第7話 許せなかった。
許せなかった。
馬鹿にされていると思った。
やっぱりだ。うんざりだ。もうダメなんだ。
弓術なんてのは結局、私にとってそういうものでしかない。
暗い気持ちにさせるばかりで、うんざりと嫌になるだけで、醜い自分をさらけ出すだけで。
何も生まれちゃいない。楽しくもなければ、美しくもない。
いつからだろう。こんなにも弓術が楽しめなくなったのは。
幼い頃は楽しかった。ただ好きだった。
気持ちよかったし、嬉しかった。
最初はただのおもちゃだった。
気がつくとお兄様が私に弓を教えてくれるようになって、子供用の弓を持って、構えの練習ばかりをしていた。
本当はすぐにでも矢を放ちたいと思っていたけれど、お兄様が危ないから駄目だと言ったし、最初の矢は『一番良いもの』にしたかったから我慢した。
我慢して、我慢して、我慢して。
そうすればきっと、最初の矢が的に命中したときにすっごく気持ちよくなれると思ったから。
しかし。
いざその時がきて、お兄様だけでなくお父様やお母様も見守ってくれる中で弓を射ると、矢は全く見当違いな方向へひょろひょろと飛んでいった。
私は恥ずかしさで顔を真っ赤に染めて、一方のお兄様やお父様は大笑い。
けれどもお母様は「はじめは誰だってそんなものよ。でも、いつか絶対上手くなるから」と慰めてくれた。
父も笑うのをやめて「構えや姿勢は問題ない。あとは慣れと筋肉だな」と言った。
だがお兄様は「お前にはまだ早かったかな」と笑いながら言ったのだ。
それからお兄様を見返すための秘密の修行が始まった。
最初の我慢は何処へやら、とにかく矢を撃ちまくって的に命中させようとした。
しかし、やればやるほど変なクセがついてしまい矢は勝手に意思を持ったかのように飛び回る。
もうダメだ、私には才能がないんだ。
そう挫折しかけたとき、お兄様がひょこりと現れた。
「姿勢は心の鏡、努力は魂の鏡。じゃあ弓術は何の鏡かな」
などというクソ意味不明なことを言うお兄様に私は思い切り噛み付いた。
あれだけ頑張って弓術を学んだ私に「まだ早かったな」と笑った罪を思い知らせてやる。
そう思って噛み付いた私だったが、そんなことをすればするほど、結局弓術で見返すことはできなかったのだと自覚してしまって。
無性に悲しくなって、辛くなって、涙がぽろぽろと溢れてきて、わんわんと泣いてしまった。
するとお兄様は噛まれたことを怒るどころか、泣きわめく私をよしよしとなだめてくれた。
「弓を射るときはな、頭を使うんだ」
「でも、弓は無心で構えるものだって教わりました」
「頭を使って、無心で動く。何かがズレていなきゃ矢は真っ直ぐ飛ぶに決まっているんだ。
結果がおかしいなら、それまでの道が間違っているということ。
結果を疑うんじゃない、道を疑うんだ。そして一つずつ道を逆戻りしていって、間違いを見つける。
そしたら間違いを修正して、結果を確かめてみるんだ」
お兄様が言っていることは単純だから理解はできた。
けれど、結局どうすればいいのかはわからずにいた。
「構えるときは無心でいい。射るときも無心でいい。
だが弓を射た後に、なぜ失敗したのか考えてみる時間を作るように。
そして答えが見つかるまでは絶対に次の矢を射てはいけないよ」
そう言われてから、私はがむしゃらに矢を射るのではなく、一度射るごとに弓を置いて、座り、待つようになった。
自分の何が悪くて、それがどう影響しているのか。
やっていることと言えば当たり前のことだったが、お兄様が言ったように頭を使って無心で弓を射るだけで明らかに弓術の腕は上達していった。
やがて、お兄様の前で上達ぶりを披露する日が訪れる。
けれど、私はいざその日が来ると緊張してしまって身体に変な力が入ってしまい、構えがいつもとは違う感じになってしまった。
そんな私を見かねてか、お兄様は私の背後に立ったかと思うと、そっと手を添えて構えを正してくれた。
何よりも嬉しい一言を添えて。
「エミならできるさ」
たったそれだけの言葉。
本当に何気ない一言に、私はなんだか突然やれる気になって、今の自分なら何だってできるという確信さえ覚えた。
しばらくして私が落ち着いたことを確認すると、お兄様が離れる。
心を無にして深呼吸。
大丈夫。私ならできる。そう言い聞かせた。
自分でも驚くほどに流れるような動作だった。
矢を番えて、速やかに弓を射る。
すると放たれた矢は的に吸い込まれるように翔んでいき、すとっと的の中央に刺さった。
私は信じられない結果に大はしゃぎし、子供じみた満面の笑みを浮かべて振り返る。
するとお兄様が笑顔で頷いていて、気がつくと脇にはお父様やお母様も見てくれていた。
ずっと我慢していた。
だからこそ、その一射は何よりも嬉しかったし、気持ちよすぎてその夜は眠れなかったほどだ。
すごい、楽しい、嬉しい、気持ちいいッ!!
とにかく興奮が私の身を包んでしまい、「弓術ってたのしい!」という私の厄介な恋心が生まれてしまった瞬間でもあった。
それからはずっと弓を射ることばかり考えて、その道だけを極めようとした。
同じ学校に通っていた他の子達は歳を重ねるにつれて"娘らしさ"を叩き込まれているようだったけれど、私はとにかく弓のことだけを考えていた。
お父様も「お前はそれで良い」と言ってくれたし、お母様も認めてくれた。
だからその感謝を、弓術の成果という形で返そうとずっと頑張ってきた。
多少浮いてしまうことはあったけれど、私の弓に惚れたと友達になってくれる人も増えた。
おかげで中等部では色々な成果を残すことができたし、弓術大会に出て優勝し、家に賞状を飾ることもできた。
お兄様やお父様、お母様が喜んでくれて、私も喜んだ。
弓を射るだけで皆を笑顔にできるのなら、なんて幸せなんだろう。
私は一生弓を射てやると思った。皆を一生幸せにしてやると思った。
しかし。
『天恵検査』の結果を見たとき、私は何か勘違いをしていたような気分に襲われた。
お父様とお母様は、私の天恵を知ると大喜びする。
お兄様も「良かったじゃないか」と自分のことのように嬉しそうに言った。
でも、私だけは違った。