No-0237《復讐者の偽典》
彼は幸せだった。
彼はとある少女と旅をし,世界中を駆け回った。
彼と少女は仲睦まじく,幸せな風景がそこにあった。
だが,たった一匹の上位悪魔の出現にその幸せは断ち切られる。
都市が燃えていた。
飛び交う怒号と悲鳴,老若男女分け隔てなく訪れる死。
その都市の上空で少年と少女は元凶である悪魔と対峙していた。
飛び交う魔法,剣戟,2人は持てる力全てを出し切って戦った。
だが現実は非情だった。全力を持ってして悪魔は軽傷のみ,それに対してこちらは満身創痍。
少女は少年を想っていた。よってこの決断を下したのは仕方がなかったのかもしれない。
遺物のエネルギーを感じ取った少年が少女を振り返った時に見たものは,困ったように微笑みながら,発動しかけの転移遺物を自分に押し付け,自爆遺物を起動させる少女の姿だった。
「ごめんね。」
この日,一つの都市が悪魔と共に消滅した。
少年は転移した,都市から何百キロも離れた場所からその光を見つめ泣き叫ぶことしかできなかった。
もっと自分が強くあったなら。あの悪魔を倒せるほど強くあったなら。あまたの後悔が全身を襲った。
チカラガホシイ
この日を境に常に優しかった少年は修羅と化した。
世界の魔物という魔物を狩り続け,同じ人族からも恐れられる存在となった。
食事を削り,睡眠を削り,狩る事以外の全てを削った。
いつしか少年の剣は手と同化した。手のひらに剣が埋め込まれたようになった。
それから幾年かすると剣は完全に少年と一体化した。少年は剣の能力を得た。
それからは更なる力を手に入れるため少年は奔走した。
代償が神すら恐れるような魔剣も取り込んだ。副作用で寿命が縮む薬物,感情が少しづづ奪われる遺物。
ありとあらゆるものを使い強くなった。
魔族を殺し、魔王を殺し、悪魔を殺し、魔神を殺した。
勝てない獲物が現れると勝てるまで挑んだ。何十回何百回何千回何万回挑んで負けて挑んで勝って挑んで殺して殺して殺した。
全身に常に痛みが走り、それを薬で上書きし、何度も何度も狩った。
いつしか青年の本は禍々しい本へと変化した。殺せば殺すほどその力が自分の物となる。
それは奇しくも青年が過去に手にしていた、生物の意志や希望を託されて力に変える勇者の力と似ていた。
そしてその憎悪はこの世界を生み出した神へにまで及んだ。
壮絶な死闘の末、青年は勝利した。神さえも吸収したがもう少女は戻って来ない。虚無感しか残らなかった。
だが、神の記憶の中に気になる物があった。
「上位存在?■廻■■?なんなんだこれは⁉︎」
青年はこの一筋の希望へ託す事にした。というより託す他無かった。
記憶継承できる量は全体の0.1%にも満たないが、それでも青年はその希望に賭けることにした。
青年の思いが報われるかどうかは管理者でさえも知らない。