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「鈴は、わたしがあげたものです」

「え?」

 オーウェンは瞠目する。

「シス司祭の鈴です。本来わたしたち聖職者は、装飾品を持つことを禁じられているのです。ですから鈴のことはどうか他の人には黙っていてあげてください。わたしのせいで、司祭が叱られてしまうのはとてもかわいそうですから」

 彼女はそこで近づけていた顔を元に戻す。オーウェンはほっと胸を撫で下ろした。聖職者だからなのか、彼女は少しばかり無邪気すぎると、オーウェンは思った。

「良くしていただいたお礼として差し上げました。わたしがこの世界に身を投じる前に、父から貰ったものなのです」

「ずいぶんと高価なものだったのでは?」

「さあ? わたしは物の値のことはよくわからないので。それに贈り物とは金額ではなく気持ちだと思いますから」

 にっこりと微笑まれ、オーウェンは思わず頷いていた。

「実はわたしからも、クレイブスさんにどうしてもお伺いしたいことあるのですが、よろしいですか? ―――――もしかして、キラにベリティリの嫌疑がかかっているのですか?」

 今度こそ、オーウェンは呼吸が止まった。フェイシスも、同じように固まってしまっている。目の前でにこにこと笑っている少女はいったい何ものなのだ。奇跡の血を持つ聖女といわれているが、他人の心も読めるのではないだろうか。二人が驚く姿がよほど面白かったのか、彼女はころころと声を上げて笑った。そして、種明かしをしてくれる。

「簡単な推理です。あなた方は、ナイト・クイーンのことをお尋ねに教会へいらっしゃったはずなのに、キラとベリティリのこと続けてわたしにお尋ねになったので、もしかしたらと思ったのです。キラに、あの恐ろしい死神の嫌疑がかかっているのでしょうか?」

「いえ、まだはっきりとそう決まったわけではありません」

「そうですか」

 聖女は目を伏せ、胸の前で両手を組んだ。

「わたしが保証します。キラは、そんな恐ろしいことをするような方ではありません」

 しかし、オーウェン達は、彼が人殺しだということを知っている。保証されたところで、彼女には悪いがまるきり信憑性はない。なによりも、ベリティリの黒髪と、キラ・シジョウの黒髪の一致は有力だ。聖女は、そんなオーウェン達の思考は読めないまでも、疑いが晴れていないことは気配から気付いたのだろう。哀しむような顔をした。が、すぐに気を取り直したように目を上げると、真っ直ぐにオーウェンを見つめてくる。

「もう一つお聞きしてもよろしいですか、クレイブスさん?」

「ええ。なんでしょう?」

「あなたは、とても耳がよいのではありませんか? あなたが持っている不思議な力は、予知ではありません。音を聞き分ける力。そうではありませんか?」

 オーウェンは、ぽかんとする。耳のことを知っているフェイシスも同じように目を丸く見開いて聖女を見ている。先ほどからこの聖女には驚かされてばかりだ。

「な、なぜそう思うのです?」

 驚きなんとか押し込めて、務めて冷静な振りで尋ね返した。

「クレイブスさんが、鈴を見てもいないのに色や模様を言い当てたからです。シス司祭の鈴はダルマティカの中にしまわれていますから、なにかの拍子に見たということはありえません。では、同じものを別のところで見たのだろうと判断しました。――――そうですね、キラの鈴を見たのではありませんか? あの子の鈴がときどき、上着の裾から零れ出ているのをわたしも、何度か目にしたことがあります。それに、キラは先ほど教会に来ていましたから。同じものをクレイブスさんが見かけたとしても、おかしくはありません。わたしがキラに差し上げたのです。寄付のお礼にと。その鈴音と、シス司祭の鈴音が、同じだったことに気付かれたのですね?」

 探るように見つめられ、降参するしかない。オーウェンは両手を上げ、苦笑った。

「ええ、そうです。昔から耳がよいんですよ。一度聞いた音は忘れないし、音を音階に直して聞き分ける癖もありましてね。シス司祭の鈴と、キラ・シジョウの持っていた鈴の音が同じ音をしていたので不思議に思ったんです。同じもの、というよりも同じ職人が同じ材料を使って、まったくそっくりに作り上げたものですね。滅多にあるものじゃない」

「そう作らせたものですから」

 彼女は言って、目を伏せた。唇に淡く笑みをはく。

「わたしの国では兄弟鈴と呼ぶのです。よほど腕のよい職人にしか作れない品物なのだとか。父が形見にとくれたものです」

「そんな大切なものを人にあげてしまったのですか?」

「わたしが人に返せる感謝のものといったらそれしかありませんでしたから。それに二人はわたしにとってはとても大切な、まるで家族のような人達です。ですから、鈴をお礼にと。・・・・・・キラはいい子です。もちろんレイとして時には人に恨まれるようなことをしなくてはならないときもあるでしょう。ですが、決してベリティリと呼ばれるような殺人鬼ではありません。わたしはキラを信じています」

 硬く心に誓うように、彼女は強い声で言った。

 まだ教会へ残っていた白猫も、聖女の言葉に同意するようににゃあにゃあと、鳴く。オーウェンとフェイシスは顔を見合わせて苦笑した。もしかしたら、早く帰れと言っているのかもしれない。

 このままここにいても、これ以上有益な情報は得られるないだろうと判断して、二人は暇乞いを告げた。

「あの」

 背を向ける寸前で、聖女が呼び止めてきた。

 ややして、躊躇うように視線を俯かせ唇を噛む仕草をする。意を決して顔を上げたとき、彼女は涙ぐんでいた。

「こんなことを言うのは、きっと間違っているのでしょう。わたしは罪深いのかもしれません。ですが、大切な友人が犯してもいない罪に問われるのを黙って見過ごすことはできません。クレイブスさん。トーラント警視、わたしの話を、聞いていただけませんか?」

 オーウェンとクレイブスはお互いの顔を見合わせた。彼女はなにか知っているのだろうか。

「わたしはベリティリのことを詳しく知っているわけではありません。あいにく教会では新聞を購入するようなお金はありませんから、信者の方や近所の方からときどき噂話として耳にするだけです。ベリティリの犠牲者の多くは、上流階級の人間だと伺いました。時には屋敷の中、夜会の最中に被害にあうこともあると」

「ええ、そうです」

 通り魔のように路上で殺されることもあるが、大勢の人間が集まる夜会の最中、警護の厳重な屋敷で就寝中、または走る馬車の中で殺害されたこともあった。

「ベリティリは、少なくとも中流以上、上流階級出身、もしくは上流階級の人間と交流のあるものではないでしょうか」

「なぜ、そう思うのですか?」

 オーウェンは彼女のその考え方に、少し驚いていた。

「ベリティリは下層区の人間ではないかという説が有力なのだそうですね」

 理由は、単純なもので、上流階級者や中流階級者が無差別に狙われているからだ。下層区の人間は、特権階級者に悪感情を持つ者が多い。あまりに生活の差がありすぎて、逆恨みのような憎しみを持ってしまうのだ。そして、被害者の数が圧倒的に上流階級や中流階級の人間に集中していることから、心理分析官が、被害者の裕福な暮らしなどへの嫉妬による犯行ではないかと結論を出したことにもよった。

「クレイブスさんは、上流階級の方の夜会へ招かれたことはありますか?」

「あ、いや、ないですね」

「では、夜会がどんなふうに行なわれるか、ご存知ですか?」

「え?」

 オーウェンは言葉に詰まった。

「では、上流階級のお屋敷がどんなものかは、ご存知ですか?」

「・・・・・いえ、知りません」

 聖女はにっこりと笑った。

「わたしも知りません。きっととても華やかなものなのでしょうね。貴族のお屋敷というのは、この教会の敷地よりも広いのでしょう?」

 聖女の顔がフェイシスへ向けられる。彼は憮然とした顔で頷いた。

「そんな広い屋敷の中でどうやって目当ての相手をベリティリは探すのだろうと、わたし、いつも不思議に思っていたのです。きっと、わたしなんてお屋敷の中で迷子になってしまうでしょうね」

「そうでもありませんよ。基本的に作りや部屋の配置は、屋敷の全体を見ればある程度は予測が出来るものです。似たり寄ったりの造りが多いんです、案外ね」

「でもそれは、そんな大きなお屋敷を見慣れているか、知り尽くしているからでしょう? トーラント警視も貴族の方なのですわね。身形や立ち居振る舞いでもわかります。この教会にもときどき、高貴な方が参られますから。あなたなら、きっとどの辺りに主寝室があるか、家族の居住区が配置されているか、屋敷を見ただけである程度予測もできるのでしょう。いいえ、きっと夜会へ忍び込んだとしても、不審に思われることもない。でも、きっとわたしなら、お屋敷の中ですぐに迷子になってしまうだろうし、夜会にもぐりこんでも、おかしな女が混じっているとばれてしまうでしょう。つまりは、そういうことです。身分の差とは、人が思うほど簡単に埋められるものではないということです。わたしたち下層区の人間が、労働者が、貴族になることは、ほとんど不可能だということです。では、ベリティリはどうやって屋敷や夜会に潜りこんだのでしょうか? その場にいる多くの貴族の方々の目を盗んで。メイドや従僕に化けて? 貴族の家で働けるものは、おもに中流階級の、きちんと紹介状を持った人たちだけです。わたし達のような、下層区のさらに下に住むものにはほとんど不可能。ベリティリは、きっと上流階級の人間です」

 彼女はきっぱりと言い切った。そして、ふと自分の両手を、オーウェン達に突き出した。

「クレイブスさんは、わたしの手をかわいそうだと言ってくださいました。節くれだって、皺とあかぎれと、傷だらけの手です。人によっては醜い手だときっと言われるでしょう。でも、わたしはこの手が大好きです。この手が、少しでも人の役に立つのですもの。下層区の娘は、自分の手で生きるための糧を作ります。その手は、わたしと似たり寄ったりの手です。でも、貴族のお姫様の手は、この手とは比べ物にならないほど美しい手をしていることでしょう。よく磨かれた珊瑚色の爪に、小麦粉のような白い皮膚とふっくらとした柔らかな肌。少なくとも、労働者は貴族にはなれません。どれほど美しい衣装で飾り立てようとも。でも、ほんの少し他人の目をごまかす程度でよいのなら、その逆は可能でしょう」

 ベリティリが下層区で人を殺しても捕まらない理由は、下層区の住人であるからというのが警察の見解だ。紛れ込まれてしまうと、見分けが付きにくい。しかし、聖女の言うことは、確かに一理も二里もあった。下層区の人間が貴族に化けて夜会や屋敷に忍び込むことよりも、貴族の人間が労働者に化けて下層区に紛れるなら、後者の方がはるかに可能だ。それぐらいに、貴族の人間は特別な存在だということだ。

 苦々しげにフェイシスが口を開いた。

「しかし、あのキラ・シジョウが下層区にいるからといっても、必ずしも労働者とは限らない。確かにあなたのいうとおり、下層区の人間が貴族に扮することは難しいが、逆なら可能でしょう。なら、キラ・シジョウがそうなのかもしれない。わたしは、キラ・シジョウに会うのは二度目だが、彼の身形や立ち居振る舞いから到底労働者には見えなかった。なら彼の本来の出身は貴族だったのかもしれない」

 オーウェンも、それには同意して頷いた。とても、あの美貌の少年が労働者のようには見えなかった。むしろ貴族だといわれた方がはるかに納得できる。だが、聖女は唇に淡い笑みを乗せて目を伏せた。

「彼は孤児ですわ。幼い頃に親に捨てられ、そのためずいぶんと酷い生活をしてきたそうです。十二のときに、新しい主人に拾われずいぶんと特殊な環境下で育ったらしく、それが今の彼の成り立ちです」

「特殊な環境化?」

「彼の生まれた国に関係することです。ですから、この国の貴族とは関係ありません。彼の立ち居振る舞いは貴族のそれではありませんわ。むしろ、あれは聖職者のものです」

 オーウェンもフェイシスも驚いた。そして、ああ、と、頭の片隅で納得する。

 苛烈で静寂。あの雰囲気とあの仕草は、確かに神の領域に身を浸すものが持つ独特の空気だ。貴族の、豪奢で華やいだものとはまったく違う。フェイシスも同じことを思ったらしい、考え込むように唇を指でなぞっている。

「少しは、キラの疑いは晴れましたか?」

「・・・・・あなたの推理、参考にさせていただきますよ。まるで探偵のようですね」

 フェイシスはともすれば皮肉ともとれるようなことを言う。が、表情からしてほぼ本音だ。警察署に帰ったら、捜査方針を考え直す気でいるはずだ。

「まあ、お恥ずかしいですわ。本物の刑事さん相手に出すぎたことを言いました。実はわたし、探偵小説が好きなんです」

 彼女はちょっとはにかみながら、打ち明け話をするように片目を瞑って見せた。その愛らしい仕草には、オーウェンまで笑ってしまう。

「中々どうして、本物の探偵のようでしたよ」

「ありがとうございます」

 丁寧に頭を下げ、それかたゆっくりと顔を上げる。これで話しは終わりだという合図だった。聖女は教会の入り口まで見送りに出てきてくれた。通りで遊んでいた子ども達が、聖女の姿を見つけて走り寄ってくる。彼女は時々、近所の子ども達に無償で読み書きを教えているのだそうだ。すっかり子どもに懐かれ、纏いつかれている。

「それでは、またなにかわかったり思い出したことがあったら、ぜひご連絡ください」

「ええ、わかりました」

 聖女は教会の入り口まで見送りに出てきてくれた。通りで遊んでいた子ども達が、聖女の姿を見つけて走り寄ってくる。彼女は時々、近所の子ども達に無償で読み書きを教えているのだそうだ。すっかり子どもに懐かれ、纏いつかれている。

 それをちょっとの間微笑ましく眺めてから、彼女に背を向けようとしたオーウェンはふと思い出したことがあって、捩じりかけた身体を元に戻した。

「ああ、そうだ。聖女様」

「はい?」

 赤毛の子どもが腰に抱きついて笑っている。その子どもの背に手を添えた格好で、聖女がこちらを向いた。

「聖女は、キラ以外に黒髪の持ち主を誰かご存知ありませんか?」

「黒髪?」

 聖女の瞳がゆっくりと細められる。ややして、彼女はふわりと微笑んだ。

「トユイの王子の髪は、黒なのではありませんか?」


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