第2話 お嬢様って、なんだろう。
……天恵、お嬢様?
いや、意味がわからない。
天恵とは才能。つまり、お嬢様が才能?
お嬢様の才能ってなんだ。お茶くみが得意とかいう皮肉か?
しかし、驚きはそこだけじゃない。
位がSという一文は、驚愕や興奮を超越し、無感情を引き起こした。
天恵には、その才能の強度によって『S』や『A』といった位が与えられる。
位が高ければ高いほど才能が突出しており、希少であるということ。
同時に王国からの支援も強く受けられる立場となるわけだが、位の平均値はDである。
Cで優秀、Bで天才、Aで怪物といった表現が与えられるほどで、Aに至っては数万人に一人もいないとされるほどに貴重であった。
だが、その最上位にはSという幻の位が用意されている。
Aの時点で人外レベルの才能を持つとされるのに、さらに上となってはどうなってしまうのか謎であるが、そんな議論がされる余地がないほどに『S』の位は珍しいものだった。
何万人に一人とかそういった次元の話ではなく、その時代に数人もいれば黄金時代と表現しても良いほどの価値がある。
そのSの位が、自分のものに。
衝撃的すぎる記述に俺は半ば放心しかけていたが『天恵:お嬢様』の部分がどうしても気になって、すぐに現実へと引き戻されてしまう。
「父さん、お嬢様ってなんだ」
「多分、お嬢様のことだろう」
「なるほど、お嬢様か」
傍から見れば相当意味不明なやり取りだが、俺たちは大真面目だった。
お嬢様の天恵。それは今まで生きてきて一度も聞いたことがないし、想像したこともない。
まず概念からして意味がわからなければ、それが具体的にどう役に立つのかもわからない。
だが、困惑する俺に対して、父はおずおずと言った様子で同封されていたらしい用紙を渡した。
「これは?」
「国から届けられた学園の案内所だ。聞いたことくらいはあるだろう。アレイシア女学園だ」
「ああ、あの名門女子校の」
「お前の通学はほぼ決まっているらしい」
「ん? でもアレイシアは女子校じゃ」
「ああ。だが、決まっているらしい」
「……んん?」
困惑する俺を置いて、父はさらに国から届いたらしい荷物を机に並べた。
置かれたのは衣装箱で、開けてみるとそこにはアレイシア女学園の制服があった。
「……」
「……」
あの厳格で無表情な父がこれほど気まずそうな顔をしていたことがあっただろうか。
そして俺もきっと同じ顔をしていただろう。
確かめて見るまでもなく、アレイシアの制服は女子用である。
『名門お嬢様校』と称されるほど貴族の令嬢達を迎え入れているアレイシア女学園。
学園としての評判は言うまでもなく、制服のデザインも名門お嬢様校として恥じないほどに上質かつ気品高いものだった。
だが、女子用である。
「着てみなさい」
「いやだ」
「着てみなさいッ」
「いやだああああ」
「着ろおぉぉぉぉぉぉぉッッッ」
「絶対にいやだああああああああ」
抵抗も虚しく、駆けつけたメイドの手によって着替えさせられた俺は、鏡を向けられて
(あれ、意外と似合ってるし、こう見ると俺って結構可愛い……)
などと思いつつ、父が渡した王国からの手紙を読んだ。
手紙には堅苦しい言葉でうだうだ長文が記されていたが、要約すればこうだ。
『君の天恵はお嬢様だよ。
ぶっちゃけめちゃくちゃ才能あるから、君の意志とか関係なく進路決めさせてもらったよ。
まぁ元々君の家は天恵尊重派だったから別にいいよね?
入試は国からの支援ということでパスしとくよ。
制服も用意しておいたから学園生活エンジョイして、才能に恥じないだけの技術を磨いてね。
あ、でもアレイシアって女子校なんだってさ。しかも結構保守派なのよね。
理事長がめちゃくちゃ頑固で、いくら国が圧力かけても男として入学させることはできなかったから、君は女の子として通うことになったよ。
理事長以外にはバレないようにね。
万が一バレたときにどうすればいいかって?
ちょっと何言ってるかわかんない。
じゃ、頑張ってね~』
思わず手紙を破りそうになった俺の手を、メイドが必死に制止した。
父が「おほん」と咳払いをして、場の空気を取り持つ。
「アルト。似合っているぞ」
「気持ち悪ぃよ」
「だが、似合っている」
「キモいって」
全然取り持ててねぇや。
だが、思えばこれが全ての始まりだった。
普通の天恵を手にして、普通の人生を歩んでいくんだろうなぁ、などとボンヤリ考えていた俺は、この日の出来事で全く想定外の人生を歩むことになったのである。
それは、お嬢様としての人生。
俺はこの日から『アルト・フォーメイスト』の名を棄て、『アリス・フォーメイスト』として、名門女子校アレイシア女学園に通うこととなったのだ――――。