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 月が西の空のずいぶんと低いところにあった。

 深夜と呼べる遅い時間ギルバート・シアーズとロン・グリッセズは娼館街を歩いていた。二人とも少しばかり機嫌が悪かった。仕事が上手く行かなかったのだ。今まで使っていた商品の入手先が潰れてしまったのだ。このままでは、今まで得ていた利益の半分を失うことになりかねない。金の卵を生み出すガチョウを手に入れたばかりだと思っていたのに。

 相棒と話し合って今後どうするか、別の入手ルートを探し出すか考えた。しかし、この仕事はテリトリーというものがある。軽はずみに新地開拓といわけにはゆかないのだ。下手をすれば他の同業者と争うことになる。ルート争いといえど、莫大な金が動くために、同業者の裏にはスポンサーが別にいることがある。そのスポンサーが危ないのだ。裏に顔を持つ結社だったりすることもままある。敵に回せばまず命がないだろう。

 新たなルートを見つけるとなると、よほどうまく立ち回らなければこちらの身が危なくなる。しかし、あれほどの商品を取り扱うルートとなると、とうに他の同業者が抑えている可能性の方が高かった。そもそも、あれはそう多く出回っているものではないため、別の入手先を見つけること自体困難だった。

 返す返すも、あの男が死んでしまったことが悔やまれた。

 今日は一日相棒とそのことで話し合い続けたが結局答えの出ないまま、今に至る。ギルバートは、金のためなら多少の危険は必要だという考え方だ。今までだって、困難や危険を二人で乗り越えてきたではないかと主張する。他の奴らが莫大な利益を上げているのを指をくわえて見ているのは面白くない。そこは無理をしてでも、食い込むべきだという。この世界はいつだって食うか食われるかの弱肉強食なのだから。しかし、ロンは慎重論を唱える。別にあの商品にこだわらなければ、今まで通りの入手元でも充分やっていける。現に、少し前まではうまくやっていけた。つい最近になって新たに手に入れた商品が、驚くほど高値で売買されるようになり、急に懐具合が豊かになった。自分達はそのことに舞い上がりすぎていた。冷静になってみれば長く続くわけがないことぐらい考えられるはずだった。あれが手に入らなくなったのなら、今後は元のやり方に戻せばいいだけだ。それでも充分食っていけるのだから。

 あれは、確かに莫大な金を生み出すガチョウだった。しかし、ロンはあれに関わった人間が軒並み死んでいることを恐ろしく思うのだ。ギルバートは気のせいだという。本当に気のせいだろうか。少し前に、あの薬を調合していた医者が死んだ。その前には薬をロンたちから買った学生が死んだ。そして、先日は薬の入手人が死んだ。あれの周りには死が渦巻いているような気がするのだ。

 ギルバートもロンも頑固だ。どちらも互いの意見を譲らず夜半まで話し合った。このままでは埒が明かない。少し気分転換をして頭を冷やそうということになった。

 折りしもここは娼館街。今時分はめぼしい娼婦はとっくに客を取って引き上げている頃だろうが、中には売れ残ったものが明け方まで通りに立っている。そうゆう娼婦は安値買いできる。ふらふらと街灯の乏しい道を歩いていた二人の前に、目当ての娼婦が手持ち無沙汰そうに煉瓦壁に背をつけ立っているのを見つける。

 街灯の弱々しい明かりの下では顔立ちまではわからないが、ほっそりとした体のシルエットが際立った。

「おっ、あれなんていいんじゃないか」 

 ギルバートが影へ向かって歩いていく。ロンとしては胸や尻の突き出した豊満な女が好みだが、ギルバートはまだ少女と言えるようなほっそりとした身体の女が好みだった。しかし、相手の容姿が見えるところまで来て、二人は驚いて足を止めた。

 娼婦だと思っていたが男娼だったのだ。

 もちろん、この娼館街では男娼の存在も決して珍しいものではない。女が男を買うことも、男が男を買うことも、そして女が女を買うことも、平然と行なわれているのだ。ここでは快楽の名のもとにすべてが許されてている。

 驚いたのは、その男娼のあんまりの美しさだった。

 まだ十代の後半頃だろうか。透き通るような銀色の髪を襟足長く伸ばし、頬や首に纏いつかせている。小さな顔に少しばかり生意気そうな印象を与える目鼻立ち。上品ではあるが、小悪魔的な魅力の顔。ギルバートとロンに気付いて向けられた瞳は、菫色をしていた。

 彼は、誘うようににこりと微笑んだ。

 止まっていたはずの、ギルバートの足が動いた。ロンはびっくりした。

「お、おい、ギル!」

 相手は男だぞと、忠告する。ギルバートは、女専門のはずだ。相棒は振り返りもせず答えた。

「あんな美人だぞ。男でも気にならねぇや。俺は、あいつを買うぜ」

 ギルバートの声は、すでに熱っぽく興奮していた。

 しかし、ロンは釈然としないものを感じた。あれほどの美貌の男娼が、一人きりで夜遅い路地で客引きをするだろうか。そもそも路地に立つような娼婦や男娼は、店に属することの出来ないような年増か醜女かよっぽどのわけありだ。普通の娼婦達は、娼館などに属し、自分で客を引かず、向こうから客がやってくるのを待つ。そうゆう娼婦は公娼と呼ばれ、政府に職業として認められた存在だ。給料は歩合制だが、基本給が支払われ、ある程度の生活が約束されているため、娼婦の多くが店に入りたがる。容姿や性技に秀でたものは多くの客がつき、売れっ子になれば、上流階級並みの待遇と生活が手に入れられる。娼婦の中には、貴族に気に入られ愛妾となるものもいた。

 目の前にいる男娼は、そうゆう恵まれた一握りの中の人間に思えた。

 しかし、ギルバートにはそんな考えは浮かばないらしい。男娼の少年はじっと菫色の瞳でギルバートを見つめ、怪しく微笑む。

「客待ちかい?」

「そうだよ」

 少年の声は甘く蕩けるような美しい響きをしていた。

「へぇ。こんな遅くまでか?」

「うん。だけど、おじさんが来てくれたからもう待つ必要もなくなった」

「俺に買われてくれるかい?」

 少年は返事の変わりににこりと微笑む。妖艶な美貌が怪しく瞬く。

 ロンは、これほどの美貌なら確かにギルバートが男買いをしてもいいと言った気持ちがわかった。一度こうと決めたら、彼は譲らない。頑固さはよく知っている。ロンの不確かな不安など告げても、信じないだろう。好きにさせるしかないかと、頭を掻いた。神経質になっているのかもしれない。自分も早々に娼婦を見つけて、宿に入りたい。女を抱いて眠れば、胸の内側に凝ったもやもやも晴れるに違いない。

 相棒を置いて、歩き始めようとしたときだった。

 にゃあと猫の鳴き声が、すぐ近くで聞こえた。なんとはなしに振り向いて、ロンは呆然とした。

 ギルバートが少年に抱きつくようにもたれかかっている。少年の腕はギルバートの首に回されている。いや、回すというよりは両手で掴んでいるといった方が相応しいかもしれない。一見すれば、二人が抱擁しているように見える。しかし・・・・・・。しかし、ギルバートの首が。

 ロンは全身を振るわせた。あり得ない方角に曲がったギルバートの首。力をなくし屑折れた相棒の身体を、少年が片手で中つりに持ち上げている。細く華奢な手首にからみつく銀色のブレスレットが、街灯のか細い明りにしらじらと光っている。少年の肩には黒い毛並みの猫が乗っていた。猫が再び鳴いた。まるでロンの存在を主に伝えているかのようだ。

 菫色の瞳が、ロンを見た。にっこりと、少年は微笑んだ。ゴミでも払うように、ギルバートの身体を道へ投げ捨てる。腕に巻きついているブレスレットがちりりと澄んだ音を響かせる。二度、三度、地面の上で跳ねた身体は横滑りしてロンの近くまでやってくる。大きく見開いた目と泡を吹いた口。死んでいた。

 ロンは悲鳴をあげた。しかし、喉は恐怖に固まり、掠れた声しか出なかった。少年が一歩こちらへ近づいてくる。妖艶だと感じた美貌は、冷酷な悪魔の顔に変わっている。

 ロンは逃げ出した。一目散にわき目も振らず、少年から離れるために走った。走って走って、めちゃくちゃに角を曲がった。どんなに逃げても、あの美しい顔が自分を追いかけているような気がした。

 どれほど走っただろうか。

  人影を見つけた。こちらへゆっくりと歩いてくる。ステッキを持った紳士のようだ。誰だっていい。ロンは助けを求めようとして、声を上げた。

「おいっ、た、助けてくれっ!」

 人影がこちらへ向かって駆け出してくる。助かったと思った。安堵すると、膝が笑っていた。

 あれは恐ろしい殺人鬼だ。ギルバートは不運だった。相棒は、迂闊すぎたのだ。思えば奇妙なことはいくらでもあったではないか。なのにあいつは気付かなかった。だが、ロンは気付いた。それが命の明暗を分けた。

 走り寄ってくる相手にことの次第を話そうと口を開きかけたロンは、奇妙なものを見た。

 それは黒衣の少年だった。

 長い杖のようなものを右手に持っている。走りながら杖に手を駆け、引き抜くような動作をした。まるで剣の鞘を抜くかのように。

 どこからともなく澄んだ鈴の音が響く。

 ロンが見たのは、この国では珍しい黒髪に黒い瞳の少年の、氷のように冷たい美貌と、冴え冴えと月光のように輝く銀色の刃だった。美しい波模様を刻んだ片刃が、自分の首元へ吸い込まれていく。りんと、柄に結び付けられている銀鈴が、夜の闇の中で響き渡った。

 ―――――俺は、いったいどこでなにを間違えたのか。

 呟いたつもりだったが、声になったかどうかはわからなかった。消え行く意識の最後に、再び猫の鳴き声を聞いた。少年の足元に純白の毛並みをした猫が立っている。ロンを見てにたりと哂ったような気がした。

 首を切り落とされたロンの身体は、空へ向かって血飛沫撒き散らしながら、どうと石畳の上へ倒れた。持ち主を失った頭部が、ころころと少年の足元へ転がってくる。呆然とした表情は、最期の瞬間まで自分の死が信じられていないようだった。

 少年は刀を振って血脂を払う。そこへゆっくりと歩いてくる足音が聞こえた。見知った音に顔を上げると銀色の髪の少年が、黒猫を先導にしてやってくるところだった。

「終わったか?」

 その問いに、黒髪の少年は無言で返す。先ほどまで仕事を見届けているつもりか側にいた白猫が、主の下へ駆け出していく。銀髪の少年が差し出した手を伝いするすると肩の上へ乗り上げ、ごろごろと鳴きながら頬擦りをする。刀を鞘に戻し、懐からハンカチを取り出す。大切に包んでいた花を摘み、死骸の上へ置く。

 これで今日の仕事は終わりだ。

 銀髪の少年は何が楽しいのかくすくすと笑う。

「あいかわらず、てめぇの殺しは芸術性がないな」

 妖艶な顔立ちから零れる言葉とは思えないほど、悪ガキめいている。黒髪の少年がちらと一瞥を向ける。こちらの少年は、声音こそ冷淡だが言葉使いにも動作にも品があった。

「なら首をへし折る殺し方のどこに、芸術性がある?」

 優雅な手つきで愛刀を鞘に戻す。そのとき、鞘に結び付けられた銀鈴が、可憐な音を立てる。

 くるりと銀髪の少年に背を向けさっさと元来た道を引き返し始めた黒髪の少年の背中に、声が追いかけてくる。

「あの方の元へ?」

 返事はない。くすりと涼やかな笑い声が闇の中へ響いた。

「伝言を頼むわ。愛してるってさ」

「・・・・・・そんな気色の悪い伝言を僕に頼むな。それに、なによりもあの方の耳汚しだ」



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