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第3話 冷静にならずとも気持ち悪い。

 自分で言うのもなんだが、気持ち悪いと思う。

 学園内と言わず、鏡や反射の類の物があちこちに配置されているのは普通だ。

 そういった場所を通るたびに、周りにはバレないようほんの僅かな一瞬、ちらりと横目で反射する自分の姿を見るのだ。

 可愛い。

 心からの素直な感想だった。


 子供の頃から格好良いというよりは可愛いと言われてきた。

 最初はバカの一つ覚えのように可愛いと連呼する周囲に苛立ちを覚えていたが、やがて苛立つことにも飽きを覚えて、なすがまま放置していた。


 成長すれば変わるだろうと考えていたが、眉目秀麗な美形に育った兄と違って俺の容姿はどうも中性的で、可愛いという表現が廃れることはなかったのだ。

 そんなこんなで『可愛い』なんぞという単語には呆れや退屈さを覚えるほどには嫌悪感を抱いていたはずなのだが、改めて女の格好をした自分を見ると想像以上に可愛かったのである。

 

(鏡の前を通るほんの一瞬。鏡に映る自分の姿を確認して、心の中で握りこぶしを突き上げる。

 それが俺の新たな趣味――!)


 多分、相当精神的に参っていたのだろう。

 正体がバレないかどうか常に他人の目を気にしすぎたせいで、脳が混乱を起こし、あんなワケのわからない趣味(?)に目覚めてしまったのだ。


 学園内廊下。

 壁に埋め込まれた鏡を一瞬だけ横目で見て、映る自分の姿に満足感を覚えるというクソくだらない趣味にハマっていた俺は、今日も今日とて廊下を通るフリをして自分の姿をチェックしようとした。

 だが、事件は起こる。


(ああ、俺ってばやっぱり可愛いぜ)


「…………いつも鏡見てるね」


「ひぃっ!?」


 突然の声に、口から心臓が飛び出るかと思った。

 いや、多分飛び出て、どっかに転がり去ってしまった。


 木造校舎の三階。朝早くということもあってまだ人通りの少ない時間。

 T字路型になっている廊下の壁に埋め込まれた鏡を見ようと、通り過ぎるフリをしながら横目を流した俺は、鏡の先にいる一人の少女に話しかけられ、腰を抜かした。


「大丈夫?」


 鏡の先にいた寡黙そうな少女はそう言って、俺の背に手を伸ばしてきた。

 鏡の先とはつまり、俺の背後に彼女は立っていて、一部始終を見ていたということだ。

 俺は別に悪いことをしているわけでもないのに恥ずかしい気分になって、顔を赤くしながら、差しのべられた手を受け取った。


「あ、ありがとうございます……えっと」


「ユーキ」


「ユーキさん」


「ユーキでいいよ」


「ああ、そう……とにかく、助けてくださってありがとうね」


 俺は全てを誤魔化すように咳払いをすると、ぱたぱたとスカートを叩いて、何事もなかったかのようにその場を去ろうとした。

 が。ついてくる。

 ユーキと名乗った小動物的な寡黙少女は、特に何か言うわけでもなく俺の後ろをついてくるのだ。

 制服につけられたリボンの色を見るに、俺と同じ一年生。

 跡をつけているというより、行き先が同じだけなのだろうが、それにしてはやけにピッタリと後ろにつけられている気がする。


「あのぅ、ユーキ……ちゃん」


「ユーキでいいよ」


「ユーキちゃんはどの組なの?」


「ユーキでいいよ」


 なんだこいつは。

 表情一つ変えることなく淡々と言う寡黙少女に、俺は内心恐怖を覚えた。

 人にはこう、雰囲気と言うものがある。

 例えば天真爛漫で元気いっぱいな女の子が呼び捨てを求めてきたら、たとえそれほど仲良くなくとも呼び捨てにできるだろう。


 しかし、こうも寡黙で大人しそうな女の子にいきなり呼び捨てを求められても反応に困る。

 ましてや今はお嬢様の擬態をしている最中なのだ。

 出会ったばかりの婦女子に呼び捨てなど、中々できるものではない。


「私はアリス。一組なんだけどさ」


「知ってるよ、アリス」


「ユーキちゃんは……」


「ユーキでいいよ」


「う~ん」


「?」


 お嬢様になるための勉強として、屋敷で植物について学ばされた時があった。

 何度踏まれようが元の姿勢へと跳ね返るように戻り、元気いっぱいな生命力を見せつける草。

 小さな植物でも立派に生きているんだなぁなどと感心したが、彼女はまさにそれである。

 こうなってはもう、勝負である。


「ユーキちゃん♪」


「ユーキでいいよ」


「雪降らないかなぁ」

 

「ユーキでいいよ」


 あまりにもしつこすぎるこの女。

 俺はいよいよ白旗をあげ、彼女のことを呼び捨てにした。


「ユーキ。さっきからなんで私の後を追ってくるの?」


「これ、落としてた」


 『ユーキ』と呼び捨てにされたことでとんでもなく嬉しかったのだろう。

 ぱぁっと顔を綻ばせると、さっきまでの緩慢な動作とは打って変わって、すぐさま自分のポケットに手を突っ込み、見覚えのある白いハンカチを取り出した。

 呼び捨てに価値を感じる感性が良く分からないが、これもお嬢様ならではの感性なのか?


「あれ、これ私の……もしかして私のために届けてくれたの?」


「こくこく」


「ありがとう、ハンカチを落としていたなんて全然気が付かなかったわ。

 ごめんね、私のために追ってきてくれてたなんて知らなかったの」


「ユーキはへーき」

 

 ……新手の冗談か何かか?

 手をぐっとして、口角をほんの少しだけ上げる小さなガッツポーズ。

 大仕事をやってのけました、と言わんばかりの彼女は、隠しきれない達成感に口元を綻ばせながら、ぼそぼそと喋る。


「やっと言えた。一週間かけての大仕事」


 おいおい。

 もしかして今さっき落としたわけじゃなくて、ずっと前に落としてたハンカチってことか?

 言われてみるとたしかに、ここ最近ハンカチがないと言って度々困っていた気がする。

 おまけにやけに背後から視線を感じていたが、もしやずっと追っていて、今日たまたま俺が気がついたということだろうか。


 それならば「いつも鏡見てるね」という言葉にも納得がいく。

 って、待てよ……?


 も、もしかして今まで何度も鏡見てたことも全部見られてたのか!?

 想像するだけで途端に恥ずかしくなった俺は、一刻も早く彼女と別れようと足早に歩みを進める。

 だが。


「……鏡を見るのは大事。お嬢様はいつも身だしなみに気を遣うもの」


「み、見てない!」


「……朝に十五回、昼に二十三回。さすが一年生の憧れの的。

 ユーキは怖くて外だと鏡を見られないから、尊敬する」


「勝手に鏡を見た回数を数えるなぁ!」


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