第八話「学院内予選」
一学年の生徒数が約二百四十人。
成績順に樹竜、氷竜、雷竜、風竜、岩竜、水竜、幻竜、炎竜、金竜、光竜、闇竜、死竜の十二クラスに分けられ、各クラス二十名の生徒たちは試合の組み合わせ抽選で二十の組に分けられる。
学院内予選の一試合目は一組十二人による生き残り形式――いわゆるバトルロイヤルというやつ――だ。
試合が行われる場所はウルズ剣術学院内にある稽古場だ。
一年生から六年生までの六学年一斉に一組の試合ができるよう稽古場には六面の試合スペースと、それぞれの周囲には生徒や教師が試合を観戦できるだけの余裕がある。
このことからも稽古場の広さが解るだろう。
足元は石敷になっていて、試合スペースは四辺に腕ぐらいの幅の溝が掘られている。
この溝の内側が試合スペースで外側が場外で、わずかでも出てしまうと負けになってしまう。
試合の審判を務めるのは我が学院の教師たちだ。
生徒数も多いから当然教師の数も多い。
担当クラスを持つ七十二人の教師とは別に、校医や非常勤を含めると百人にも上る。
その半数ほどがこの稽古場に集まっていた。
一組の試合に対し教師五名が審判に当たる。
主審一人に副審が四名。
これは試合をあらゆる角度から見るためと、大怪我などの事故を未然に防ぐための配慮だった。
町の診療所からも回復術士が出張していた。
これは万が一怪我をしてしまったときの対策だ。
いちおう、試合が終われば希望者は傷を癒やしてもらえる。
何十年も昔は数年に一人は大怪我をして死に至ることもあったらしい。
いまほど対策が万全でなかったし回復術士の数も少なかったからだ。
「アルの木剣よ」
「あ、うん。ありがとうセシリア」
セシリアから木剣を受け取る。
俺がすぐに試合に出られるよう準備してくれていたようだ。
「がんばって」
「ああ。みんな勝ったってのに俺だけ負けるわけにはいかないからな。六人揃って第一試合突破する」
セシリアが期待を込めた視線で頷いた。
俺は振り返ってから歩を進め溝を跨いで試合スペースに入る。
対戦相手である他の生徒たちはもうそこで待っていた。
俺を含めて十二……。
(あれ…………?)
十一人しかいない。
もう一度、生徒一人一人を目で追いながら数を数えるが、やはり俺を入れて十一人しかいない。
各クラスには約二十人の生徒が在籍している。
しかしクラスによっては十九人だったりする。
なぜかというと、入学時には各クラスきっかり二十名となっているのだが、学年が上がるにつれ落第する生徒が出てくるからだ。
成績の不振であったり、何らかの校則違反を犯してしまったりと理由は様々だが、学年が上なほど生徒数は定員より微減している。
なので、組み合わせによっては十一人の組ができる。
(俺が出る最終組は十一人だったか)
そう思って納得した直後、副審である教師が場外を見ながら言った。
「あとは死竜クラスだけだ。二十組目の試合に出る生徒は早く中に入りなさい」
どうやら参加予定の生徒があと一人いたようだ。
しかも死竜クラスか。
すると、一人の女生徒が溝を跨いで試合スペースに入ってきた。
そして入るや否や、他の生徒を押しのけて俺に向かって歩いてくる。
その顔はいらだたしげに眉間にしわを寄せていた。
「最後の最後まで姿を現わさないから、組み合わせで私と当たったのに恐れをなして逃げたのかと思ったよ。それとも私を焦らして精神的に有利に立つ作戦でも考えていたのか?」
俺の目の前で腰に手を当てて胸を張っているのは、死竜クラスのスカーレットだった。
「いや、どんな作戦だよそれ。というか俺は諸事情で遅刻してて、組み合わせ抽選の結果も知らなかったんだ。対戦相手におまえがいたと知ったのは、たった今だぞ」
「ふん。どうだかね」
なおも俺に食ってかかろうとするスカーレットを静止したのは主審の教師だった。
「こら、やめないか。このあとも試合の予定はあるんだ。そうでなくても五年の試合進行だけ遅れているんだ。すぐに始めるぞ」
俺たち五年以外の一試合目は、すでに二十組まで試合が終了していた。
五年の試合だけ遅れているのは、セシリアたちが俺のために時間を稼いでくれたからに他ならない。
というわけで、試合が押しているのは俺のせいだ。
スカーレットは渋々、主審の指示に従い俺と距離をとった。
主審が周囲を確認してから宣言する。
「それでは、これより五年生の第一試合、二十組目の試合を始める。ルールは事前に担任から聞いていると思うが、最後に立っていた生徒が試合の勝者となる。各自、準備はいいか?」
主審が生徒一人一人の顔を見ていく。
俺も主審と同じように対戦相手である生徒の顔を順に追っていった。
生徒の体の向きや視線の角度で誰が誰を狙っているのか、ある程度見極めるつもりだ。
(だいたいのやつがスカーレット狙いか。これも定石だな)
去年この一試合目で負けた俺の知名度は低い。
サイーダ森林での森の主との戦いや死竜の砦に乗り込んだ俺のことなど、一部の関係者を除いて知らないのだから当然だ。
したがって他の生徒から見る俺の印象は、上から四つ目の風竜クラスの一生徒といったところだろう。
俺より樹竜クラスや氷竜クラスの生徒を警戒するのが普通だ。
それと――問題児ばかり揃っている死竜クラス。
(上位クラスのやつらも、最初にスカーレットを集中攻撃して敗北させる作戦か。だが、スカーレット相手にうまくいくかな)
それならそうで、俺も試したいことを存分にできる。
俺は左拳を握りしめた。
それから右手に持っていた木剣を左手に持ち替えた。
「おいっ、なんで左手なんだよ! おまえは右利きだろうがッ! 私を舐めてんのか!」
スカーレットが再度俺に詰め寄ろうとしたところで、主審の声が響いた。
「それではっ! 始めっ!」
スカーレットが俺に接近する前に三人の生徒が間に入った。
三人は俺に注意を払いつつも、スカーレットに向かって木剣を構えている。
樹竜、氷竜、雷竜の上位三クラスの生徒だった。
「邪魔だ! どけえぇぇっ!」
スカーレットが三人を相手にしているを横目で確認しながら、俺は背後から迫る気配を感じて振り返った。
木剣を振りかぶって突進してくる幻竜クラスの生徒だ。
俺に向かってくるのは一人だけ。
おそらく一番近くにいた俺に狙いを定めたのだろう。
(ザルドーニュクス流剣術か! だがロイドより練度は劣る!)
とは言っても剛の剣ザルドーニュクス剣術。
受け止めていたら木剣が折れないか心配だし、何より俺の反撃が遅れる。
だったら――と、答えを出した俺は相手の攻撃をギリギリで躱しつつ一気に間合いを詰めた。
「うぼぉえぇぇっ!」
俺が突きだした木剣の先が相手の腹に直撃している。
すぐに木剣を手元に戻し構えをとった。
幻竜クラスの生徒は右手から木剣を落とし両手で腹を押さえて膝から崩れ落ちた。
相手が戦意を喪失したのを確認してから俺は周囲の状況を見た。
他の生徒はそこかしこで乱戦を繰り広げている。
五年の試合の遅れが学院内予選全体の進行を遅らせていることもあって、どの生徒も早く決着をつけなければと多少の焦りがあるように感じた。
でなければもう少し様子見したりといった行動が見れるはずだ。
しかし今は誰もが先を争うように木剣を振るっている。
ただ単にそういった戦闘スタイルなだけかもしれないが。
おそらく俺の考えは当たっているのだろう。
考えながら俺は向かってきた生徒の手首を木剣で打ち払った。
痛みのあまり地面に膝をつく生徒から視線を外し、今度はスカーレットのほうに顔を向ける。
スカーレットは上位クラス三人の生徒を倒していた。
もう別の生徒二人を相手に立ち回っている。
ブレンダには及ばないが、性格に反してザフィーア流剣術の綺麗な型が光る。
(やはりこの最終組で一番の実力者はスカーレットだな。去年の俺の実力じゃ負けていたかもしれない)
ものの数秒でスカーレットが二人を薙ぎ倒して俺に向かって大股で走ってきた。
「アルバート! あとはおなえだけだっ!」
スカーレットの大振りを俺は体を仰け反らせて躱す。
息もつかせぬほど矢継ぎ早にスカーレットの攻撃が続く。
体力もある。
これだけ動いているのに呼吸は乱していなかった。
「真面目に戦え! 逃げるだけで手も出ないんじゃ、さっさと右手に持ち替えやがれッ!」
「勘違いするな。俺は俺で大真面目だぜ。おまえに勝つにはこれしかない」
双剣なら容易いが片手剣の練度じゃ、いくら俺が大幅に進歩したといってもスカーレットと互角もいいところだ。
――グラナート流剣術ならな。
俺はザフィーア流剣術の構えをとった。
「左手にザフィーア流だと!? 舐めるのもいい加減にしろっ!」
スカーレットの斬撃が頬を掠めた。
「俺は右利きだけど両手を使えない俺は左の方が剣の扱いは上手いんだ」
「なんだとっ!」
これは嘘だ。
だが俺が左手で戦っているからと侮って手を抜かれちゃ困る。
全力で向かってきてくれないと俺の稽古にならない。
「そんな話初めて聞いたぞ」
「他のクラスの生徒に自分の手の内を明かすわけがないだろ。だから本気で来い。真っ向勝負だ!」
スカーレットから怒りの表情が一瞬消える。
直後、スカーレットの動きが一変した。
ただでさえ華麗なザフィーア流剣術に一段と磨きがかかったように感じる。
(やっぱり本気を出していなかったな。だが、それでいい!)
ようやく本気のスカーレットと相対することができた俺は、自らのザフィーア流剣術を試すことにした。
今こそ成果を見せる時だ。
「たあああああああああっ!!」
気合い一閃。
スカーレットが放った剣技はザフィーア流剣術の横薙ぎ技〈コンチェルト〉だ。
俺は横薙ぎの攻撃に自らの木剣を合わせた。
流れに逆らわず、そして反撃の起点として利用する。
そのまま滑り込むようにスカーレットの胸元へと飛び込む。
「なっ……!?」
スカーレットが驚愕の表情を浮かべるがもう遅い。
俺は木剣を突きつける。
繰り出したのはザフィーア流剣術の突き技〈アイリス〉だった。
スカーレットは無防備になった胸部に〈アイリス〉の直撃を受けた、
すかさず主審が割り込んでくる。
「それまで! 決着だ! アルバート・サビア木剣を降ろせ」
スカーレットが声を荒げて審判に食いついた。
しかし審判は首を振る。
「勝敗は決した。置かれている状況をよく考えるんだ」
主審の視線の先は地面に尻をついているスカーレットではなく、その右手に握る木剣のほうだった。
「あっ……! これは……!?」
スカーレットの木剣には亀裂が入っていた。
ひっくり返って座った自分自身と木剣の状態をようやく理解したスカーレットは、悔しそうに木剣を地面に叩きつけた。
木剣は真ん中から真っ二つに折れた。
折れた先が俺の足元に転がってくる。
「スカーレット、おまえの本気見せてもらった。ありがとな」
「ばっ、馬鹿にしてんのか!」
「そんなわけあるか。本当に感謝してるんだ」
言いながら俺が手を差し出して、スカーレットが立ち上がるのを手伝おうとする。
しかしスカーレットは俺の手をパシンと叩いて、自力で立ち上がった。
立ち上がったあとは俺に視線も合わせずに背中を向け遠ざかろうとする。
俺は折れた木剣の先を拾い上げた。
スカーレットの行く先にはいつの間にか五年樹竜クラスの担任ダリア先生が立っていた。
この試合を観戦していたのだろう。
私情を挾まないタイプだと思っていたが、やはり妹のことは気にかけているようだ。
「スカーレット、ちゃんと自分の木剣を片づけろ。剣士としての最低限の礼儀さえ守れないのか」
スカーレットは舌打ちしてから早足で俺に近づくと、主審と俺から折れた木剣をひったくるようにして回収すると、そのまま走って稽古場をあとにした。
ダリア先生はやれやれといった様子でその後ろ姿を目で追ってから、主審に一礼した
「すみません、先生。進行を続けてください」
「あ、ああ。学院内予選第一試合二十組、勝者は風竜クラスのアルバート・サビア!」
主審の勝ち名乗りを受けて仲間たちのほうへ振り返ると、セシリアたちが喜んでくれていた。
俺は少し照れくさくなりながら、みんなのところへ歩いていった。




