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第4話 折れない少女と果たし状。

「……朝に十五回、昼に二十三回。さすが一年生の憧れの的。

 ユーキは怖くて外だと鏡を見られないから、尊敬する」


「勝手に鏡を見た回数を数えるなぁ!」


 呼び捨てにされたことと、困難なミッションを達成したという充足感でにやにやが止まらないユーキは、べらべらと聞いてもないことを小さな声で口にし続ける。

 当然、通りすがる他の女生徒達にも聞かれているわけで、俺は何かしらの辱めを受けている気分になった。

 一体何の羞恥プレイだ、とそそくさ自分の組の教室へと逃げ込む俺だったが、教室内までユーキはついてくるではないか。


「ユーキは自分の教室に行かないとダメでしょ?」


「ユーキも同じ教室。というか席、隣」


「……え?」


 やばい。全然記憶になかった。

 じゃあ尾行していたのもあるけど、本当にただ行き先が同じだっただけでもあるのか。

 ってか、なら普通に席座ってるときにハンカチ渡せばいいのに。

 いやまあ、感謝はしているんだけども。


「今、ユーキはとても悲しんでる」


「ご、ごめんねユーキ。私ずっと窓の外ばっか見てたから、気が付かなくて」


「挨拶もしたし『これからよろしくね』とも言われた」


「うっ……」


 窓際の最後列席という立地を利用して言い訳を考えたが、彼女の反論に潰されてしまった。

 挨拶もして、よろしくとも言ったのにすっかり忘れる己の記憶力。

 いや、どちらかというと彼女の存在消去能力がすごいと言うべきだろう。

 普通中々忘れないぞ、自分の隣の顔なんて。


「ユーキのこと覚えてくれてなかったなんて……な、涙が……出ぞう……」


「いや、泣いてる泣いてる」


「泣いでなび……!」


 何のこっちゃわからんが、自分の存在が忘れられたことを酷く悲しんだユーキは、さっきまでの上機嫌な態度を何処へやら。

 ぐにゃりと口をひん曲げるなり、声を震わせて、ぼろぼろ大粒の涙をこぼし、机に突っ伏せてしまった。


 こりゃ悪いことしたなぁ、と反省する俺。

 しかしこんな個性的な少女をよくもまぁ忘れたものだと、我ながら感心してしまった。


「ユーキちゃん、泣かないで。ごめんってば」


「ユーキでいいよ」


「あ、それは訂正するんだ」


 涙を一瞬にして引っ込めたユーキは鞄から本を取り出すと、さっきまでの感情の起伏をすっかり忘れたように、無表情のまま本の虫となった。

 やれやれ。

 とんでもなくマイペースなお嬢様がいたものだと呆れ、俺は片肘をついて窓の外を眺めた。


 しかしまぁ、なんというか。

 天下のお嬢様学園に、天恵は『お嬢様』。

 そんでもって『位S』ときて、始まる前は緊張と不安しかなかったこの学園生活。


 だが、始まればそう大したことなど起きないのが現実というもので、既に入学してから三週間は経つというのに、大きなイベントの一つも発生していないのである。


 ま、そりゃそうか。

 学生は所詮学生。

 そんでもって此処、アレイシア女学園に通うのは人畜無害な箱入りのお嬢様ばかり。

 良くも悪くものんびりとした日常以外には何もなく、だからこそ貴族の令嬢が安心して通うことができる空間でもあるのだろう。


『果たし状』


「……うん?」


 前言撤回。

 机の引き出しに手を突っ込むと何か感触があったため、引っ張り出してみた。

 それがこれ、果たし状である。

 いや、果たし状て。

 此処はお嬢様の花園っていう話は何処に行ったんじゃい!


 これほど中身の見たくない『状』など訴状くらいしか思いつかなかったが、かといって明らかに俺に向けられているであろうものを無視するわけにもいかず。

 はぁ、と小さなため息を吐き、果たし状とやらの中身を見た。


『拝啓 アリス・フォーメイスト様。

 我、弓術の頂点を求める者也。

 貴女の卓越した腕前を拝見し、我が学園の頂点を決したい所存。

 然らば、授業後の弓術館にて決戦を求む。

 逃亡即ち敗北。 敬具』


 これほど頭が痛くなる文章は初めてだった。

 要するに

「授業後ツラ貸せやクソガキ、生意気言うてるとぶち殺して沈めるぞ!」

 という旨の内容であり、俺は知らずの内に弓術頂点求めウーマンのプライドを傷つけてしまっていたのだろう。

 全く身に覚えはなかったが、果たし状を送りつけられているということは、そういうことだ。

 

(俺がこの学園で弓術を披露したの、体験入部のときの一回だけなんだけどな……)


 アレイシア女学園では何かしらの部活動に所属することが必須とされていた。

 入学してから二ヶ月の猶予はあるが、それまでに部活を決めないといけないために、体験入部も必須参加となっている。

 それで一度だけ弓術部に顔を出し弓を射たのだが、その一矢がどうにも気に障ったのだろう。


 風が吹けば桶屋が儲かる。

 矢を射れば果たし状が届く。

 世の中とは複雑なのだなぁ、としみじみ感心してしまった。


「おー。果たしじょー」


 気の抜けた声で言ったのはユーキ。

 こちらが変な紙を広げているのに気がついた様子で、珍しいものを見るように驚いていた。


「ユーキもほしい……!」


「じゃあ、あげる」


「ありがとう……! ユーキが行っても大丈夫かな……?」


「大丈夫だと思うよ」


 大丈夫なわけないだろ。


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