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13

 夜半近かった。突然けたたましく教会の扉が叩かれる。先に気付いたのはシファだった。彼女は夜の祈りの最中だった。組んでいた手を放し振り返る。傍らにいたアーシェラが立ち上がる気配がした。

「こんな時間に誰だ?」

 不思議そうに呟いたのは、少し離れた場所でシファの祈りが終わるのを手持ち無沙汰そうに待っていたルルゥだ。本来なら夜こそが彼の活動時間であり仕事の時間であるのだが、今日はその仕事を休んで教会を訪ねてきていた。激しく打ち鳴らされる音は止まない。それは扉を叩くものの心を表していた。不穏な予感。シファは折っていた膝を伸ばし、眉根を寄せた。

「どうしました?」

 穏やかなアーシェラの声が聞こえる。しかし、それに答える声は、ここまで聞こえてこない。ときどき、こんなふうに夜に運び込まれてくる病人や怪我人がいる。夜は死が司る時間だという。だからか、夜に運び込まれる病人は重篤なものが多かった。

 しばらくのやりとりの後、アーシェラが聖堂の扉を開けた。

「アシル!」

 聖堂の中へ転がり込んできた影に、ルルゥが声を上げる。シファには黒い塊にしか見えなかった。つんのめって転んでしまったらしい。ルルゥが駆け寄るより早く、アーシェラが抱き起こす。

「大丈夫ですか?」

 顔を上げた子どもの顔は、涙でぐっしょりと濡れていた。

「姉ちゃんが、姉ちゃんが」

 アシルはシファを見て、言った。それ以外に言葉が出てこないようだった。傍らに座ったルルゥが「どうした? ジネットに何かあったのか!」と問いかける。子どもは友人の顔を見て、さらに声を上げて泣きじゃくり出した。

「姉ちゃんが、ち、血を、吐いて、くるっ・・・・しそうで、ひっく、め、目をさま、さ、ないんだ。な、何度も呼んでるのに」

 嗚咽の合間の言葉はひどく聞き取りにくかったが、彼の姉が病気だということは知っている。ルルゥが何度も薄い背中を撫でていた。「どうしよう」彼はその言葉を繰り返す。「どうしよう、姉ちゃんが死んだら。俺一人ぼっちになっちゃうよ」。親がいない子どもは、この区域では珍しくない。だが、彼の不安と嘆きは痛いほど伝わってくる。

 シファが近づくと、涙に濡れた目で見上げてきた。

「助けてください! 助けてください! なんでもしますから! お金なら払います。今すぐにはないけど、絶対にどんなことをしてでも払います。だから、どうか姉ちゃんを助けてください!」

 教会の床に頭を打ちつけるようにして彼は額ずいた。数日前は、シファのことを魔女だと吐き捨てたその口で、今度は懇願する。哀れなほど震えた肩が、教会の中に燈された蝋燭の明かりに照らされて、小刻みな影を作る。

 白い頬には無数の涙の跡。魔女と断罪した相手に、再び頭を下げる屈辱は、どんなものだろう。シファにはわからない。

 ルルゥとアーシェラの視線が、同時に向けられる。彼らが、シファに何かを命じることはない。彼女の判断をただじっと待っている。そして、それは絶対だ。この子どもをシファが無常に見捨てたとしても、文句も非難も言わず無言で受け入れるだろう。

 シファにはそれだけの権限があった。なぜなら彼女はこの教会の王だから。

 シファは緩く瞬くと、涙を流して頭を下げる子どもの頬に手を伸ばした。

 真っ赤に濡れて熱を持った皮膚。それを掌で包みこみ、顔を上げさせる。涙に濡れた瞳を覗きこんだ。

「わたしにできることなら、なんでもしましょう」

 その瞬間、子どもの手がシファに伸ばされる。ぎゅっと抱きしめられ、驚いた。暖かな手だった。ルルゥが「おい!」と叫び声をあげたが、かまわずその体を抱きとめる。親しい間柄でもないのに、何故か愛おしさが込み上げてきた。

「とにかく、あなたの家へ行きましょう。お姉様はそこにいるのですね?」

「う、うん」

「俺も付いてくぞ、心配だからな!」

 すかさずルルゥが宣言する。いまだに彼女の腕の中にいるアシルを見ては、苛々したように視線を眇める。シファはアーシェラに指示を出した。

「あなたは教会へ残っていてください。それと、誰かユリエラの元へ使いに。もしかしたら彼の手が必要になるかもしれません」

 「わかりました」とアーシェラが立ち上がるより早く、ルルゥが口笛を細く吹いた。トタタタッと音がして、どこからともなく二匹の猫がやってくる。見事な長毛種の漆黒と純白の猫だ。二匹は紫色の瞳を細め、主の足元に擦り寄る。

「ついでに、ノーユ(こいつ)も連れてけ。何かの役に立つはずだから」

 ルルゥに抱き上げられた漆黒の猫へ視線をやり、短く頷くとアーシェラは聖堂を出ていった。ぱっと腕を放されたノーユは、駆けるようにして後を追いかける。一連のやりとりを目で追っていたシファは、そっとアシルの肩を掴んで引き離す。涙の跡を指で拭ってやった。

「では、案内をお願いしますね」


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