷く。


「これから先…俺は君以外と過ごすなんて考えられない。だから君の大切な初めて、俺にくれる?」


驚く私を見て、高宮さんが少し困ったように「今すぐじゃなくていいから」と呟いた。

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