廃村のかくれんぼ
1、 卒業式と打ち上げ
「みんな、最後の出席をとるから、大きい声で返事しろ。」
担任の関口康弘先生は出席簿を見ながら、みんなの名前を呼びあげていきました。
今日は中学校の卒業式。私沼田佳代子は、みんなで過ごす最後の中学校生活を送っていました。
「みんな、改めて卒業おめでとう。今日で義務教育9年間の教育課程が終わったわけだ。中学この3年間、部活や勉強、学校行事、いろんなことに打ち込んできたはずだ。4月から君たちは高校生になる。そこから新しいスタートを見つけて頑張ってほしい。では、そろそろ時間だから出よう。みんな、くれぐれも忘れ物だけはしないように。」
みんなはいっせいに席から立ちあがって昇降口へと向かい、そこで全員の集合写真を撮りました。
そこから校門まで在校生に見送られたあと、みんなは校門の前で記念撮影をしたり、PTAからもらった紅白饅頭を食べている人もいました。
「佳代子、一緒に記念撮影をしない?」
「この制服着るの最後なんだし。」
保育園からの幼馴染の沖田夏美と沢口千鶴がやってきました。
「このメンツで撮ってもしょうがないんじゃない?3人で同じ高校へ行くのに・・・。」
「そう言わず、制服姿で卒業証書をもって写るなんて、今日しか出来ないんだから。」
千鶴は半ば強引にスマホで3人で写ろうとしたその時、ちょうど関口先生がやってきました。
「あ、関口ちゃーん、悪いんだけどシャッターお願いしていい?」
「いいけどさ、先生に向かって『ちゃん』はないだろ。」
「そんな硬いことを言わずに。」
関口先生はみんなのスマホやデジカメを預かって、シャッターを押していきました。
さらに私たち3人と関口先生を一緒に写りたかったので、今度は他のクラスの先生にシャッターをお願いする始末になりました。
「関口ちゃん、どうもね。」
関口先生は無言でいなくなってしまいました。
「ごめん、ちょっと教室に忘れ物をしたから、先に帰ってくれる?」
「佳代子、どうしたの?」
千鶴と夏美は少し心配そうな表情をして後をついてきました。
私は教室に戻り、自分の席に座って泣き始めました。
「佳代子・・・。」
千鶴は後ろからそっと肩をたたきました。
「私、もう少しだけここにいたい。」
「気持ちはわかるよ。でも、いつまでも過去にしがみついてないで前へ進もうよ。」
「うん。」
一緒にいた夏美はそばで私と泣いていました。
「そろそろ行こうか。」
「せっかくだし、ここで一人ずつ写ろうか。」
「そうだね。」
私と千鶴、夏美は交代でシャッターを押していきました。
「今度、ここへ来るときには同窓会か文化祭だね。」
「あと体育祭も忘れたらだめだよ。」
私たちはそのまま笑いながら、教室を出ていきました。
帰りの通学路、私は少し歩くペースを緩めていきました。
「ねえ、ここの公園に立ち寄っていい?」
「うん。」
「このブランコや滑り台でよく遊んでいたよね。」
私は懐かしさのあまり、ベンチにカバンと卒業証書を置いて、ブランコをこぎ始めました。
「ねえ、誰が一番高くこげるか競争しない?」
私がそう言った直後、5歳くらいの男の子2人がブランコの前に立っていました。
「お姉ちゃんたち、次僕たちが使ってもいい?」
「あ、ごめんね。佳代子、子供たちがブランコに乗りたがっているから、どいてくれる?」
千鶴は男の子に謝ったあと、私にブランコから降りるよう促しました。
「あ、今降りるね。」
私はブランコの速度を緩めて、飛び降りました。
「ごめんね、今空いたから使っていいよ。」
私と千鶴、夏美は公園を出て、再び歩きだしました。
「ねえ、2人は教科書とノート、どうする?」
「私、捨てる。だって、もう使わないじゃん。」
千鶴はすでに捨てる気満々でいました。
「私は残しておく。」
「マジ!?」
「うん、だって『教科書とノートは一生の財産』っていうじゃん。」
千鶴は驚いた反応をしていました。
「私も残してく。」
「マジ!?夏美まで!」
「じゃあ、多数決で教科書とノートは残しておくことで決定ね。」
「どんなルールなんだよ!言っておくけど、私は教科書とノートは絶対に捨てるからね!」
「どうぞ、ご自由に。私と夏美で、残した教科書とノートで思い出を語ろうね。」
「どんな思い出なんだよ!」
千鶴は私の言葉に次々と突っ込んでいきました。
「そういえば、夏美は上履きと体育館履き、体操着にジャージ、制服はどうする?」
「私は残しておく。」
「私も。」
「やっぱ残しておくよね。」
「あんたら2人でコスプレでも始める気?」
「あ、それもいいね。どうせなら校則で禁じられたルーズソックスを履いてみようよ。千鶴はどうするの?」
千鶴は少し黙っていました。
「黙っているところを見ると、やはり捨てちゃうのか。」
「佳代子、千鶴は過去の思い出を残さないで捨てる人なんだから・・・。」
「うるさーい!わかったわよ、全部残すから、2人で会話を進めるのはやめんかーい!」
「やったー!じゃあ、明日は制服か体操着を着て、お出かけをしようか。」
「ちょっと待って。百歩譲って制服は許すとしても、なんで体操着でお出かけをする必要があるの?」
「中学の思い出として。」
「体操着で外を出歩いたら『思い出作り』じゃなくて、ただの『罰ゲーム』じゃないの。言っておくけど、ハローウィンでもお断りだからね!」
「千鶴ちゃんの体操着、絶対に似合うと思ったのに・・・。」
「そこまで言うなら佳代子、あんた一人でやりなさい。」
「じゃあ、私と夏美は体操着を着るから、千鶴はスクール水着ね。」
「佳代子、私になんの恨みがあるの?」
「恨みなんてないよ。ただ面白いだけ。」
千鶴は呆れて何も言えなくなりました。
「じゃあ、あとでルーズソックスを買おうか。」
「いいよ。」
「マジで制服着てお出かけをするの?」
千鶴はてっきり冗談だと思っていましたが、私の言葉が本気に聞こえたとたん、青ざめた顔をしました。
「とりあえず、家に戻ろうか。」
「そうだね。」
「千鶴、関口ちゃんも言っていたけど、教科書とノート、制服と体操着は残しておくんだよ。」
「関口ちゃんは、そんなことを言ってねーよ!言ったのは佳代子と夏美だけだろ!」
千鶴はそのまま何も言わず、玄関の中に入っていきました。
「ちょっと、やりすぎたね。」
「あとで千鶴ちゃんに謝っておこうね。」
私も自分の部屋に戻って、制服をハンガーにかけて普段着になり、スマホで千鶴と夏美に連絡をしようとした途端、クラスメイトの西野朋美さんから電話がかかってきました。
「もしもし?」
「あ、佳代子?今電話大丈夫?」
「うん、どうしたの?」
「今から犬山んちのマンションの前にある広場へ来られる?」
「いいけど。」
「じゃあ悪いけど、千鶴と夏美にも伝えてくれる?」
「わかった。」
私は千鶴と夏美に西野さんからの伝言を伝えました。
「もしもし、千鶴?今大丈夫?」
「大丈夫だけど、どうしたの?」
「さっき西野さんからの伝言で、犬山君ちのマンションの前にある広場へ来るように言われたけど、来られそう?」
「いいけど、制服や体操着はごめんだからね。」
「大丈夫、普段着でいいよ。」
「じゃあ、普段着で行くから。」
そのあと、夏美にも同じように西野さんからの伝言を伝えました。
「今日って大丈夫?」
「ルーズソックスの買い物に行くんじゃないの?」
「それが、西野さんからの伝言で、犬山君ちのマンションの前にある広場へ来るように言われたから。」
「わかった。」
「一応、千鶴には体操着とブルマで来るように言っておいたよ。」
「マジ!?」
「冗談。」
「佳代子が言うと、本気に聞こえるから勘弁してよ。」
電話を切って身支度を済ませたあと、私は千鶴と夏美を呼んで3人で待ち合わせ場所まで向かいました。
広場に着いた時にはみんな集まっていて、そこにはお菓子やジュースが並んでいました。
「今日の打ち上げの費用っていくら?」
「あ、これ?全部関口ちゃんのおごりだから。」
「その肝心の関口ちゃんは?」
「さっきまでここにいたんだけど、用事が出来てそのままいなくなったよ。」
「そうなんだ。」
「じゃあ、乾杯をするから好きな飲み物を選んで。」
私と夏美はサイダーを選んで、千鶴はコーラを選びました。
「みんな、飲み物持った?それじゃあ、元学級委員の西野朋美が乾杯の音頭をとらせていただきます。それでは、今日の卒業と新しい門出を祝ってかんぱーい!」
「かんぱーい!」
全員で紙コップを持ち上げて乾杯をしました。
私は目の前のお菓子を食べながら、サイダーを飲んでいきました。
「そういえば、佳代子って夏美と千鶴と一緒に4月から同じ高校へ行くんだよね?どこへ行くの?」
西野さんはコーラを飲みながら、酔ったオヤジみたく絡んできました。
「羽村東女子。」
「うっそー!あそこって確かお嬢様学校じゃん。」
「家から近いし、自転車で通おうかなって思っているの。」
「そうなんだ。あそこって制服も可愛いんだよね。」
「まあね。」
「暇な時でいいから、着させてよ。」
「うん、都合が合えばね。」
その一方で男子たちはねずみ花火や爆竹を用意して、遊んでいました。
「おい、こっちに向けるな。あぶねーだろ!」
「あ、わりぃ。」
「やけどしたら、どうするんだよ。」
さらに今度はロケット花火まで用意して騒いでいました。
「なあ、今思ったけど、ロケット花火ってヤバくねえか?」
「確かに。」
犬山君は自分の背中にあった立札の注意書きを読み上げました。
「ここ、花火禁止になっている!」
「見つかったら、関口にチクられる。」
「ちょっとまって、うちら今日卒業したわけなんだし、関口にチクりを入れられても平気じゃね?」
「でも、親に知られたらヤバイかも。」
女子たちは男子のやっていることにあきれて、何も言えませんでした。
「私たちには関係ないし、こっちは適当に飲んで食べていよ。」
「そうだね。」
私たちは目の前のお菓子を食べながら、適当におしゃべりをして楽しんでいました。
「そういえば、西野さんって4月からどこの高校へ行くの?」
「私は青梅西。あと私のことは朋美って呼んで。」
「わかった。青梅西って偏差値高いところで有名だよね?」
「うん。あと、あそこはバスケが強いところで有名だから。」
「朋美って3年間、ずっとバスケやっていたよね?」
「うん。さらにさかのぼると小学校のころからやり始めていたから。」
「4月から別々の高校になるけど、お互い頑張ろうね。」
「うん。」
太陽が傾き始め、朋美は立ち上がって、二次会の誘いを始めました。
「えーっと皆さん、そのままの状態で聞いてい欲しいのですが、このあと私の家で二次会を開きたいと思います。お時間のある方で来られる人はいませんか?」
ほとんどの人が手を挙げている中で、わずか数人だけが家の都合で断ってしまいました。
朋美の家はお好み焼き屋さんで、今日だけ親に無理を言って貸し切りにしてもらえました。
ごみを片付け終えて、みんなは朋美の家に向かいました。
「ただいまー!」
「おかえり。」
「クラスの人を呼んできたよ。」
「こんにちは、お世話になります。」
「みんな、いらっしゃい。狭いところで申し訳ないけど、ゆっくりくつろいでちょうだいね。」
「食事の費用はどうする?」
千鶴は気になって、財布の中身を確認しながら言いました。
「あ、今日は両親のおごりだから、遠慮なしに飲んで食べてちょうだいね。」
「本当にすみません、改めてお礼に伺いますから。」
「そんなことをしなくていいよ。今日はみんな無事に卒業できたわけなんだし、そのお祝いだから。」
朋美のお母さんは次々と飲み物やお好み焼きの具材を運んできました。
しかし、人数が人数だけに朋美のお母さんは少々疲れ気味の状態でしたので、私や千鶴、夏美など女子数人は手伝いに入ることにしました。
「あなたたち、気にしなくていいから、座って食べてちょうだい。」
「そうだよ。今日の主役は君たちなんだから。」
朋美の両親は私たちに気を使うように声をかけてくれました。
「おばさん一人では大変ですので、私たちもお手伝いします。」
「そうかい?すまないね。」
「ただでごちそうになっているので、これくらいは当然ですよ。」
「本当はバイトの子が2人いるんだけど、今日に限って休んでいるんだから。」
「私たちが突然やってきたのが悪いのです。本当に気にしないでください。」
「本当にすまないねえ。」
朋美のお母さんは申し訳なさそうな顔して私たちに謝っていました。
千鶴はふと何かを思いついたかのように朋美のお母さんに提案を持ちかけました。
「おばさん、注文したものをセルフサービスで運ぶ形ってどうですか?カウンターに置いていただきましたら、各テーブルの代表が持っていくという形で。下げる時も同様に。」
「それ、いいかもしれないね。」
「みなさーん、ちょっといい?ルールを設けたので聞いてほしいんだけど、おばさん一人で食器を運ぶのは大変なので、出来上がったもの、使用済みの食器を運ぶのはすべてセルフサービスとさせていただきました。注文した飲み物や料理はカウンターに置きますので、各テーブルの代表が取りに来てください。ここまでで質問のある人はいますか?」
千鶴は口を両手で囲って、大声で言いました。
それを聞いたみんなは大声で「ないでーす!」と返事をしました。
みんなで飲んで食べて騒いでいると、時間はあっという間に過ぎ去っていきます。
時計を見たら夜8時近くになっていたので、朋美がラストオーダーを告げましたが、追加の注文がなかったので、打ち上げを終わることにしました。
「みなさーん、最後なので少しだけ静かに聞いてくださーい。」
朋美が最後の挨拶をするために、みんなの前に立ちました。
「今日は打ち上げに集まってくれて、本当にありがとうございました。このメンバーが集まって騒ぐのが最後だと思います。次回メンバーが集まるのは同窓会だと思いますので、その時は是非出席してほしいと思いまーす。」
朋美がしゃべり終えたら、みんなはいっせいに拍手をしました。
店を出たあと、みんなはそれぞれ家に向かいました。
「朋美、今日は本当に楽しかったよ。」
「私も、来てくれてありがとう。」
「次回は同窓会だね。」
「そうだね。」
「千鶴は同窓会の時に制服とルーズソックスの組み合わせで、出席するみたいだよ。」
「なら、佳代子は体操着とブルマで出席しなさい。」
後ろで聞いていた千鶴が突っ込んできたら、朋美はそれを聞いて笑っていました。
「佳代子と千鶴と夏美は4月からも同じ高校なんだよね。」
「私、佳代子がバカをやらないかきちんと見張ろうと思っているの。」
「そうなんだ。」
朋美は笑いながら返事をしていました。
「それじゃ、私たちも帰るね。」
「うん、お元気で。」
「今度は3人で食事に来るから。佳代子は体操着とブルマを着て来るって言っていたし。」
「言ってないわよ!」
「さっきの仕返し。ほら、帰るわよ!」
千鶴は私の手を引いて、帰りました。
2、 バーベキューと同窓会の案内
話は12年後の3月に飛びます。
私は横浜地検・川崎支部の検事になり、千鶴は弁護士になって川崎区内の法律事務所で働くようになり、夏美は神奈川県警・川崎市臨港警察署の巡査長になりました。
高校3年の夏に3人で法律に関わるお仕事をするという約束が見事に果たされ、3人一緒に東門前の駅から徒歩10分のアパートで暮らすようになりました。
部屋がワンルームのため別々になりましたが、3人が暇な時には一緒に食事をするようにしています。
ある日曜日の午後、アパートの庭でバーベキューをしようとしたら、大家さんから「沼田さん、沖田さん、沢口さん、庭でバーベキューをしないでちょうだい!」と雷を落とされたので、中止になってしまいました。
私たちは大家さんに謝りましたが、頭の中はすでにバーベキューでいっぱいになりました。
私と千鶴は夏美の部屋でペットボトルのジュースを飲み、お菓子を食べながら愚痴をこぼしていました。
「何も大声で怒鳴ることなんかないのに・・・。」
私は折りたたみテーブルの上にあるビスケットをつまみながら、ぼやいていました。
「仕方ないよ。ここはアパートなんだし、実家のようにはいかないよ。消防車が来ないだけましだと思えばいいよ。」
千鶴は私をフォローするような言い方をしてきました。
「しかし、なんで急に庭でバーベキューをしようと思ったの?」
「いやあ、急に外で肉が食べたくなったから。」
「その発想、昔と変わらないよ。」
夏美は少し苦笑いをして、私と千鶴の会話を聞いていました。
「どうしてもバーベキューをしたいなら、3人で川崎マリエンに行ってみない?私の車SUVで荷物もたくさん積めるから。」
「川崎マリエンでバーベキューなんかできるの?」
「できるよ。」
「どのあたりで?」
「正確にはマリエンと言うより、東扇島中公園の一角にバーベキューのスペースがあるんだよ。」
「そうなんだ、じゃあ今から行こうよ。」
「今からだと無理だから、明日にしない?どうせだから、今日はスーパーで食材を買うのはどう?」
「ちょっと待って。これだけあれば買に行く必要がないんじゃないの?」
「ちょっと気になったけど、鶏肉ばかりで牛肉がない。あと野菜も少ない。」
千鶴は私が買ってきたレジ袋の中に入っている食材をのぞき込んで不満をぶつけてきました。
「鶏肉じゃ、いやなの?」
「いやってわけじゃないけど、牛肉もあった方がいいかなって思っただけ。」
「じゃあ、スーパーで足りない食材を買ってくる?」
「そうだね。夏美悪いけど、車出してくれる?」
「いいけど、スーパーはどこにする?」
「一番大きいスーパーは鈴木町駅前のイトーヨーカ堂があるけど・・・。」
「そこにしようか。」
「ちょっと待って、川崎駅のラゾーナは?」
「却下。って言うか、佳代子のことだから買い物ついでにCDとか洋服とか見そうだから。」
「行かないよ。」
「危なっかしいから、イトーヨーカ堂にしよ。食材を買って、速やかに出ればいいし。」
千鶴は私の行動を読んで、夏美に車を出すよう促しました。
駐車場に行ったら1台のオレンジ色の日産のキックスが置いてあり、夏美は運転席に座って、エンジンを回しました。
夏美は私と千鶴を乗せて国道409号線を北上して鈴木町駅前にあるイトーヨーカ堂に向かいました。
駐車場に車を置いたあと、3人で食料品売り場に行って野菜や牛肉を買ってレジに向かおうとした瞬間、私は缶詰の売り場に行ってウズラの卵を買い物かごへ入れました。
「佳代子、ウズラの卵なんか買ってどうするの?」
「これもバーベキューで焼ていて食べたいんだけど・・・・。」
「美味しいの?」
「塩味で食べると美味しいよ。」
「そうなんだ。まずかったら、佳代子が責任もって全部食べてよね。」
「いいよ。」
買い物を済ませ、店を出て車に乗って家に戻ることにしました。
翌日私たち3人は食材と道具一式を車に詰め込んで、国道132号線を南下して海底トンネルに入り、川崎マリエンへと向かいました。
到着するなり、トランクから食材と道具一式を抱えて広場へと向かいました。
私はレジ袋から鶏肉と牛肉を取り出して「機内食はいかがですかー?ビーフ オア チキン?」とふざけていたら、千鶴が「じゃあ、私ビーフで・・・。ってここは飛行機か!」と突っ込んできました。
それを見ていた夏美は呆れた顔をして「あんたたち、ふざけてないでちゃんと手伝ってね。」と注意してきました。
私が鉄板に油を引いて肉と野菜とウズラの卵を焼ている時、千鶴はテーブルにお皿や箸などを並べていたら、一膳だけステンレスの箸が混ざっていたので、驚いた表情をしていました。
「ねえ、このステンレスの箸って夏美と佳代子のどっち?」
「あ、これ私の。」
私は鉄板で焼きながら大声で返事しました。
「あんた、こんな重たそうな箸で食べるの?」
「そうだよ。」
「韓国人じゃないんだから、普通に木やプラスティックでいいんじゃない?」
「この箸って、アウトドアやバーベキューに合うんだよ。しかも衛生的だし。」
千鶴はこれ以上何も言いませんでした。
「千鶴ー、悪いけどお皿を持ってきて!」
私はプラスチックの皿を千鶴から受け取って焼き上がった肉や野菜などを次から次へと盛っていきました。
「佳代子、犬の餌じゃないんだから、もうちょっときれいに載せてよ。」
「文句があるなら食べなくていいよ。」
「いや、そうじゃないけどさ・・・。」
千鶴はブツブツと文句を言いながらバーベキューソースをかけて食べていきました。
夏美はスマホを取り出して画面を見ていたら私と千鶴に同窓会の案内が来ていることを伝えました。
「2人とも朋美からLINEのメッセージが来ているよ。」
「どれどれ。」
私と千鶴はスマホを取り出して、LINEのアプリを起動して朋美のメッセージを読み上げました。
<お久しぶりです。卒業して12年が経ち、皆さんはどのように過ごされていますか?寒い日が続きますが、風邪を引かないよう、気を付けて頂きたいと思います。さて、来月の3週目の土曜日に羽村中学3年1組の同窓会を開きたいと思います。時間は18時からで、場所は立川駅南口の居酒屋で行いますので、みなさんの出席をお待ちしております。>
私と千鶴は迷わず「出席する」と返事を送りましたが、夏美は少し考えていました。
「夏美、どうしたの?」
「その日、非番かどうかわからない。」
「そっかあ、夏美は警察官だから休みが不規則なんだよね。無理しないで欠席でもいいんだよ。」
「明日上司と休暇の相談をするから、返事はそのあとにするよ。」
「その方がいいかもしれないね。」
「私も同窓会楽しみしているから。」
スマホをしまい込んだ後、私たちは鉄板の上の食べ物を全部平らげて片付けに入り、食器と鉄板を水道で洗い流したあと、車に詰め込んで帰ることにしました。
「おなかが苦しい。」
私は後ろの座席でお腹をさすりながら言いました。
「あんた食べ過ぎなんじゃないの?」
「そうかもしれないね。夏美、悪いけどスピードを緩めてね。」
「わかりました。」
夏美は苦笑いをしながら、返事をしました。
家に着いて私は薬箱から胃薬を取り出し、飲み終えたあと、そのまま眠ってしまいました。
次の日、夏美は職場で上司と休暇のことで相談をしました。
「うーん、休暇を取ることは悪いことじゃないけど、何も今から申請しなくても1週間前からでも遅くはないと思うよ。」
「そうなんですか。」
「そもそも休暇の目的はなんなのか、教えてくれないか?」
「実は中学の同窓会があって・・・。」
「君は確か東京の羽村出身だよな。」
「そうなんです。同窓会は立川でやるみたいで・・・。」
「そっかあ・・・。久々に昔の仲間に会えるわけなんだし、ゆっくり休んできなよ。ついでだから次の日も休んでいいよ。」
「しかし課長・・・。」
「君は巡査長になってから、休まず頑張っている。君の仕事は他の人に振るから休んで来い。」
「ありがとうございます。」
その日の夏美のテンションはうなぎ上りで、帰りにスーパーに立ち寄って私と千鶴の分のカップケーキを買ってきました。
夏美は私と千鶴の部屋をノックして自分の部屋に来るように言いました。
「夏美、どうしたの?カップケーキなんか買ってきて。何かいいことでもあったの?」
千鶴は目の前のカップケーキを眺めながら不思議がっていました。
「ははーん、分かった。休暇がもらえたからテンションが上がって私たちの分までカップケーキを買ってきたんだね。」
私はカップケーキを眺めながら図星を当てました。
夏美は黙って首を振りました。
「何はともあれ、休暇がもらえたからよかったじゃん。ケーキをありがたく頂こ。」
夏美は何も言わず、台所へ行って人数分の紅茶をいれてきました。
「今日ね上司に休暇申請をしたら、すんなり受理されて正直驚いたの。」
「そうなんだ。でもこれで3人で同窓会に出席出来たからよかったよ。」
千鶴はすでに安心しきった顔をしていました。
「上司が言うには今まで休んでいなかったから、今回2日間休んでもいいって言われたの。」
「よかったじゃん。」
夏美と千鶴が話に盛り上がっている中、私だけなぜかうたた寝をしてしまいました。
「悪いけど、なんだか眠くなったから先に寝るね。」
「うんお休み。」
「お疲れ。」
「夏美、ケーキと紅茶美味しかったよ。今度お礼するから。」
私は部屋に戻るなり、疲れた体を布団に投げ出してそのまま眠ってしまいました。
3、 同窓会当日
同窓会前日の出来事です。
私は部屋で同窓会に着ていく服をどれにするか、迷っていました。
ワンピースにするか、はたまたはサロペットにするか、パーカーにハーフパンツも捨てがたい。
どうせだから、ウィッグとカラコンもしていこうかなと考えていた時、ドアをノックする音が聞こえてきました。
「はーい。」
「佳代子、今日私の部屋で食事だから来てちょうだい。」
「うん。あ、そうだ。食事代いくら?」
「実家の差し入れだから、今回はただでいいよ。」
「そういうわけにはいかないよ。」
「いいって、いいって。」
「じゃあ、お言葉に甘えてご馳走になります。」
私は申し訳なさそうな顔をして千鶴の部屋に入ったら、肉と野菜の料理がたくさんありました。
「このお肉と野菜の料理、おじさんとおばさんからなの?」
「そうだよ。私、一人だけだと食べきれないから。」
「この料理、良かったらSNSに載せていい?」
「いいよ。」
3人で写真をいろんな角度から撮っていきました。
「さ、冷めないうちに食べよ。」
千鶴は目の前の料理をおいしそうな顔をして次から次へと食べていきました。
私と夏美は千鶴の食べっぷりを見て驚きながら食べていきました。
「そういえば、明日同窓会だけど、着るものを決めた?」
私は箸を休めて千鶴と夏美に聞いてみました。
「普段着でいいんじゃない?場所は居酒屋なんだし。」
「そうだね。」
「あんた、もしかして私たちが決まっていないと返事したら、コスプレでもさせようしたんでしょ?」
「そんなことないよ。」
「夏美、覚えているでしょ?中学の卒業式の帰りの出来事。」
「うん、覚えている。」
「佳代子ったら、卒業式の次の日に体操着かスクール水着を着せて、買い物に行かせようとしたんだよ。」
「確か、高校の卒業式も似たようなことがあったよね。佳代子ったら自分だけでなく、私と千鶴にまでルーズソックスを履かせて登校した途端、先生に注意されて指定の靴下に履き替えさせられたよね。」
「あの時は本当にいい迷惑だったよ。」
千鶴と夏美はすでに同窓会ムードで私のいやな過去を掘り起こして会話を楽しんでいました。
「私、明日は普段着にするよ。」
「その方がいいって。調子に乗って目立つ格好をすると、笑いの種にされるから。」
「私もそう思う。」
食器の片付けを終えて私と夏美は自分の部屋に戻ることにしました。
「私、そろそろ帰るね。今日はごちそうさま。」
「2人ともまた明日ね。お休み。」
「お休み、千鶴。」
そして迎えた当日です。
私はグレーのパーカーに黒のハーパン、白のショートブーツにして、ピンクのカラコンと茶色のショートウィッグを被りました。
洗面所で身だしなみを整えていたら、千鶴がドアをノックしてきました。
「佳代子、準備終わった?そろそろ行く時間だよ。」
「今、行く!」
私が玄関のドアを開けた途端、驚いた表情をしていました。
「あんた、この格好で行くの?」
「変?」
「服装はともかくとしても、カラコンとウィッグはやめた方がいいんじゃない?」
「これ、ファッションウィッグだし、カラコンだってそんなに目立たないと思うよ。」
「今すぐカラコンとウィッグを外してきてくれる?」
私は千鶴にカラコンとウィッグを外すように言われて、髪を整髪料で整えて再び千鶴のところに戻りました。
「じゃあ行きましょうか。」
今日の同窓会は居酒屋でやると聞いたので、3人で東門前駅から京急大師線に乗って川崎駅まで行って、そこからJR南武線に乗り換えて立川に向かいました。
「あんた、そのままみんなの前でウィッグとカラコンを付けた姿を見せるつもりだったの?」
「うん。」
「マジ!?」
「久々に可愛くなったあたしを見せようと思ったけど、ダメだった?」
「久々に会ったあんたの姿がコスプレだったら、みんなドン引きするわよ!」
「ファッションウィッグにカラコンでドン引きする人なんていないよ。」
「百歩譲ってファッションウィッグはともかくとしても、ピンクのカラコンはどうかと思うよ。」
私は千鶴の言っている言葉に納得がいかず、渋々と返事をしました。
夏美は横でクスクスと笑っていました。
「夏美、いったい何がおかしいの?」
「だって、千鶴ったら言い方がお母さんみたいだから。」
「あの格好で同窓会に行かせたら、間違いなくみんなの笑いものにされるだけだよ。」
「確かにそうだけど。」
夏美の笑い上戸が止まらないうちに、電車は終点の立川に着きました。
改札を出て、私たちは駅の南口にある居酒屋へと向かい、中へ入ってみると、すでに何人かの人たちが集まっていました。
「みんな、お久しぶり。」
「お、沼田と沖田、沢口じゃないか。お前たちまだ付き合っていたのか。」
「私たちの友情は永久に不滅ですから。そういえば関口ちゃんは?」
私はキョロキョロとあたりを見渡しましたが、先生の気配がありませんでした。
「まだ来てないよ。」
「そうなんだ。犬山君、そういえば日焼けしてない?」
「お、沼田いいところに気が付いたな。俺、ハワイに行って波乗りをしてきたんだよ。よかったら写真を見てくれよ。」
犬山君はポケットからスマホを取り出して、私たちに写真を見せました。
「かっこいいじゃん。」
「そうだろ。あともっと驚いてほしいのは、俺結婚したんぜ。」
「マジ!?相手は誰?」
「写真見なよ。」
犬山君はスマホで彼女と一緒に写っている写真を見せました。
「この人がお嫁さん?かわいい!」
「そうだろ?大学で波乗りサークルに入った時に、先輩に紹介してもらったんだ。」
「そうなんだ。」
「あと、俺もうじきパパになるんだよ。」
「え!?彼女、妊娠しているの?」
「ああ。」
「犬山、彼女と生まれてくる子供の分まできちんと頑張りなさいよ。」
犬山君が千鶴や私などに冷やかされていた時、一番最後に関口先生がやってきました。
「関口先生、お久しぶりです。」
「お、みんな元気そうじゃないか。」
「先生、僕結婚しました。」
「お!犬山、相手は誰なんだ?」
「大学のサークル仲間です。」
犬山君は少し照れた表情でスマホに写っている彼女の写真を見せました。
「なかなかかわいい子じゃないか。うまくやれよ。」
「ありがとうございます。」
「実は僕、もうじきパパになるのです。」
「だったらなおさらだよな。そういえばお前たち、飲み物は注文したのか?」
「まだです。」
「今日の幹事は誰なんだ?」
「私です。」
「西野か。じゃあ先生はビールにするよ。他にビールを飲みたい人はいるか?」
朋美は指で手を挙げた人数を数え始めました。
ビールを注文している何人かの人が手を挙げている中で、手を挙げなかった人はサワー、ジュース、ウーロン茶などを頼んで、乾杯の音頭をとる準備に入りました。
「みんな、飲み物は届きましたか?それでは久しぶりのみんなの再会に乾杯!」
「乾杯!」
乾杯が終わった途端、運ばれてきた料理を食べながら当時の思い出話や今のことなどで話が盛り上がっていました。
「どう、楽しんでる?」
「朋美、今日はありがとうね。」
「こちらこそ。」
「朋美は家の店を継いでいるの?」
「うん、私ももうじき結婚するの。」
「じゃあ、店は?」
「彼が嫁いで来てくれるの。」
「じゃあ、婿養子?」
「うん。」
「彼とはどこで知り合ったの?」
「ネットで知り合ったの。」
「そうなんだ。」
「うん。佳代子は今何をしているの?」
「私は検察をやっている。」
「すごいじゃん。」
「ありがとう。ちなみに夏美は警察官で、千鶴が弁護士。高校生の3年の夏の時に3人で法律に関わる仕事をしようって約束して、その約束が果たされたの。家も3人で同じアパートに住んでいるの。」
「すごいね。」
「そんなことないよ。私から見たら結婚して店の後を継ぐ朋美の方がすごいって。」
「ねえ聞いてよ、朋美。」
千鶴が唐揚げとレタスを載せた皿を持って私と朋美の会話に首を突っ込んできました。
「どうしたの?千鶴。」
「佳代子ったら、庭でバーベキューをしようとして大家さんに叱られたんだけど、その時私と夏美までとばっちりくらったの。」
「とんだ災難だったね。」
朋美は苦笑いをしながら千鶴の愚痴を聞いていました。
その一方、男子の犬山君と猿江君は修学旅行の思い出話で盛り上がっていました。
「犬山、覚えているか?修学旅行の出来事。」
「うん、覚えているよ。」
「お前さあ、奈良の旅館の夜、寝る前に冷蔵庫の中に足を入れなかったか?」
「覚えているよ。暑くて眠れなかったから、足を入れたんだよ。そういう猿江だって、枕投げをした時に障子を破って先生に怒られていたじゃないか。」
「でもよ、それを上回るバカがいたよな。」
「いたいた、柿崎だろ?あいつ京都の旅館で消火器を倒して先生に怒鳴られた挙句、廊下で正座をさせられていたよな。」
「そういえば、あいつ今日来てないけど、どうしたんだ?」
「結婚してイタリアに行った。」
「新婚旅行に行ったの?」
「あいつ、イタリア人の女と結婚して、新居をミラノにしたんだよ。」
「スゲーな。」
二人がビールを飲みながら会話を弾ませていたら、関口先生が席から立ち上がりました。
「みんな、楽しんでいるところ申し訳ないけど、そろそろ帰らせてもらうよ。」
「関口ちゃーん、もうちょっといようよ。」
「気持ちはわかるが、先生も忙しいんだよ。じゃあ帰るから、お前たちは適当に楽しんでいきなよ。くれぐれも飲み過ぎて終電に間に合わなくなるような真似はすんなよ。」
「関口ちゃーん、またねー。」
みんなは手を振って関口先生を見送りました。
そのあとを追うように犬山君も席から立ち上がりました。
「あれ犬山、お前も帰るのか?」
猿江君が驚いた表情で聞いてきました。
「嫁さん、妊娠中だから早めに帰って家事とか手伝おうと思って・・・。」
「そっか。嫁さんを大事にしてやれよ。」
「それじゃ。」
「犬山君、じゃあね。」
そのあと私も立ち上がった瞬間、朋美が「あれ、佳代子も帰るの?」と聞いてきました。
「うん、うるさい旦那から『早く帰って来い』と言われたから。」
「どちらの旦那さんですか?」
「佳代子、すぐばれる嘘をつくと閻魔様に舌を抜かれるよ。」
千鶴と夏美は私の言葉に突っ込みを入れてきました。
「なーんだ、嘘だったんだ。」
朋美は苦笑いをしながら返事をしました。
「朋美、冷静に考えなよ。佳代子を好きになる物好きな男って世界中探し回ったっていないから。」
「千鶴、それ言い過ぎ。私は将来、白馬に乗った王子様と結婚するのが夢なんだから。」
「あんたは絵本の読み過ぎ。そんな絵本に出て来るようなイケメンがいたら、私が先に手を出しているわよ。」
盛り上がりが頂点に達した瞬間、店員がやってきてラストオーダーを告げてきました。
「盛り上がっているところ申し訳ないですが、そろそろ飲み物のラストオーダーになりました。注文される方はいますか?」
みんなはビールやサワーを注文して飲み終えたあと、朋美は立ち上がってみんなの前であいさつをしました。
「みんな、今日は集まってくれてありがとう。今日の同窓会はそろそろお開きにしたいと思います。次回は何年先になるかわかりませんが、元気な姿でみんなに会えることを私は楽しみにしています。」
朋美が言い終わった瞬間、みんなは大きな拍手をしました。
店を出てJRの改札口に入ろうとした瞬間、何人かの人は多摩都市モノレールの駅に行ってしまいました。
私と千鶴、夏美が南武線の乗り場に向かおうとした瞬間、後ろから「3人ともまってー!」という声が聞こえてきました。
「凛、あんたもこっち?」
「うん。」
私は凛が南武線に乗ることに驚いてしまいました。
「凛、家はどこなの?」
「私?中野島だよ。佳代子たちは?」
「私と千鶴、夏美は東門前なんだけど、アパートも一緒なの。」
「3人とも保育園から一緒なんでしょ?」
「そうだよ。」
「若干一名寂しがり屋さんがいるおかげで、一緒に暮らすようになったの。」
「千鶴の突っ込みって中学から変わってないよね。」
凛は笑いながら返事をしました。
「そういえば、凛ってどこで働いているの?」
「聞いていなかったっけ?」
「うん。」
「私、川崎の自動車ディーラーで働いているの。」
私と凛が会話している時、凛が「自動車ディーラーで働いている」との言葉に、うたた寝していた夏美の目がさえてしまい、会話に参加してきました。
「川崎のどの辺?」
「駅で言うと大師線の港町かな。」
「もしかして日産?」
「うん。」
「私、キックスに乗っているの。営業の人に掛け合って点検とか安くしてもらえないか相談してほしいんだけど。」
「一応相談しておくよ。」
「やったー!」
「夏美、声が大きい。」
千鶴が注意に入ってきました。
「じゃあ、私降りるね。」
「ディーラーで会ったら、よろしくね。」
凛は中野島で降りて、いなくなってしまいました。
「夏美、気持ちはわかるけどさ、ここは電車の中なんだし、周りに気を遣おうよ。」
「ごめん、気を付ける。」
夏美は千鶴に注意されて、少しシュンとしました。
川崎駅に着いて、そこから京急大師線に乗り換えて東門前まで向かい、アパートに着いたころは22時30分を回っていたので、そのまま部屋に入って眠ってしまいました。
4、 小菅村の不思議体験
同窓会から3か月以上が経ち、外ではセミがうるさく鳴いていました。
私はショートパンツにTシャツ姿でテレビを見ていたら、どのチャンネルも海水浴やレジャーの話題ばかりでした。
コップの中に入っているサイダーを飲み干したあと、私はテレビを消して台所でコップを洗っていたら、外から子供たちのはしゃぐ声が聞こえてきました。
洗い終えて、ちょっとだけ窓の外を見ていたらリュックを持った子供たちが親と一緒に駅の方角へと向かいました。
「これからお出かけかあ、うらやましいなあ。私もどこかへ行きたーい!」
そうぼやいていた瞬間、ドアをノックする音が聞こえてきました。
もしかして大家さんが家賃の取り立てにやってきたのかと思っていたので、私はそうっとドアを開けてみました。
「あの、大家さんですか?」
「そうだよ、私は大家だよ。」
私は恐る恐る顔を覗き込んだら、夏美でした。
「・・・って、夏美?」
「佳代子、もしかしてまた家賃滞納しているの?」
「いやあ、そうじゃないけど、あのおっかない顔で取り立てられるのは勘弁してほしいから。」
「大家さんが『沼田さんだけ、家賃の支払いがいつも遅い』って言っていたわよ。」
「次から、早めに用意しておくよ。それより、玄関だと暑いから中へ入って。」
夏美は私の散らかった部屋を見るなり、呆れていました。
「佳代子、何この部屋。少しは片付けをした方がいいよ。大家さんや千鶴が見たら、間違いなくうるさく言われるよ。」
「そうだね。」
「私も手伝うから。」
私は夏美に手伝ってもらいながら、掃除を始めました。
「佳代子、古いファッション誌ってまだ残しておくの?」
「もう読まない。」
「じゃあ、縛っておくね。」
夏美は自分の部屋からビニールテープとはさみを用意して縛って、玄関の外へ出しました。
「ありがとう。」
「金曜日、ミックスペーパーの日だからちゃんと出しておくんだよ。」
「わかった。」
そのあとも掃除機と雑巾で床や柱などを掃除していき、いつの間にかきれいになりました。
「夏美、ありがとう。」
「次から1人でやってちょうだいね。」
「よかったらアイス食べる?」
「じゃあ、頂こうかな。」
「棒付きのチョコアイスでいい?」
「うん、頂きます。」
夏美は疲れきった顔をしてアイスを食べていきました。
「佳代子、このあとって時間取れる?」
「何で?」
「ディーラーに車を持って行って、オイル交換をやってもらおうと思っているんだけど・・・。」
「もしかして、凛のところに行くの?」
「いるかどうか分からないよ。」
「それでも行く!あと千鶴も誘おうよ。」
「千鶴は今日仕事。」
「そっかあ・・・。」
「わかったなら、早く着替えて準備して頂戴ね。言っておくけど、カラコンとウィッグは禁止だからね。」
「わかっているわよ。」
身支度を済ませて、私は夏美の車に乗って港町駅近くのディーラーまで行きました。
ディーラーに着くなり、受付の人が車にやってきて出迎えてくれました。
「予約していました、沖田です。」
「沖田様、お待ちしておりました。オイル交換で来られたのですね。」
受付の人は夏美と私を建物の中に案内して手続きに入りました。
「あの、つかぬことをお伺いしますが、今日は凛・・・じゃなくて丸山さんはいらっしゃいますか?」
「丸山ですか。失礼ですが、どういったご関係なんですか?」
「丸山さんとは中学の時の同級生なんです。」
「そうなんですね。少々お待ち頂けますか?」
待つこと数分、受付の人が凛を呼んできました。
「こんにちは。」
凛は制服姿で私と夏美に氷の入ったアイスコーヒーとミルク、ガムシロップを運んできました。
「同窓会以来だね。」
「そうだね。」
夏美は凛を見るなり、少しぎこちない感じでいました。
「そういえば、今日は千鶴来てないの?」
「千鶴は秋葉原に行って、コスプレ喫茶のバイトをしている・・・。」
「違うでしょ。」
夏美は私が言い終わらないうちに頭を平手で強めに叩きました。
「本当は今日出社なの。さっきLINEでメッセージが来て、迎えを頼まれたから。」
「確か千鶴って、この近くの法律事務所で働いているんだよね。」
「うん。」
「夏美、面倒だからここに来させる?ついでだから、凛に会わせたいし。」
「佳代子、凛はまだ仕事中なんだから、その辺考えなさいよ。」
「そうだったね。」
「そういえば、知ってる?同窓会の時、男子の会話を聞いていたんだけど、柿崎君、イタリア人の女と結婚したみたいだよ。新居もミラノだし。」
「ミラノ!?」
私は凛の言葉に思わず大声を上げてしまいました。
「あの柿崎君が国際結婚ってすごいよ。」
「本当だよね。」
「私もイタリア人の男と結婚してみたい。」
「あんたには無理でしょ。」
夏美は「現実を見なさい。」という顔で私に言ってきました。
「えー!」
凜は私と夏美の会話を聞いて笑っていました。
「あと話は変わるけど、先日山梨までドライブに行ったときに、ちょっとした不思議な体験をしてきたの。」
「どんな体験をしてきたの?」
凛は声を押し殺すような感じで小さい声で私たちの前で話しました。
「普通に話せないの?」
「他の客がいるから、無理。」
「それで、話って何?」
「実は私、友達と一緒に奥多摩へ行ったのはいいんだけど、ついつい写真撮影に夢中になって暗くなるまでいたの。そしたら、友達が『今夜は遅いから、どこか一晩泊めてもらえる場所を探そう』って言ったの。」
「それで?」
「車を国道139号線の方角へ走らせて、山梨県小菅村に入ったの。私はカーナビを無視して小菅村の奥へ進んだら、寂しい集落に入り込んでしまって、私は車を降りて人がいないか捜し歩いてみたの。数分歩いていたら白いワンピースを着た6歳くらいの女の子がやってきて『一緒にかくれんぼしよ』って言ってきたの。私は怖いものを感じたから、走って車に戻って小菅村の中心にある小さな民宿に止めてもらうことにしたの。」
私はアイスコーヒーを飲みながら凛の話の続きを聞きました。
「私は民宿の女将に小菅村の奥にある小さな集落にいた女の子の話をしたら、40年以上も前に廃村になって、誰もいないと言ったの。だから、私はもしかしたら、女の子の正体は幽霊かもしれないと思って、友達とおびえながら、一夜を過ごしていったの。」
「そうなんだね。」
「お話し中のところ本当に申し訳ありませんが、うちの丸山をそろそろお仕事に戻して頂きたのですが・・・。」
「あ、すみません。」
「佳代子、夏美、ごめんね。」
凛は上司に連れらて、奥へ行ってしまいました。
その数分後、受付の人からオイル交換終了を知らされたので、車に乗って千鶴のいる事務所まで迎えに行きました。
家に戻って夕食を済ませた後、夏美のスマホに親戚が経営している民宿から電話が来ました。
「もしもし。」
「夏美ちゃん久しぶり。お仕事頑張ってる?」
「おばさん、お久しぶりです。お仕事は何とか軌道に乗っています。」
「それを聞いて安心したよ。今年の夏は来られそう?」
「上司に掛け合ってみます。あと友達も誘っていいですか?」
「もちろん、いいわよ。お友達の都合も確認してから来て頂戴ね。」
「わかりました。それではよろしくお願いいたします。」
夏美は電話を切り、自分の部屋に私と千鶴を呼びました。
「予定を確認したいんだけど、みんなの休みはいつからいつまで?」
私と千鶴は手帳を取り出して確認し始めました。
「8月15日から8月19日まで。」
「私も佳代子と同じ。」
「了解。」
「明日所長とかけあってみるよ。」
「私も。」
「2人ともよろしくね。」
次の日の夜、私と千鶴は夏美の部屋に呼ばれて改めて予定の確認をしました。
「2人ともごめんね。休みとれた?」
「私はバッチリだったよ。」
「私も取り調べがあったけど、他の人に代わってもらった。」
「それやばくない?」
千鶴が少し不安そうな顔をして聞いてきました。
「その代わりデータ入力や書類の整理、電話とか雑務メインを引き受けることになった。」
「本当に大丈夫なの?」
「うん。」
「佳代子、旅行はまた今度にして取り調べはあんたがやった方がいいんじゃない?」
「もう決まったことだし、それは遅いと思う。」
「もしかして、取り調べを引き受けたら裁判にまでつながると思って断ったとか?」
「うん。」
「あきれた。」
「でも、裁判への起訴なら過去に何度もしたことがあるから、今回は雑務を引き受けることにしたんだよ。」
「それで、明日は何をするの?」
「午前中は掃除係と一緒にゴミ捨てと事務所と廊下の掃除。午後は書類の整理。」
「あんたのことだから、そのまま作業服を着て掃除係を続けそうだよ。」
「それは絶対にないから、大丈夫だよ。」
「何を根拠に言えるわけ?」
「検察官のバッジがあるから。」
「没収されないことを祈るよ。」
「じゃあ、これから神社に行って神様にお願いしようか。」
「行くなら、どうぞ。」
「えー!千鶴も行こうよ。」
「私は疲れたからパス。」
「夏美は?」
「ごめん、私も体力を使いきったからパス。」
「というわけで、神社は1人でどうぞ。」
千鶴はいじわるそうに言いました。
結局その日は神社に行かず、部屋で寝ることにしました。
そして次の日から旅行の準備が始まりました。
5、 いざ、山梨へ。
話は8月の2週目に飛びます。
夏美は川崎警察署の応援で競輪場周辺を巡回していた時でした。
パトカーから降りて、外の風に当たるついでに横浜地検・川崎支部の前を歩いていたら、作業服とゴム手袋にマスク姿でごみを捨てている私を見て声をかけました。
「あれ、佳代子だよね?」
夏美はそばによって私の顔をジロジロ見ました。
「誰かと間違っていませんか?」
「佳代子、やっぱりそうだよね?」
「私はあなたの知っている方ではありません。」
「顔を見せなさい!」
夏美は私に半ば強引に近づこうとしたので、私は観念してマスクを外し、夏美に顔を見せました。
「夏美、なんでこんな場所にいるの?」
「今日は川崎警察署の応援で、この周辺を巡回していたの。本当に掃除係の手伝いをしていたから驚いたよ。千鶴の言うように本当に検事を降ろされたんじゃないでしょうね?」
「それはないよ。だって、バッジは無事なんだから。」
私は夏美に作業服に付いている検察官のバッジを見せました。
「頼むから、バッジは無くしたり没収されたりすることのないように気を付けてね。」
「大丈夫だよ。」
「あんたの『大丈夫』にはいつもヒヤヒヤさせられるよ。じゃあ、私は巡回に戻るから、あんたも掃除頑張ってね。」
「うん、わかった!」
私は夏美がパトカーに乗っていなくなったことを確認し、再びマスクをして掃除の手伝いを始めました。
そして旅行当日になり、車のトランクに荷物を次から次へと詰めていきました。
最後に私の荷物を積めようとした瞬間、夏美は私の荷物を見るなり、驚いた表情をしていました。
「佳代子、一応聞くけど、これって絶対に着替えと洗面具だけじゃないよね?」
「うん、お菓子とジュース。」
「他には?」
「トランプ。」
「うそ、まだあるんでしょ?」
「うん。」
「何?」
「人生ゲーム。」
「あきれた。」
夏美は呆れた顔をしながらも私の荷物を詰めていきました。
「着いたら、自分の荷物は自分で運ぶんだよ。」
「はーい。」
夏美は国道409号線から、ひたすら多摩川沿いを走らせていき、多摩川原橋を渡って甲州街道へと向かっていきました。
調布インターから中央道へ入り、料金所へ近づいたとたん、私は財布から1000円札を取り出して渡そうとしたら、夏美に断られてしまいました。
「一応ETCがついているから、大丈夫だよ。」
「せめてガソリン代だけでも払うよ。」
「あ、私も。」
私と千鶴は1000円札を取り出して、夏美に渡しました。
「帰りも払うから、忘れていたら催促してね。」
「2人から2000円もらえば充分だから。このお金はありがたく受け取っておくね。」
車は中央道の八王子市内から圏央道に入って青梅インターに向かい、そこから国道411号線を走り、山梨県の小菅村へと向かいました。
移動中は音楽を聴いたり、お菓子を食べたりと会話を弾ませていきました。
「そういえば気になったけど、佳代子のスマホって音楽どれくらい入れているの?」
助手席に座っていた千鶴はカーナビの画面に表示されている私の音楽情報の数を見て驚いていました。
「うーん、分からないけど、たぶん曲にして7000曲近く入っているかな。CDの枚数にして600枚くらい。ほとんどアニメ関係だから。」
千鶴は頭を抱えて何も言い返せない状態でいました。
「あと、お菓子はチョコ系が多いのは気のせい?」
「うん、チョコ系ばかりだよ。あとビスケットもあるし、ピーナッツもあるよ。」
「なんかいい加減、喉が渇いた。」
千鶴は自分のバッグからペットボトルの緑茶を取り出して、飲み始めました。
「ふー、生き返る。」
「一気に飲むとトイレが近くなるよ。」
「心配には及びません。」
車はどんどん山の中へ入っていき、深山橋交差点から国道139号線に入り、山梨県小菅村の中心へと向かいました。
村の奥へ進むと、小さな民宿が見えました。
入り口には「民宿こすげの里」と書かれていて、さらに奥へ進むと「来客用駐車場」と書かれた看板が見えました。
駐車場は少し傷んだセメントに消えかかりそうな白線で駐車スペースが設けられていました。
夏美は真ん中あたりに車を停めて、トランクを開けました。
「自分の荷物は自分で持って移動しましょ。」
千鶴と夏美は少な目でしたが、私だけ荷物が多かったので、みんなよりも時間をかけて移動しました。
「神奈川から来ました、沖田です。」
「あれ、もしかして夏美ちゃん?」
「岩崎さん、ご無沙汰しています。おばさんは?」
「今、呼んでくるからね。」
ロビーでお茶を飲みながら待っていたら、エプロン姿の女将さんと思われる人がやってきました。
「ここの女将であり、夏美の叔母の栗原と申します。姪がいつもお世話になっています。そして何もない田舎まで遠いところからお越しいただいて、ありがとうございます。」
「いいえ、こちらこそ。夏美さんにはいつもお世話になっています。そしてお招きいただきまして、ありがとうございます。」
「本当に世話になっているよね。今日だって誰かさんの用意した甘すぎるチョコとアニソンに付き合わされてきたから。」
私が女将さんに挨拶をしたら、横から千鶴が私にイヤミをぶつけてきました。
「嫌なら無理して付き合わなくてもいいんだよ。」
「じゃあ、佳代子だけ帰りは電車とバスで決まりだね。」
「えー!」
そいれを聞いていた女将さんは笑っていました。
「恥ずかしいところをお見せしちゃいました。」
千鶴は恥ずかしそうな顔をして返事をしました。
「みなさんは、どういったご関係なんですか?」
「私たち、夏美さんとは保育園の時からの幼馴染なんです。」
「そうなんですね。」
「お二人のご職業は?」
「私が検察官で、千鶴が弁護士です。」
「そうなんですね。お二人は法律に関わるお仕事をされているのですね。」
「はい、そして夏美さんが・・・。」
「知っています、夏美は臨港警察署の巡査長なんですよね。」
「よく、ご存知で・・・。」
「夏美から電話で伺いました。では、皆さんをお部屋までご案内します。」
女将さんは私たちを2階の左側奥にある大きな部屋に案内しました。
「それでは何か御用がありましたら、お声をかけてください。」
女将さんがいなくなったあと、私たちはテレビを見たり、体を大の字にしてくつろいでいました。
「そういえば、ここって大浴場ってないの?」
私は大浴場がないことに気が付いて夏美に聞きました。
「ないよ。だって、ここは温泉旅館じゃなくて、民宿なんだから。」
「露天風呂もないの?」
「うん。」
私の頭の中では露天風呂や大浴場があると思い込んで期待しました。
「でも、ここの浴室って温泉が出てくるから入ってきたら?」
「夏美は一緒に入らないの?」
「うん。」
「何で?」
「その理由は入ってみたらわかるよ。」
私は夏美の言葉に理解できないまま、夕食の時間を迎えました。
夕方になって、1階の広間に行っみたら人数分の料理が置いてあり、テーブルの真ん中あたりには大きなお皿に載せた山菜の天ぷらがありました。
「うわー、すごい!こんな料理見たことがない。じゃあ、早速頂こうか。」
私が手を出そうとした瞬間、千鶴が私の手を叩きました。
「佳代子、お行儀が悪い。みんなが食べる準備をしたらでしょ?」
「そうだけどさ・・・・。お腹が空いたから。」
「来る途中、散々お菓子を食べてきたのに、もうお腹が空いたの?」
「だって、目の前の料理を見たら、お腹が空いたんだもん。」
「まずは乾杯をしよ。佳代子はオレンジジュースだよね?千鶴は?」
「どうしようかな・・・。私もオレンジジュースにする。」
結局3人でジュースで乾杯をすることにしました。
「今日の移動、お疲れさまでした。かんぱーい!」
夏美が乾杯の音頭をしたあと、目の前の料理をスマホで撮影しながら食べていきました。
「今日の料理SNSに載せるの?」
「うん。みんなが食べているところ撮ってもいい?」
3人で交代で撮影しながら、食事を進めていきました。
食事を終えて部屋に戻り、重たいお腹をさすりながら部屋で横になりました。
「夏美、お風呂何時ごろ入る?」
「何時でもいいよ。」
「入る順番、じゃんけんで決めない?」
「うん。」
「じゃあ、じゃんけんするから千鶴と夏美起き上がってくれる?」
3人でお風呂に入る順番を決めました。
「じゃあ、いくよ。じゃーん、けーん、ぽーん!」
「やったー!私が勝った!」
「じゃあ、佳代子が一番ね。」
私は着替えと洗面具を持って浴室へと向かいましたら、中へ入ってみると家の風呂と変わりない広さでしたので、驚きました。湯船に入ってみると温泉になっていて、入ってみたらとても気持ちがよく、思わず眠りそうな感じでした。
湯船に入ってしばらくすると、浴室の外から誰かが見ているような気配がしましたが、外は茂みになっていたので、人なんているわけがないと思いました。
しかし、ここは一つ警戒して私はすぐに脱衣所に戻り、洋服を着て部屋に戻りました。
「今、浴室の窓から人の気配がした。」
「浴室の外は茂みになっているんだから、いるわけないでしょ?」
夏美は強く否定しました。
「だって何か視線を感じたから・・・。」
「気のせいでしょ?」
「そうだよ。夏美と親戚の方に失礼じゃない?」
「だって・・・。」
「わかったから、この話はおしまい。じゃあ次、私が風呂に入ってくるね。」
千鶴は着替えと洗面具を持って風呂に向かいました。
「さっきはごめん・・・。」
私は夏美に一言謝りました。
「大丈夫、気にしてないから。佳代子は疲れているんだし、今日はゆっくり休みな。」
私と夏美は布団を敷いて、寝る準備を始めました。
「そういえば、ここって浴衣ないの?」
「ないよ。」
「そうなんだ。じゃあ、私体操着に着替えるね。」
「そういうのは家だけにしておきなさい。」
「だって、暑いんだもん。」
「だからと言って、体操着はないんじゃない?」
私は用意した体操着に着替えて布団に入りました。
風呂から戻ってきた千鶴は私を見るなり、何も言いませんでした。
「一つだけ聞いていい?」
「この体操着はどうしたの?」
「ネットで買った。」
「あと中学の時の体操着とブルマも用意してある。」
「私と夏美、別の部屋でいい?」
「なんで?」
「恥をかくのは佳代子一人だけで充分だから。」
「可愛いのに。」
「ここまで来て、コスプレするか?」
「別にいいじゃん。私たちしかいないんだし。」
「とにかくパジャマに着替えてちょうだい。用意してあるんでしょ?」
「うん。」
私は千鶴に言われながら、渋々と着替え始めました。
「別いいじゃん。ケチ。」
「ケチで結構ですよ。」
私は用意した体操着を旅行バッグにしまい込みました。
「そういえば千鶴は夏美から凛の話聞いた?」
「何も聞いていない。」
「この近くに廃村跡があって、そこで白いワンピースを着た6歳くらいの女の子がやってきて『一緒にかくれんぼしよ』って言ってきたらしいの。」
「それって、幽霊?」
「そこまでは分からない。明日3人で調べてみない?」
「いいけど、夏美が戻ってから話を進めよ。」
「そうだね。」
その数分後に夏美が部屋に戻ってきて、私は夏美と相談したら了承してくれたので、翌日の夕方に食事を済ませて、みんなで行くことにしました。
6、 見知らぬ女の子とかくれんぼ
話は翌日の夕方に飛びます。
夕食を済ませて私たちは女将さんから廃村のことを聞き出しました。
「実は私の友人からこの近くに廃村跡があると聞いたのですが・・・。」
「廃村ねえ・・・。」
女将さんは少し頭を抱えながら考えました。
「もしかして、西小菅村かもしれない。終戦前までは小菅村は西と東に分かれていたんだけど、人口があまりにも少なかったから、終戦後に東を残して、西を廃村にして合併にすると決まったんだけど、当時の村長さんや自治体、住民たちは猛反対したんだよ。東の村長さんは『みんなの居住地を提供するから』と言って話をまとめて、そのために山を少し切り崩して西の住民のために小さなマンションを建ててあげたの。」
「そうなんですね。実は素朴な疑問なんですが、西の村長さんはどうされたのですか?」
「村長さんは東の副村長になったの。しかし、その数か月後に東の村長さんが突然倒れてしまって、そのまま死んでしまったの。原因は分からないけど、西の住民からは西を廃村にさせたから呪われたんじゃないかとささやかれたの。」
「その呪いとは?」
「私も詳しいことは分からないけど、実は西小菅村の奥に小さな墓地があるんだけど、東の村長さんはそれを西においてあっても仕方がないと言う理由で、東に移動させようとしたらしいの。」
「住民と言うか、ご家族の許可は頂いたのですか?」
「それが、村長の権限を利用して無断で移動させようしたから、それが原因で呪われて死んだという説になっているけど、そのあと当時の副村長が村長になって、東小菅村から今の小菅村になったんだよ。」
「そうなんですね。実はつかぬことをお聞きしたいのですが、西小菅村に当時6歳くらいの女の子がいたという話を伺ったのですが・・・。」
「6歳くらいの女の子ねえ・・・。それは聞いたことがない。」
「そうですか、分かりました。いろいろとお話を聞かせて頂いて、ありがとうございました。」
私は女将さんにお礼を言って、3人で車に乗って西小菅村の跡地へと向かいました。
小菅村を南西に向かっていくと街灯が無くなり、辺りは墨に塗られたように真っ暗でした。
夏美は車のライトを上向きにして、速度を下げていきました。
しばらくすると舗装道路が終わって砂利道になってしまい、さらにその奥へ進むと<西小菅村>と書かれた少しさびた小さな標識が立っていました。
カーナビは道からそれてしまい、矢印は山の中を指している状態でした。
夏美はあたりをきょろきょろと見渡してUターンが出来る場所がないかを探していましたが、無そうでしたので、そのまま村の奥へゆっくりと進んで行きました。
農家の家の跡地と思われる場所があったので、夏美はそこに車を置いて辺りを散策することにしました。
「ねえ、この辺って街灯もないし、まっくらじゃん。ハザードくらいつけた方がいいんじゃない?」
私は少し心配になったので、夏美に言いました。
「ハザードつけると目立つし、車上荒らしが来たら怖いから、このまんまにしておくよ。それに万が一に備えてLEDの懐中電灯もあるから。」
夏美は懐中電灯をつけたり消したりしました。
「どこへ行く?」
「まずはお墓へ行ってみない?」
「お墓!?」
私は思わず大きな声を上げてしまいました。
「もしかして、佳代子怖い?」
「だって幽霊が出るんでしょ?」
「さあ、それは分からないよ。」
「大丈夫よ。すぐ行ってすぐ戻ればいいんだから。」
千鶴は私の背中を押してお墓の方角へと進んで行きました。
私は昔から幽霊とか怪談話が苦手で、遊園地のお化け屋敷も入ったことがありませんでした。
今回、西小菅村に行くと聞いた時も正直気がのらなかったのですが、民宿で1人でいるのも退屈でしたので、一緒に行くことにしたのです。その上墓地に行くと聞かされたので、逃げたい気持ちでいっぱいでした。
夏美は懐中電灯を照らしながら、ゆっくり歩いていきました。
「どっちへ進むの?」
しかし夏美と千鶴は無言のままでいました。
知らない土地でのまっくらな夜でしたので、不安が募るばかりでした。
しばらくすると、長い上り坂に差し掛かり、それをゆっくり歩いていきました。
ところが、どこまでも続く上り坂に息を切らしてしまい、ついに休憩する始末になってしまいました。
「この坂道ってどこまで続くの?」
私は息を切らせながら、夏美に言いました。
「わからない。」
「ねえ、自販機ない?」
千鶴はゼーゼーしながら夏美に言いました。
さらに上を目指して進んで行ったら、頂上が見えてきてその先に見えたのは古い墓地でした。
その直後の出来事です。
「ねえ、お姉さんたち、私と一緒にかくれんぼしない?」
後ろを振り向いたら白いワンピースを着た6歳くらいの女の子が立っていました。
女の子は軽くニッコリ笑って声をかけてきました。
「いいわよ。」
私は思わず返事をしました。
「じゃあ私たちが隠れるから、お姉さんたちの中で1人鬼になってくれる人を選んでね。」
「私たち?ほかにいるの?」
私は思わず聞き返しました。
「実は会ってほしい人がいるの。」
「そうなんだ。わかった。」
私たちは3人でじゃんけんをして鬼になる人決めました。
その結果、わたしが鬼になりました。
「決まったよ。」
「わかった。あと一緒にかくれんぼする私の姉妹を呼ぶね。出ておいで。」
女の子は2人ほど出てきて、なぜか両方とも浴衣に狐面を被っていました。
「ねえ君たち、これ何のコスプレ?すごく可愛いから写真撮らせてくれる?」
私がスマホで写真を撮ろうとした瞬間、千鶴が私の頭を叩いてきました。
「いったーい、何すんのよ。」
「あんた、空気読みなさいよ!」
「いいじゃない、写真くらい。」
白いワンピースの女の子は着物の姿に狐面を被った女の子を紹介しました。
「ピンクの浴衣がお姉ちゃんで、紫の浴衣が妹なの。じゃあ、かくれんぼするから、ちゃんと探してね。」
「わかった。ねえ、一つだけ聞いていい?」
「何?」
「あなたの妹や姉さんは何で狐面を被っているの?」
「それを聞く?」
「知られたヤバイの?」
「知らない方がいいよ。」
白いワンピースの女の子は一瞬にやりとして隠れ始めました。
私は目を隠して、10数えました。
「もういいかーい?」
「まあだだよ。」
「もういいかーい?」
「もういいよ。」
私はみんなが隠れている場所を探しました。
「あ、千鶴みーっけ。」
「夏美みーっけ。」
墓石に隠れていた千鶴を見つけ、その次にトイレの裏側に隠れていた夏美を見つけました。
「簡単に見つかったね。」
夏美はつまらなそうな顔をして出てきました。
「残りはあの3人だけよね。」
しかし、どこ探しても見つかりませんでした。
「浴衣に狐面をしたコスプレの女の子と白いワンピースを着た甘ロリの入った女の子、いたら出てきてー。」
「あんた、なんていう呼び方をするの。」
「だって、名前が分からないんだもん。」
「だからと言って、あんな呼び方ってないんじゃない?」
千鶴は呆れて何も言い返せませんでした。
しかし、女の子たちの返事はありませんでした。
「これ以上探しても、キリがないから民宿へ戻ろう。」
「甘ロリの女の子とコスプレの女の子、明日も来るから写真撮らせてね。」
「撮影禁止!」
「いいじゃん、ケチ!」
私たちが坂を下りようとした瞬間、背後から何か気配がしました。
「そういえば来た時って、お地蔵さんってあったけ?」
夏美は何か不思議そうに草の茂みにあるお地蔵さんを眺めていました。
「とにかく帰ろうか。」
「そうだね。」
私は夏美に帰るよう促しました。
農家の家の跡地に着いたころ、またしても何か気配を感じました。
私たちが車に乗ろうとした瞬間、白いワンピースの女の子と狐面の女の子が立っていました。
夏美が運転席の窓を開けて、声をかけるよりも先に女の子が先に声をかけてきました。
「なんで、私たちを置いていなくなったの?」
「なんでって、言われても・・・。さっきまでずっと探していたんだよ。見つからなかったから仕方なしに引き上げたの。明日はもっと明るいうちに来るから、よろしくね。」
夏美は急ぐかのように車を走らせて、民宿へと戻りました。
「そういえば、一つ気になったことがあったけど・・・。」
「どうしたの?佳代子。」
夏美は少しこわばった表情で私に尋ねてきました。
「実はかくれんぼを始める前に、甘ロリの女の子から狐面の下のことを聞こうとしたら、『知らない方がいいわよ。』と顔をにやりとさせて言ってきたの。」
「それはちょっと気になるよね。」
「女将さんって何かそういう情報持ってない?」
千鶴は夏美に情報を求めようとしました。
「ごめん、おばさんも知らないと思う。」
民宿へ着いたころには夜中近くになっていました。
「女将さん、ただいま戻りました。」
「あ、お帰りなさい。どちらまで行かれたのですか?」
「実は私たち、西小菅村に行ってきたのです。」
「西小菅村!?」
「女将さん、どうされたのですか?」
女将さんは突然厨房へ行って、塩を取り出し、私たちにかけました。
「あなたたち、よく無事に戻って来られたね。」
「どういうことですか?」
「あそこは、幽霊村となってしまったんだよ。」
「幽霊村?そんなこと話していませんでしたよね?」
「まさか行くとは思わなかったからだよ。」
「女将さん、実は私たち西小菅村の墓地へ行ってきたのです。そしたら、6歳のワンピースの女の子と浴衣を着た狐面の女の子が『かくれんぼしよ』って言ってきたのです。」
「それなら、私から話そう。」
横で聞いていた番頭さんが口をはさんできました。
「これは私の父から聞いた話なんだけどな、父は西小菅村出身で、廃村になる直前までいたんだよ。」
「それで、番頭さんのお父さんと、墓地で見かけた女の子がどいう言う結びつきがあったわけ?」
私は番頭さんの話に突っ込みを入れてみました。
「まあ、慌てなさんな。」
「実は終戦を迎えた最初の夏の日、西小菅村では平和を祝うかのように神社で夏祭りを開いていたんだよ。」
「戦争に負けて、お祭りを開いていたら不謹慎に思われますよね?」
「まあ、普通はな。頼むから最後まで話を聞いておくれ。」
「佳代子、ちゃんと話を聞きなさい。」
今度は千鶴にまで注意されました。
そのあと番頭さんは続きを話しました。
「お祭りを開いて数分、空から雨が降り出してきたんだよ。雨は次第に強くなってきて、お祭りは中止になり、みんなはいっせいに雨宿りをし始めたんだよ。ところが浴衣を着ていた女の子二人と白いワンピースを着た女の子が神社の裏にある崖に足を滑らせて転落してしまい、大人たちはすぐに救助に当たろうとしたんだけど、いかんせん、崖の下は川が激しく流れていてそのまま溺れて死んでしまったんだよ。」
「そうだったのですね。かわいそうです。」
「本当だ。」
「一つ気になったのですが、『かくれんぼ』したがっていた理由は分かりますか?」
「そこまでは分からない。」
「わかりました、ありがとうございます。女将さん、明日西小菅村に行って、かくれんぼをやりたがっていた理由を探ってきます。」
「やめておきな。」
「私、こう見えても横浜地検の検事ですので。」
「まあ、頼もしい。」
「女将さん、見た目通り頼もしくない検事ですから。」
「千鶴、それ言い過ぎ。」
「なら肩書にふさわしい行動とお仕事をやってください。」
「だから、やっているじゃん。」
女将さんは私と千鶴のやり取りを聞いて笑っていました。
次の日の夕方、私と千鶴、夏美は車に乗って西小菅村へと向かい、昨日と同様、農家の家の跡地に車を停めて、墓地に向かいました。
私たちは3つ並んでいるお地蔵さんに合掌したあと、女の子たちがやって来るのを待っていました。
30分ほど待っていたら、墓地の入口から女の子がやってきました。
「お姉さんたち、また来てくれたんだね。今日も一緒にかくれんぼしよ。」
白いワンピースを着た女の子は軽く笑みを見せました。
「今日はどこでかくれんぼする?」
「どこでもいいよって言いたいんだけど、神社だけはやめてよね。」
「知ってる。事故があったからでしょ?」
「なーんだ、知っていたのか。」
白いワンピースの女の子はつまらなそうな顔をして返事をしました。
「一つだけ聞いてもいい?何で私たちとかくれんぼしようと思ったの?」
千鶴は鋭い視線で女の子に問い詰めました。
「千鶴、取り調べじゃないんだから、おっかない顔で質問するのやめなよ。かわいそうでしょ。ねえそれより、かくれんぼしてあげる代わりにお嬢さんの写真を撮らせてくれる?」
私が少しにやけた顔でスマホを取り出そうした瞬間、千鶴が私の頭を叩きました。
「あんたこそ、秋葉原にいるタチの悪い変態オタクか?おびえているじゃない!」
「取り調べをやっていた千鶴だけには言われたくない!」
「2人とも喧嘩をしない。」
その時、夏美が止めに入ってきました。
「ねえ、良かったら何で私たちと一緒にかくれんぼしたいのか教えてくれる?」
夏美は女の子の目の高さに合わせて質問しました。
「おお!さすが現役のおまわりさん。ちゃんと目の高さを合わせて、すごい。」
私が関心して言ったら夏美は「こんなのできて当たり前よ。」と言いました。
「私の住んでいる場所は戦争になっているから、ここには縁故疎開で来たの。」
「縁故疎開って言うと、親戚のおじさんかおばさんの家にいたの?」
「ううん、おばあちゃんの家。おばあちゃんの家はとても大きいから、妹もお姉ちゃんも一緒においてくれたの。」
「そうなんだ。」
「でも、周りにはお友達がいなくて、お姉ちゃんと妹だけでかくれんぼしてもつまらなかったの。」
私たちは女の子の話を黙って聞いていました。
「しばらくして戦争が終わった時には、家は空襲で焼かれて、お父さんとお母さんはアメリカ兵に殺されたの。」
「かわいそうだね。」
「それで、私と妹とお姉ちゃんはそのままおばあちゃんの家で暮らしていったの。」
「そうなんだね。わかったから、お姉ちゃんたちもかくれんぼに混ぜてくれる?」
「いいよ。」
その日は女の子たちが満足するまで、墓地だけでなく学校の跡地などにも行ってかくれんぼに付き合い、そして最後に墓地に戻りました。
「今日は本当に楽しかったよ。」
白いワンピースを着た女の子はとても満足そうな顔をしていました。
「ううん、私たちでよかったらいつでも付き合うから。」
「私たち、そろそろ行くね。」
「待って。」
千鶴は女の子たちを引き留めました。
「狐面の下ってどうしても見せられないの?」
「本当に知りたい?」
千鶴は黙って首を縦に振りました。
「見たら絶対に後悔するよ。」
「絶対に後悔しない。」
白いワンピースの女の子は浴衣を着た女の子に狐面を外すよう、促しました。
浴衣の女の子はゆっくりと狐面を外したら、その顔は私たちの想像を絶する恐ろしい顔になっていました。
「驚いたでしょ?」
私たちは思わず、口を手に当ててしまいました。
「その顔は・・・・?」
「本当のことを教えてあげるね。私と妹と姉は戦争が始まる直前まで東京の麻布で暮らしていたの。そこはなんでもそろっていて何一つ不自由のない生活をしていたの。いざ戦争が始まって私は姉と妹を連れて、おばあちゃんのいる西小菅村まで疎開してきたの。」
とても6歳とは思えない感じのしゃべり方で私たちの前で話を続けました。
「奥多摩の駅から、ひたすら足が棒になるまで歩き続けて、やっと西小菅村にたどり着いたの。おばあちゃんは笑顔で私たちを歓迎してくれて、温かいごはんやお風呂を用意してくれて、とても幸せな日々を過ごしてきたの。しかし月日が経つにつれ、おばあちゃんの態度が変わって、まるで鬼のような顔をして私たちに仕事を押し付けてきたの。皿を割れば頭を叩く、畑仕事で一休みすれば鞭が飛ぶ。そんな地獄のような日々を私たちは過ごしてきたの。日本が終戦を迎えた最初の夏、おばあちゃんの家に電報が届き、家に帰れると思ったら、家は空襲で焼かれ、父さんと母さんはアメリカ兵に殺されたと書かれていたの。」
「じゃあ、家に帰れなくなったんだね。」
今まで黙っていた夏美が聞き出しました。
「正直、それを知った時には驚いた。でもね他に帰る場所がないから、我慢しておばあちゃんの家にいたの。」
「そうなんだね。」
「その日、神社でお祭りがあると言われて、私と姉と妹はそれぞれおばあちゃんから100円ずつ渡されたの。」
「たった100円じゃあ何も買えないんじゃん。」
「100円って今の2000円くらいの価値になるんだよ。」
「そうなんだね。」
女の子はさらに話を続けました。
「私たちはうれしくなって、いつものように掃除や炊事をやっていったの。ところが妹がおばあちゃんの大事にしていた湯飲み茶碗を割ってしまい、それを見たおばあちゃんは狂ったように怒り出して妹の顔にタバコで焼きつけたり、湯飲みの破片で姉の顔を切り付けてしまったの。」
「なんで、お姉さんまでがやられたの?」
「一緒にいながら注意をしなかったからという理由で・・・。」
「言ってみれば巻き添えっていうヤツだね。」
千鶴は納得した感じで返事をしました。
「その時、私は買い物をしていたので、何も知らずに帰ってきたら、妹と姉の顔を見た時には正直驚いたの。私は妹と姉に浴衣を着せて、自分は白いワンピースで神社のお祭りに行ったの。やけどした妹の顔と傷だらけの姉の顔を隠すために狐面を買って、そのあと屋台巡りをして楽しんでいったの。夜遅くになって私が2人を連れて帰ろうとしたら、雨が降り出してお地蔵様の屋根で雨宿りをしていたんだけど、2人が突然帰りたくないと言い出して、そのあと3人で神社の境内に行って自殺をしようと思ったの。最初はどのような死に方がいいか考えていたけど、ちょうど神社の裏が崖になっていたので、3人で事故に見せかけて崖から滑り落ち、川に流されてしまって・・・・。」
「大人たちが見つけた時にはあなたたちは、死んでいたってことなんだね。」
白いワンピースの女の子は黙って首を縦に振りました。
私たちもこれ以上のことは何も言えませんでした。
「おばあちゃんも、そのあとを追うかのように死んだの。」
「そうなんだね。」
「今日は本当にありがとう。」
「来年の夏、ここに来るからまたかくれんぼしようね。」
女の子3人はそのまま小さな光となって夏の夜空へと消えていきました。
7、 再び西小菅村でのかくれんぼ
「今日まで本当にお世話になりました。」
「いいえ、こちらこそ。お待ちしておりますので、またお越しになってください。」
最終日の朝、私たちは車のトランクに荷物を詰めて帰る準備をしていました。
「これよかったら、移動中に召し上がってください。」
「わざわざすみません。」
女将さんは人数分の弁当の入った紙の手提げ袋を用意してきました。
「それでは失礼します。」
「お気をつけて。」
「次来る時には佳代子を置いてきますので。」
「それ、どういう意味?」
女将さんは笑いながら手を振って見送ってくれました。
深山橋を渡って東京都に入り、国道411号線を左折して再び山梨県へ入りました。
「ねえ、また山梨に入ったね。」
「誰かさんが外で弁当を食べたがると思って、わざと山梨の方角にしたの。」
夏美はイヤミたらしく私に言ってきました。
車を走らせて1時間、柳沢峠の駐車場に入って一休みすることにしました。
時計を見たら11時40分でしたので、屋根のあるベンチで女将さんからもらった弁当を広げることにしました。
紙の手提げ袋の中身には卵焼きと鶏のから揚げ、キュウリの漬物と2つのおにぎりが入った大き目の使い捨てタッパーとペットボトルのお茶が入っていました。
食べる前にお弁当とお茶と景色を写真に撮って、SNSに載せました。
「どうせなら私らの写真も載せようか。」
千鶴はスマホを取り出して私たちの写真を撮って、自分のSNSに載せました。
「どう?」
千鶴はインスタグラムのアプリを開いて私と夏美に見せました。
「改めてみると、ちょっと恥ずかしいかも。」
夏美は恥ずかしそうな表情で自分の写真を見ていました。
「そろそろ行く?」
「もう少し、景色を見ていようよ。」
「いいけどさ、帰りが遅くなるよ。」
「休みって明日までじゃない?」
「佳代子と千鶴は明日までかもしれないけど、私の休みは今日までなの。」
夏美は少し不満をためこんだ感じで言ってきました。
「よかったら、私に少し運転をやらせてくれる?」
「いいよ。じゃあ、運転お願いね。」
「夏美は後ろ、佳代子は助手席ね。あと音楽我慢してよね。」
「わかった。」
私は少し納得のいかない顔で返事をしました。
「夏美、甲府と奥多摩、どっちに出る?」
「千鶴に任せるよ。一応ETCカードが入っているから、高速入ってもいいよ。」
「ありがとう。」
夏美は後ろの座席で爆睡に入りました。
千鶴は車を甲府の方角へ向けて柳沢峠から甲州街道へ向かい、一宮御坂インターから中央道に入りました。
「佳代子、あとで夏美に高速代を払うから少し出してくれる?」
「あ、分かった。いくらぐらいがいい?」
「一応1000円出してくれる?私も同じ金額払うから。」
千鶴はそう言い残して、本線に合流して調布インターまで向かいました。
東門前のアパートに着いたころには夕方近くになっていて、荷物を部屋に置くなり、私は自分の部屋でぐったりしていました。
「荷物の整理は明日にしよう。」
私はそういって布団を敷いて眠ってしまいました。
6時ごろになって、ドアをノックする音が聞こえたので、私は大家さんかと思ってそうっと警戒をしながらドアを開けました。
「大家さんですか?」
「そうだよ、大家だよ。」
「家賃なら待ってもらえませんか?」
そのとたん、ドアが勢いよく開いて私の手首をつかみました。
「大家さん、乱暴はやめてください・・・・って、夏美?」
夏美は大家さんの格好をして私にびっくりさせました。
「佳代子、私じゃなくて本物の大家さんだったらどうしていたの?」
「家賃を待ってもらうようにお願いをする。」
「大家さんの我慢も限界来ているから、きちんと家賃を用意しておくんだよ。」
「はーい。」
「じゃあ、私の部屋でご飯だからすぐに来て頂戴ね。」
疲れきった体で、私は夏美の部屋に行ったら、千鶴がすでに座って待っていました。
「遅いよ、早く座って。」
千鶴は疲れ切った顔をした状態で私に座るよう、促しました。
「じゃあ、ありあわせの食材で申し訳ないけど、まずは旅行おつかれさま、かんぱーい!」
夏美はジュースの入ったコップを上に掲げて乾杯をしました。
テーブルの上には海苔巻きやそうめんなどが並べられていました。
私が目の前のそうめんを食べている時、千鶴がふと何かを思いついたかのように西小菅村でのかくれんぼのことを話しました。
「あの子たち、本当は私たちが来るの待っていたんじゃないの?」
「なんでそう思ったの?」
夏美は疑問を投げかけるような感じで返事をしました。
「なんていうか、縁故疎開をしてきて友達がいなかった。遊ぶ相手は妹と姉しかいなかった。おまけに家と両親を戦争で失い、帰る場所はいじわるなおばあさんが住んでいる家だけ。おばあさんのいじわるに耐えきれず、結局は神社の裏にある崖から自殺を図った。」
「それが私たちを待っていた理由なの?」
夏美は今一つ納得のいかない顔をしていました。
「本当は『私たち』と言うより、一緒にかくれんぼして遊んでくれる相手を待っていたんだよ。」
「そうなると、墓地で最初に会った私たちがあの子たちの友達ってこと?」
「たぶん。」
「千鶴の言った言葉をそのまま解釈すれば、私たちよりも前に来ていた人たちっていたはずだと思うから、その人たちが友達になってもおかしくないはずだよ。」
「女将さんも言ったように、西小菅村はすでに廃村になっていたから、誰も近づこうとしない。おまけにお墓も西小菅村にあるから、そこから動けなかった。だから誰もいない村で誰かが来るのを待っていたんだよ。」
「来年の夏におばさんの民宿へ行ってみようか。その時に確かめられるはずだよ。」
「そうだね。佳代子には悪いけどお留守番してもらおうか。」
「何で私お留守番なの?」
「ん?なんとなく。」
「2人で何か企んでいるんでしょ?」
「そんなことないよ。」
「じゃあ、何で私だけ仲間外れなの?納得いかない。」
「冗談、3人で行きましょう。」
そして話は1年後の夏に飛びます。
私たちが民宿へ向かう1週間前、西小菅村の墓地では住職と遺族たちの立ち合いのもとで改葬が行われて、お墓の中にある遺骨を東小菅村、すなわち今の小菅村に出来た新しい墓地に移すことになりました。
西小菅村にある墓地は近々壊されることになったのです。
そんなことも知らずに私たちは車に乗って、夏美のおばさんが経営している「民宿こすげの里」へと向かいました。
民宿へ着くなり、玄関には女将さん、すなわち夏美の叔母さんがエプロン姿で私たちを出迎えてくれました。
「お待ちしておりました。」
「今年もお世話になります。」
夏美が車を来客用の駐車場に置いている間、私は女将さんに部屋を案内され、くつろぐことになりました。
「みなさん、今年はいい時に来られましたね。今夜、近くの神社で盆踊りがあるの。人数分の浴衣があるので、良かったらお召しになって行かれてはいかがですか?」
「ありがとうございます。」
夕食を済ませて、私たちは浴衣に着替えて神社に行こうとしました。
「あれ、佳代子、着替えまだ?」
「あともう少し。夏美、悪いけど手を貸してくれる?」
「いいよ。」
浴衣に着替え終えたあと、私がメイク道具とウィッグを用意したとたん、夏美と千鶴は違和感を感じたような顔をしました。
「佳代子、もしかしなくても、これって狐面を被った女の子のコスプレをするつもり?」
「うん、白いワンピースの女の子の姉さんのコスプレをしようと思ったの。」
「まあ、佳代子のことだからやるとは思っていたけどね。」
「悪いけど、どっちかメイクをお願い。」
「じゃあ、私がするよ。」
「やったー!ありがとう。」
「言っておくけど、私メイク下手だから、失敗しても文句言わないでよね。」
「うん!」
夏美はメイク道具を取り出して、私の頬に傷跡ぽく描きました。
「ちょっと、鏡を見て。」
「おお!すごい!」
私は鏡を見て、思わず感動しました。
そのあと、ウィッグと狐面を被ってお祭りの会場へと向かいました。
「夏美、あとであの子たちに会いたいから、西小菅村までお願い。」
「わかった。」
「その必要はないよ。」
後ろを振り向いたら、白いワンピースの女の子と狐面の女の子が2人立っていたので、思わず声を上げて驚いてしまいました。
「なんで、ここにいるの?」
「私たちのお墓、この近くになったの。」
「そうなんだ。」
「それより、あなたのこの姿、姉さんのマネ?」
「うん。」
私は狐面を外して、頬を見せました。
「傷跡まで一緒なんだね。すごーい!」
「驚いた?」
「うん、驚いた。それよりせっかく会えたんだし、またかくれんぼしようか。」
「いいよ。」
「じゃあ、かくれんぼで最初に見つかった人は人数分のたこ焼きをおごる形でいい?」
「えー!」
「あ、ちなみ君たちはもう死んだから、おごるのは夏美か佳代子だけでいいよ。」
「じゃあ、最後まで見つけられなかったら、千鶴のおごりね。」
「いいわよ。ちなみに制限時間は?」
「10分でいいよ。」
私と夏美は千鶴が用意した勝負に乗ることにし、そのまま6人で神社から少し離れた公民館で再びかくれんぼをしました。
神社では止むことのないお囃子の音色がいつまでも鳴り響いていました。
おわり
みなさん、今回も最後まで読んでいただいてありがとうございます。
今回は8月にふさわしい怪談話を書かせていただきました。
きっかけを申し上げますと「夏のホラー2021」の企画に応募してみようと思ったからです。
元々私は怪談を書くのが苦手でしたが、思い切って書いてみようと思いました。実際のところ読んでみたら、怪談ぽくなくなってしまい、少しがっかりしました。(汗)
それでも最後まで頑張って書きましたので、読んでいただいたあとに感想頂けますと嬉しいです。
話は変わりますが、皆さんは一度はかくれんぼを経験したことがあると思いますが、どんなエピソードがありましたか?是非教えてください。
それではみなさん、簡単なあいさつではございますが、次回の作品でまたお会いしましょう。