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第6話 そんなこと言われたって。

「命中です。自己申告が気になるのであれば、確認を」


「いえ、異存ありません」


「どうも」


 冷ややかに言って、エミ先輩は礼をすると共に下がる。

 続いて俺が弓を射る番になるわけだが、さて"どうする"か。

 憂鬱な思いがこみ上げてきたのを誤魔化すように息を吐いて、前へ出る。

 背後からの視線を強く感じながら、きゃーきゃーと騒がしい歓声を意識から除外し、ただ前方遠くに立つ的だけを凝視した。

 

 姿勢を正し、弓を構えると、弓を高くに上げ、すぐに引き下ろす。

 そして胸を開く流れに乗じて矢を放つ。

 俺は彼女がしたのと同じ動作を、ずっと早い速度で行い、弓を射た。


 さて。

 人間、生きていれば失敗というものに遭遇することは珍しくない。

 ずっと昔の記憶にある失敗といえば、初等学校で女性教師に『ママ』と呼びかけてしまったこと。

 無視してもらえればそれで終わったのに「先生はママじゃありませんよ」と返されたせいで、しばらくはそのネタで弄られることになったのは、今でもはっきりと覚えている。


 だがそういった不可避の事故による失敗とはまた別の失敗として『選択による失敗』がある。

 これだと思った道が外れの道で、良かれと思った親切心が相手の神経を逆撫でしてしまう。

 大抵その手の根本にあるのは『半端な気遣い』であって、自分の勝手な遠慮心を相手への配慮だとすり替え、自分は良い人間なのだという空想に浸ることで生じる失敗だった。


 街中を歩いているとよく起きるのが、前から歩いてきた人間とぶつかりそうになったとき、互いに遠慮しあって避けようとするせいで鏡のように動きがシンクロしてしまう現象である。


 これは片方が遠慮せずに歩くか、ちゃんと相手に配慮をし一歩引いて道を譲れば起きないはずの現象だが、半端に気を遣ったせいで互いに迷惑してしまうという悲しい実例である。

 じゃあ半端な気遣いなどしなければいい。そう結論するのは簡単だが、自分の行った気遣いが半端なものだと自覚できるのは、それが『失敗した後』だけなのである。


 なぜ突然こんな記憶を辿りだしたのかと言えば。

 やってしまったわけである。


 一度目にして早速、ほんの僅かに的から外れた矢。

 最初は上手くできたと思った。

 観客は「ああー」「緊張するからね」「エミさん相手ならしょうがないよねぇ」と残念そうにしていたし、“演技”もそう臭くなかったと思ったからだ。


 だが。

 振り返って元の位置まで下がろうとする俺は、信じられないものを見る形相で硬直しているエミ先輩と目が合ってしまう。


 それは勝利の余韻に浸っているという様子では当然ない。

 「予想していたよりもずっと上手い」「あれ、想像以上に下手だな」ということを考えているような顔でも全くなかった。 


 彼女の顔に明確にあったのは、失望。

 そして怒り。

 ただ侮辱されたというわけではなく、目の前で親族ごと盛大に嘲られたかのような底知れぬ怒りと孕めた表情は、無表情と間違えるほどだった。

 だが、間違いなく彼女は怒っている。

 見開かれた目の中に明確な敵意が芽生えていることを察して、俺は冷や汗を全身に流し、足を進めることすらできずに立ち竦んでいた。


「なぜ」


 消え入るような声だった。

 異様な空気を感じ取ったのか、いつの間にやら野次馬も静まり返っている。


「なぜわざと負けたのですか」


 なぜ。

 そう聞かれても、返答することはできなかった。

 なぜ、と言われても理由を考えての行動ではなかった。ほとんど無意識の決断。


 果たし状に書かれていたことが事実なら、彼女は弓術というものを愛しているのだろう。

 そして彼女はこの学園では怪童と呼ばれるほどの名声を手にしている先輩。

 そんな彼女を万が一にでも大勢の前で打ち破ってしまったら、何か起きてしまうのではないか。

 自分が"そうした"理由を推察すると、そんな動機が浮かんできた。

 

 だが、そんな曖昧で不確定な返答ができる空気ではなかった。

 一言でも返事を間違えたら、彼女の言葉によって射抜かれてしまいそうな本能的な恐怖。

 何がどうあっても悪いのは自分だ。

 そう理解していても口にすることができずに硬直していた俺を見限ったように、エミ先輩は背を向けた。


「もう二度と、私の前に現れないでください」


 震えた声で言って、彼女は弓術館を走り去った。

 好き好んで現れたわけじゃないというのにこの言われよう。

 だが彼女が怒るのはもっともな話で、俺は彼女の真剣勝負を避けるどころか侮辱してしまったのだ。

 弓術を愛する彼女にとっては弓術そのものを馬鹿にされたような気分になったのかもしれない。

 なんにせよ、この重苦しい雰囲気を招いたのは全てが俺のミスのせいだった。


「出会ってすぐに絶交宣言、か……ん?」


「剣豪ユーキ、只今見参…………お主が拙者の決闘相手?」


 いそいそと異国風の鎧を纏って現れたのはユーキ。

 デカい兜のせいでまともに前も見れてないようで、弓術館の床に足を引っ掛けるとそのまま盛大に転んでしまった。


「ど、どうしたのユーキ。その格好は……?」


「…………ユーキも決闘、したい」


「ああ、そういう」


 とりあえず、弓という概念について理解を深めてもらおうと思う。


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