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 二日後、オーウェンとケイトは、リトル伯爵家を訪ねた。前もって亡くなった弟君の部屋を調べさせて欲しいと頼んでおいたので、来訪の約束を取り付けることは簡単だった。当日、家の前にリトル家の箱馬車が迎えに来た。お忍び用の馬車らしく外装こそ飾り気のない質素な作りになってはいたが、その反動のように内装は驚くほど豪華なものだった。ベルベットの光沢のある椅子に座り、あまりの柔らかさにオーウェンとケイトは目を白黒させてしまった。ほとんど揺れることなく、道を進んでいく。

 蔓薔薇の絡みつく鉄門の前で馬車が止まった。門の向こう側は美しい緑の小道が続いている。その向こう側に、見上げるほど大きな城のような屋敷が聳えていた。門番が門を開け馬車を通す。木漏れ日の落ちる小道を抜けながら、ケイトがそっと窓のカーテンを摘んで外を除き見た。

「・・・・・大きなお屋敷ねぇ。なんだか気後れしそう」

 居心地悪そうに首を竦めている。やがて馬車は屋敷の前で止まった。二人が降り立つと、お仕着せの服を着た老齢の男が出迎えてくれた。この家の執事だろう。

「グレイブス探偵事務所の方々でいらっしゃいますね? ミレーユお嬢さまがお待ちです。こちらへ」

 玄関を入ってすぐのホールには、天井からきらきらとしたクリスタルの飾りの付いた照明が吊り下げられ、床には毛足の長い絨毯が敷き詰められていた。このホールだけでオーウェンのアパートの部屋が二つは入るだろう。

 あまりの豪華さに目が眩む。隣ではケイトの口が塞がらない。

 執事が案内したのは応接室だった。先ほど箱馬車の椅子よりもさらにふかふかしたソファに二人で身を沈め、メイドが持ってきた紅茶に恐る恐る手を伸ばす。美しい薔薇の絵が描かれた真っ白な陶器のカップは、縁に金箔が塗り込められていた。きっとこれ一つで、オーウェンの稼ぎの数か月分はするに違いない。

 もし壊して弁償を求められても、到底払えそうにない。

「く、くれぐれも、こ、こわさないようにね、ケイト」

「お、おじさんこそ」

 カップを持つ手が震える。なら紅茶を飲まなきゃいいだろうにと言われそうだが、カップの中の紅い液体は、こんなときでもなければきっと一生口にすることのないような高級品だ。そっと口に運び、味を確かめる。

「・・・・・なんか、別にウチの紅茶と同じような味な気がするね」

 思わずオーウェンが言うと、隣でケイトも微妙な顔をしていた。

 扉が開いて、今日も喪服を纏ったミレーユが現れた。この間にくらべ、表情が少し明るく見えたのは、依頼を引き受けてもらえた安堵からだろうか。

「わざわざお越しくださってありがとうございます」

「いえ。こちらこそ」

「早速ですが、弟の部屋にご案内致しますわ」

 オーウェン達はミレーユの案内で屋敷の奥へと導かれた。彼女の弟の部屋は、屋敷の一階南奥にあった。

 人気はほとんどない。もともと屋敷の大きさに対して住人の数が少ないせいでそう感じてしまうのか、それとも最初からここには人を寄せ付けないようにしてあった場所なのか。素行が悪かったという言葉を思い出し、きっと後者に違いないだろうとオーウェンは思った。

 急にミレーユが立ち止まった。廊下の奥へ声をかける。

「エメライン?」

 淡い水色のドレスを纏った少女が振り返る。まだ幼さを頬に残した美少女だ。ミレーユの妹だろう。顔立ちが似ている。緩く波打つ金髪を背中に落とし、少しきつい印象を抱かせる水色の瞳をしていた。

「こんなところでなにをしているの?」

 少女はぎょっとしたように一瞬顔を強張らせた。

「お姉様っ! あの・・・わたくし、お兄様のお友達を、お兄様のお部屋に案内していたのよ」

「お友達?」

 少女の背後に、もう一人誰かが立っている。しかし、廊下の影の中に入り込んでいるせいか、顔は見えない。ミレーユも同じことを思ったのだろう。妹の顔を訝しげに見つめて「どなたなの?」と尋ねた。

 エメラインが、少し躊躇う様子で振り返った。その横から影を纏った人物が二歩ほど進み出てきた。

 りんと、澄んだ鈴の音が影の中から響いた。

 影、と思ったのは彼が全身漆黒の服を身に纏っていたからだった。そして、何よりも彼はその身体に纏う色も、影のように黒かった。ミレーユも、オーウェンも、そしてケイトも彼を見て、ぽかんと口を開けた。

 それぐらいに目の前に現れた少年は、綺麗な顔をしていた。

 どこか冷たい印象を覚える、つんと目尻のつりあがった猫のような瞳。固く引き結ばれた紅い唇と、雪のように白い肌。額を隠す髪は絹糸のような艶やかな漆黒だ。まるで人形が命を与えられて生きているような錯覚を覚える少年だった。

 少年はその黒い瞳でミレーユを見た。そして、今度はミレーユの背後にいるオーウェンとケイトを。

 彼の瞳が自分に向けられたとき、オーウェンは無意識に唾を飲み込んでいた。理由もなく、冷たい水を浴びせられたような気がしたからだ。

「あなたと、ウィリアムがお友達? じゃあカルステン校の後輩かしら?」

 カルステン校とは、上流貴族の子弟が通うパブリック・スクールだ。確かに少年は、貴族の子弟らしい品の良さがあった。しかし、ミレーユの言葉に、少年は僅かに目を伏せて頷いただけだった。少年が一言も言葉を発しないので、彼女は困ったように小首を傾げてしまう。エメラインが取り成すように間に割って入る。

「お姉様、わたくし達はもう行かなくちゃ」

 エメラインが少年の手を引いて、オーウェンの横を通り抜ける。ちりりんと、また鈴の音がした。少年の身体から響いてくるのだ。音の元を探して少年の身体に視線を走らせると、上着の裾から編み紐に通された銀鈴が零れ出ている。

 鈴には細かな模様が彫り込まれていた。一瞬だったのでなんの絵なのかはわからなかったが、一目で高価なものだとわかる。美しい音色だった。

 彼らはオーウェン達が来た道を引き返していった。その後姿を三人でしばらく見送る。

「・・・・・・綺麗な子だったね。まるで絵をみているみたい」

 夢心地にケイトが呟いた。確かに綺麗な子ではあったが、オーウェンが思ったことは別のことだった。

「黒い髪と瞳」

「どうしたのおじさん?」

「・・・・・・いや、偶然だろうかと、思っただけだ」

「偶然?」

 数日前、自分が見たベリティリの姿。

 フードの端から覗いた黒い髪。あの時ベリティリと向かい合ったときに感じた冷酷な禍々しさと同じものを、オーウェンは先ほどの少年の瞳の奥にも感じたのだった。それはとても微かなものではあったが、少年の中には、その髪と瞳よりも暗い闇が潜んでいる気がした。もちろん、ただそれだけで先ほどの少年をベリティリと決め付けるのは早計だろう。

 しかし、夜を統べる死神と恐れられているベリティリも、昼間はただの人のはずなのだ―――――。


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