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第1話 俺は何をしにお嬢様学校に?

 もしもの話だけれど。

 剣術の才能に秀でたカエルがいたら、どうなるのだろう。

 才能とはその人の持つ素質だ。

 たとえ始まりがどれだけ不得意であっても、才能があれば開花する。

 もちろん、うんと長い努力が必要だ。


 才能と努力は別だと語る人もいれば、努力の才能などという言葉を語る者もいる。

 しかし思うに、それらは過程と結果なのではないかと思う。

 才能は結果の保証で、努力は過程の保証。

 それ以上でもそれ以下でもなく、分断されているわけでも、一体であるわけでもない。

 最初は剣術が不得意なカエルであっても、厳しい努力を経れば過程は保証される。


 あとは才能次第だが、才能があればカエルとて立派な剣士になれるのだ。

 ただし、この仮定には一つ問題点がある。

 カエルは剣を持てないのだ。


「ごきげんよう。ごきげんよう」


 寮を抜けて学舎の入り口にたどり着くと、そこにはシスターの格好をした老婆がいた。

 学舎へと入場する女生徒達を笑顔で見送りながら『ごきげんよう』なる呪文を唱える老婆。

 "俺"は毎度のごとく、学舎を通る際に不安を覚えていた。

 この敷居を跨いだ拍子に、うっかり正体がバレてしまうのではないか。


 もちろん、そんなことはありえない。

 俺はどっからどう見ても"美少女"だし、歩く仕草から声色まで自分でも驚くほどには"お嬢様"である。少なくとも、そんじょそこらにいる野生のお嬢様とは、比べ物にならないほどに。

 だが、頭では理解していても心はついてこない。

 老婆のしたたかそうな眼光が全てを見抜いてしまうのではないかと言う恐怖が顔がこわばらせ、歩く速度も遅くしてしまうのだ。


「ごきげんよう、アリスさん」


「は、はい。ごきげんようですわ、アルマ先生」


 スカートの裾を両手で軽くつまみ、片足を引いてぎこちなく微笑む俺に、アルマ先生が呆れ顔を浮かべた。


「ですわは不要。あなたはいつも、遠目に見ていると堂々として格好良いのに、目の前に来るとギクシャクするのね」


「は、はは。性分ですゆえ……」


「憧れの的なのだから、しっかりするように」


「善処します……」


 そりゃあ、ギクシャクもするだろう。

 なにせ俺は男だ。

 男なのに、女生徒しかいない寮で暮らし、女生徒しかいない学園へと足を踏み入れている。

 これはもう恥ずかしいとかそういう感覚では説明できない。

 お嬢様学園に通う俺とはつまり、フラミンゴの群れに混ざって片脚を挙げる練習を必死に行うアヒルであり、間違っても雀の群れに混ざって意気揚々とするカラスではないのだ。


 なぜこんなことになったのか。

 その根本的な原因は『生まれつき』ということになるのだろう。

 思い返せばたしかに、俺はその手の技術に長けていた。


 その手のというのはつまり、読書、音楽、弓術、語学などの類である。

 自分でも不思議なほどに"その手の"才能に恵まれていた俺は、幼い頃には神童の名を欲しいままにしていたほどで、やればなぜか上手くいくし、聞けば即座に上達した。


 だが一方で剣術やら武術やらの類はてんでダメ。

 やればやるほど恥を晒すし、何度学ぼうが身体が覚えようとしない。

 この差はなんなのかとずっと悩み続けていたが、答えを知ったのはちょうど一年前の日。

 そう、『天恵(スキル)検査』の結果が届いた日のことだった。


「アルト。お前に大切な話がある」


 天恵検査の結果を知らせる用紙を机に広げてそう言ったのは、父ルーガン。

 普段から眉間に皺を作るのが趣味な父は、その日も厳格な面持ちを保って座っていた。


「なに俺より先に結果見てんだ、父さん。そんな顔するほど酷い結果だったのか?」


 茶化すように言う俺だったが、内心は震えていた。

 天恵。

 その人が持つ、最も優れた才能をそう呼んだ。


 天恵検査なる過程を経て判明するそれは、その人固有の才能を示すだけでなく。

 その人生をも左右する重大な要素であった。


 言うなれば、無駄がないのだ。

 剣に秀でた者がいる。ならば剣を持たせよ。

 楽器に秀でた者がいる。ならば楽器を持たせよ。

 単純かつ合理的な話。


 国としては無駄な人材を育成するコストは控えたい。

 親としては子供に確実で安定した未来を歩んでほしい。

 子としては自分が一番自信のある分野で勝負したい。


 全ての一致が『天恵奨励』なる制度を生んだ。

 自分の天恵に合致した将来を歩む者は支援し、またそうした民を輩出した家には王国が天恵の"(ランク)"に応じた報酬と優遇を与える制度。

 家が『名家』と呼ばれるだけの名声を得るためには、高い位の天恵者を排出するのが必須条件だった。


 それは敷かれた道を歩くことに抵抗のない人々にとっては歓喜すべき制度で、俺のようなとりわけ明確な将来の夢なんぞを抱いていない人間にとっても「まあいいか」と将来を確定させてくれる有り難さがあった。

 実際のところ、ある程度の位さえあれば俺はどんな天恵だと発覚しても問題ないと思っていたし、父も同じ気持ちのようだった。


 父が普段から俺に対して「ああしろ、こうしろ」と指図しない理由は単純で「その代わりに天恵に則した道を歩んで家に貢献しろよ」という無言の圧力でもある。

 我が家は代々優秀な天恵者を排出してきた名家と呼ばれる立場だったので、その圧力はきっと気のせいなんかではないだろう。

 父が俺より先に天恵検査の結果を読んだことが、何よりの証明だった。

 だが。


「自分の目で確かめてみろ」


「へ?」


 父は机に広げられていた複数の用紙から一枚を取ると、机越しに俺へと手渡した。

 そこには『天恵検査の結果について』と記されており、思わず目を疑うような結果が書かれていたのである。


『貴公の天恵は以下のとおりである。

 天恵(スキル):お嬢様 (ランク):S

 比類なき才を持つ者なり』


 何度も目を擦ったが、書かれている内容は当然変化しない。

 どう反応すれば良いのかわからなくて顔を上げると、父は気まずそうに窓の外を見ていた。

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