第十三話「試合前の小休憩」
「ハロルド、先に決勝で待ってるぞ」
「ええ、少しだけ待っていてください。僕もその舞台に上がります」
試合スペースから出た俺は真っ先にハロルドへ声をかけた。
セシリアたちが俺を囲み勝利を称賛してくれる。
稽古場の窓からは外の夕日が差していた。
間もなくハロルドの準決勝が始まる。
相手は六年のローラ先輩だ。
許嫁であるエドガーが敗北を喫したことで悔しい思いをしているだろう。
そしてローラ先輩もまたザフィーア流剣術の実力者だ。
ハロルドにとっては強敵だが、俺は勝利を信じている。
「ごめん、ちょっと用を足してくる。みんなはその辺で待てってくれ」
みんなの輪から抜け出して俺は稽古場から外に出た。
稽古場を出ると、すぐ近くの木陰にブランドン先生が立っていた。
ブランドン先生が意味ありげな表情で稽古場をあとにしたので、俺が追いかけた形だ。
俺はブランドン先生に歩み寄った。
「決勝進出おめでとう。生徒の成長が見れて俺は教師冥利に尽きるよ。これで片手じゃ弱いなんて言うヤツも少しは減るんじゃないかな」
「素直に称賛を受け取っておくよ。それで? 何か俺に言いたいことがあるんだろ?」
そんなことをわざわざ言うために俺を外まで誘導するはずがない。
ブランドン先生は周囲に人がいないことを確認してから、小声で話し始めた。
「例の偽物の件だが、昨夜は現れなかった。俺も昨晩は遭遇していないし、警邏中の警官も誰一人として目撃した者はいなかったそうだ。ちょっと気になるね。一昨日までは毎夜出没していたのに、昨夜は姿を見せなかった。どうしてだろうね」
闇夜の死竜の偽物か……。
「偽物の心の内なんて俺が知るかよ。もう飽きたんじゃないのか?」
「闇夜の死竜の正体を知っていて、きみと同じ戦い方をする。きみに対して何か因縁じみたものがあるんじゃないかな?」
「見当もつかないな。あれから考えたけど、暗くて素顔はよく見えなかったし、記憶にない声だった。爺さんや親父なら何か知ってるかもしれないけど、手紙を送っても返事が返ってくるのはずっと先になるぞ」
「なるほど。それからワイバーンの件はいまだ調査中だよ。冒険者がやったのなら武勇伝の一つでも語っていてもおかしくはないけど、そんな話も耳にしていないね」
ワイバーンと戦ったのは冒険者だと考えもしたが、いまにして思えばあれは偽物の仕業なんじゃないかと思えてきた。
偽物ほどの実力があれば可能だと思えるし、何よりワイバーンの傷痕は俺が双剣で倒した時のものと似ていた気がする。
もちろんあの時点では俺や爺さん以外にアレクサンドリート流剣術の使い手がいたなんて夢にも思わないから、そういう思考には至らなかった。
「いちおう今夜も偽物が出ないか見回っておくよ」
「ああ、頼む」
ブランドン先生は稽古場に足を向けた。
そうして少し進んでから振り返る。
「アルバート、話は戻るが学院内予選の決勝まで進んだきみにはウルズ武闘祭への出場が確定した。ウルズ魔術学院との交流戦のメンバーにも選ばれるだろう。だけど、現時点では同じ歳でアステリア王国武闘祭を制した時の俺のほうが強かった。もちろんその時対戦した相手もきみより上だ」
「……なんだ、そんなことが言いたかったのかよ」
「だからもっと高みを目指しなさい。俺は担任としてそれを見届けるつもりだ。さて決勝の相手はどちらになるのかな」
「ハロルドが勝つと俺は信じている」
「さて、そのとき俺はどっちを応援すればいい?」
「考えるまでもない。どっちもだよ」
ブランドン先生は笑みを浮かべながら頷いた。
そして稽古場へと入っていった。
(よし、俺も中に戻るか)
◇ ◇ ◇
稽古場に戻るとすでにハロルドの試合が終わっていた。
いくら何でも早すぎるだろう。
ブランドン先生との話はそんなに長くはなかったはずだ。
「おい、もう終わったのか?」
「うん、そうなの。ローラ先輩が何もできないうちにハロルドが決めてしまったわ」
「……まさかエドガーの負けを引きずっていたのか?」
エドガーが落ち込んでいるのを目の当たりにしてローラ先輩が試合に集中できなかったのかもしれない。
「いや、そうは見えなかったぜ。ローラ先輩も気迫が籠もった目をしてたからな。動きも冴えてたし」
「そうなのか? ハロルドは最後どうやって決めたんだ?」
「それがよぉ――」
「ロイド、ちょっと待ってください」
ロイドの後ろから歩いてきたのは試合を終えたハロルドだった。
「僕とアルの試合が終わるまで、それは内緒にしておいてくれませんか。自分の目で見ていなかったアルが悪い」
「お、おう。わ、解った。敵に手の内を晒したくないってことだな、うん。解ったぞ」
「みんな悪い、ちょっとハロルドと二人で話させてくれるか」
俺がそう言うと、ロイドは戸惑いながらも後ろへ下がり、セシリアたちも距離を取ってくれた。
決勝戦は休憩を挟んでの開始となる。
その前にハロルドと少し話をしておきたかったのだ。
「いよいよ決勝だな」
「ええ、この日を待ち望んでいました。舞台が決勝というのは出来過ぎですが」
「そんなに俺と試合がしたかったのか? いつも剣術の授業で似たようなことしてるだろ」
「僕が戦いたかったのは本気のアルとです。残念ながらルール上アルは得意の双剣を使えませんが、たとえ片手の木剣でも本気のアルとやりたかったんです」
「そうか……」
面と向かって俺との試合を熱望していたと伝えられると、何だか気恥ずかしいものだ。
「それで、わざわざみんなを遠ざけてまで僕に言いたかったことはそんなことではないんでしょう?」
「あ、ああ……それな。いや、それはもう解決した。お互い全力で試合しよう」
「……? はい、もちろんです」
お互い現時点でウルズ武闘祭の出場権は獲得している。
それに直近ではウルズ魔術学院との交流戦もある。
俺とハロルドがそのメンバーに選出されるのはほぼ確定的だ。
そしてハロルドにとっては、さらに上のアステリア王国武闘祭に出場し優勝するという目標もある。
実際、親父さんからはそう期待されているはずだからな。
今から始まる決勝は学院内での優勝者と準優勝者を決めるだけのもの。
たとえ負けてもウルズ武闘祭には何の影響もない。
万が一、下手に怪我でもして先のウルズ武闘祭に支障が出れば困るだろう。
体の怪我なら回復術士に治してもらえばいいが、問題は精神的な部分だ。
さっきの準決勝ではエドガーが敗北のショックを受けていた。
自信があっただけに余計だろう。
ハロルドはどうだ?
エドガーと同じくハロルドも自信を持っている。
俺が勝つ前提で考えてしまっているが、全力でぶつかればそういう問題が出てくる。
そんなことを考えていた。
(俺の杞憂か……)
俺は難しく考えていたのかもしれない。
ハロルドは全力での戦いを望んでいる。
友が言うのだから応えるのが筋ってものだろう。
俺は決勝で自分のすべてを出し切ることを決意した。
「では、僕は少し休憩してきます。一人で考えたいこともありますので」
「ああ、解った」
ハロルドは一人で集中したいようなので、俺はセシリアたちのところへ歩いていった。
「なんかハロルドのやつ恐いくらい気合い入ってたよな……」
「当たり前でしょ、決勝戦なんだから。あなたは難しいことを考えず二人を応援してればいいのよ。その大声が役に立つ時がきたじゃない」
ブレンダがロイドの肩を叩きながら言った。
「アルは準備をしなくていいの?」
セシリアが訊いてくる。
「ああ、俺は特に。いや、ちょっと準決勝で動きすぎたから腹が減ったな」
「あ、じゃあこれ食べて!」
セシリアが手にしていた包みを広げるとパンがあった。
俺はセシリアが昼食後に食堂でパンを購入するのを見ていたのだ。
まるで俺の腹具合を計算していたかのような用意の良さに恐れ入る。
「おお、ありがとな」
「うん、たくさんあるから遠慮しないで」
「おっ! じゃあ、俺ももーらい!」
「わーい、私も食べる~」
ロイドとミリアムもパンに手を伸ばした。
そうして俺はパンを食べながら束の間の休憩を過ごした。
そして――学院内予選の決勝戦。
俺とハロルドの試合が始まる。
稽古場は決勝を観戦しようと多くの生徒が集まっていた。
さすがに決勝ともなると他の試合は見なかった教師も気になるのか、学院長までが見にきていた。
昨日の第一試合で当たったスカーレットや、同じく予選敗退に終わったロイドの従兄弟ノエルたち死竜クラスの面々も一角を陣取っていた。
決勝の主審は五年樹竜クラスのダリア先生だった。
そのダリア先生がよく通る声で試合開始を告げ、俺とハロルドが構える。
どちらもグラナート流剣術の構えだ。
ハロルドがゆっくりと間合いを詰めてくる。
「僕はずっとこの日を待っていました。あなたと全力で戦える日を」
その目はただ単に俺との試合を切望しているのではなく、何かしらの思いが秘められているように感じた。




