第1話 天使の少女
私は天使である。名前はまだ無い。いえありました。カノンです。それは覚えていました。
状況を整理します。
天歴300年。お日様もまだ高い頃。
私は上空からスカイダイビングをしています。ただいま絶賛、落下中です。
その理由を、全く覚えていません。
私は天使なので、空を飛ぶことができます。背中に羽が……ありません。ごめんなさい無理でした。
天使の輪っかがあるので、天の加護を受けています。頭に輪っかが……ありませんね。恐らくこのままだと落ちて死ぬ気がします。
「拝啓、大天使様。これがつみですか……?」
詰みと罪をかけた高度なギャグ……。
こんな高度で考えることじゃないですね。
あれよあれよという間に地面が見えてきました。私の人生、ここで終了でしょうか。人ではありませんね。天使生終了です。
思えば短い一生……でしたっけ。走馬灯すら流れてきません。自分が天使であったこと、名前はカノンであること。他にも覚えていることはありますが、記憶がすっぽり抜け落ちている気がします。
そんなことを考えているうちに、私は、尻餅をつくような形で、大きな音を立てて地面に激突した。
激突した……はずなのですが。
「……あれ? 全然大丈夫みたいです。さすが私。はじめまして地上!」
理由はわかりませんが、助かりました! 身体中痛いですけど!
なぜ地上に来てしまったのかわかりません。ですが、とりあえずこの状況を楽しもうと思います。私、結構メンタルは強い方です。
「ふむふむ……地面というのは案外やわらか……」
そうなんです。空の上から見ていたときは、地面ってもっと硬いものだと思っていたのですが、意外と
「痛いわよっ!!」
ぺちぺち触っていたの、地面じゃなくて人でした。私が、青い髪の人間さんを下敷きにしていました。
「私、だれか踏みつぶしてるーっ!? ごめんなさいごめんなさいっ! 早速人間さんを殺めてしまうなんて……もう天界には戻れないかもしれません……」
「勝手に殺さないでよ! 生きてるわよ!」
そういって、人間さんは私を軽々持ち上げる。見た目、私と背丈も年齢も変わらなさそうな子にあっという間に立たされました。力が強いみたいです。私には出来る気がしません。複雑な気持ちです。
「人間さんって頑丈ですね!?」
「あなた、どうして空から落ちてきたの?」
「それがですね」
「というか受け止めるの、失敗してごめんなさい。もうちょっと綺麗にいけるかなって思ったのだけれど……」
「えと、それは」
「あと天界って何? 頭でも打ったのかしら!?」
「あの……天界だけに、会話の展開が早いですね……なんて…………」
沈黙が訪れる。何か言って欲しいです。
「そんなに上手くないわよーっ!!」
「渾身の天使ギャグがーっ!?」
「ツッコミどころが多すぎる……久々に叫んだ……」
そういって、青髪の女の子はとてもぐったりしていた。そういえばまだ名前も聞いていない……。
「だ……」
「だ……?」
「第一印象が、悪すぎる……っ!」
人を上から踏みつける、変なギャグで空気を凍らせる、説明もできない、名前も名乗れない。逆に100点満点です。私の鋼のメンタルも既にボロボロです。
「空から降ってきた女の子を受け止めたら、夢のような物語がはじまる冒険ファンタジー! からは……遠いわねぇ……私も昔読んだからやってみたけど……」
そんな気持ちで受け止めようとしてたんですか。
かなり遠回りになってしまったけれど、とりあえず名乗って謝罪することにします。
「あ、あの、私はカノンって名前です。先ほどは本当にごめんなさい」
「……エオリアよ。まぁ、ダメージも大したことないし大丈夫よ」
「優しい……。上空から人に突撃した罪がこんなにも軽いなんて。地上って思っていたより良いところですね」
「地上……ねえ。あなたのその、天使って設定は何なのかしら?」
「えへん。私は本当に天界の天使なんです」
「……ふーん?」
「その目は信じてないですね?」
「天界から天使が落ちてくるなんて、聞いたことがないし……証拠でもあるのかしら?」
「ええとね、まず頭の上に輪っかと、背中に羽が」
「無いわよ?」
「……地上にきたから消えるのかな! はい次、魔法が使えます!」
「魔法を使える人はごまんといるわよ?」
「次っ! 空を飛べます!」
「魔法のくだり諦めるの早っ! 空を飛べる……なら信じても良いのかしら?」
「羽が無くなったから飛べないんでした……」
ネタ切れました。私、天使であることを証明できません。完全に涙目です。
「え、もう終わりなの。自称天使さんは……その、あれね」
「あれってなんですかーっ! そこに入るのきっと悪口ですよね!?」
「まさかそんな……そんなことは……?」
露骨に顔を逸らされる。さすがに察しました。
「もーっ! たしかに私、天使要素いま0ですけれど!」
「ふふっ、ちょっとからかいすぎたわね。あんまり同年代の子と喋ったことが無いから、楽しくなっちゃって」
エオリアちゃんが自然に笑う。はじめて会話が盛り上がってる!
「楽しいですか!? やったー!」
「そこに食いつかないでよ! ていうか喜びすぎだから。もう、さっきの無し!」
「ふふふ、地上ではじめて会話が成功しました!」
「採点甘すぎない……?」
「エオリアちゃんは、楽しく無いですか……?」
「まって、その目うるうるさせるのずるだから。小動物みたいな可愛い上目遣いしたら私が肯定するとでも思……」
「……どういうことです?」
「天然でやってるの? 首をかしげると可愛いみたいな計算された動きなの? そんなことでこの私が頷くわけな…………そうね、ちょっと楽し……」
「やったー!」
思わず万歳してしまいました。人間さんとの会話ってとても楽しいです。私はそのために地上に降りてきたのかもしれません。
「あなたといると調子が狂うわね……本題に戻るけど、まぁ天使のように可愛いから天使ということにして。あなたはこれから何をするの?」
「……わかりません」
「…………いや、え? そこはちゃんと設定考えないとダメじゃないかしら?」
「設定って! さてはまだ信じてないですね!? 信じてもらえる要素ゼロですけど……それがですね、全く覚えていなくて。気がついたら空の上から落ちていまして」
「空の上から落ちてきた、というのが唯一天界の天使っぽいわね。本当にそうなら、教会に行けば良いんじゃないかしら。あそこで天使様と会話でき……?」
そういうエオリアちゃんが、何やら難しそうな顔をしています。なんででしょうか?
「……ええと、会話ができると思うわ」
「教会……確かに、そこなら他の天使様たちと会話できそうですね! 行きたいと思います、が……」
どこに何があるのか、全くわかりません。
「まあ、本当に落ちてきたのなら、場所なんて分からないわよね」
「お願いですエオリアちゃん! 案内してくださいっ!」
「ちゃん付けなの? これから私に道案内させるんだから、様くらいつけても」
「エオリア様! お願いします!」
「冗談だから! 私も教会には行くし、案内してあげるわね」
「わーい! ありがとうございます。よろしくお願いしますっ」
「……まぁ、ちょうどいい話相手かしら」
そんなこんなで、不思議な出会いをした私たちは、一緒に教会のある街へ向かうことになりました。
あれ、そういえばエオリアちゃん、空から落ちてきた人を受け止められるのすごすぎないですか……? 人間さんってみんなそうでしたっけ……?