第六話「最後の仕上げ」
俺が動揺を隠せずにいると、背後から駆けてくる足音が聞こえた。
それがブランドン先生だと気づくと同時に、俺は正気を取り戻す。
「相棒! 見つけたようだね!」
「ちっ、おまえの仲間か。いいところだっていうのに水を差しやがる」
偽物が退く素振りを見せるが、ただで逃がすつもりはない。
こいつが何者か確かめなければ!
(魔眼、――開眼ッ!)
俺は地面を強く蹴って、偽物との間合いを一気に詰めた。
アレクサンドリート流剣術、突き技〈エルモ〉を放つ。
しかし偽物も反応している。
俺の攻撃を躱すと、見知った剣技を繰り出してくる。
間違いなく斜め斬り技〈トルスティ〉だった。
(くっ……! 〈トルスティ〉までっ……! いったい何者だ!)
偽物の攻撃を右の剣で弾き返してから、俺も負けじと剣技を使う。
二度、三度とアレクサンドリート流剣術の剣技を応酬する。
四度目の偽物の攻撃、弾き損ねた俺の右手首に鋭い痛みが走る。
(斬られたっ……! だが全然浅い!)
俺は地面に右足を踏ん張って斬り上げ技〈アルマス〉で反撃した。
――ヒュン! と風を切る音が聞こえた。
それから手応えがあった。
「やったのか!」
すぐ背後からブランドン先生の声が聞こえた。
偽物は腰を少し落とし左手で顔を押さえている。
「いや、仮面だけだ」
俺が言った瞬間、偽物の仮面が真っ二つに割れた。
途端、偽物は踵を返して走り出した。
「追うか?」
「いや、無理だ」
ブランドン先生の問いに即答する。
「どうした……足か!?」
ブランドン先生の視線が俺の左足を凝視する。
俺の左足のすねの辺りの生地が裂けて血が滲んでいたからだ。
俺が〈アルマス〉を放つ際、踏み込みの左足を狙われたのだ。
おかげで仕損じた。
「怪我は右手首と左足だけか?」
いつになく心配そうな表情で、ブランドン先生は俺の顔を覗き込んだ。
たいした怪我ではない。
だが今夜偽物を追うのは中断しほうが良さそうだ。
「……ああ」
「相当な手練れのようだな。しかもあの剣術……」
「俺と同じだ。なんで使えるのか知らないけどな……」
それ以上言葉が出てこなかった。
思うことは山ほどある。
少し頭の中を整理したかった。
◇◇◇
診療所の回復術士の世話になり、傷は完治した。
翌日以降も俺は偽物を探したが結局収穫はなかった。
いや、正確には一つだけあった。
ウルズの町にある俺の隠れ家の一つに異変が見つかったのだ。
隠れ家ごとに用意してある闇夜の死竜の装備一式が忽然と消えていたのだ。
俺はすぐに合点がいった。
偽物が身につけていた装備品は俺のものに似せていたのではなく、本物の闇夜の死竜の装備品だったのだ。
おそらく、ここにあったものを盗んで身につけていたのだろう。
確かにあの日俺が叩き斬った偽物が付けていた死竜の仮面は、俺の仮面と遜色ない造りだった。
ますます偽物の目的が解らなくなった。
しかもアレクサンドリート流剣術の使い手。
俺の知る限りでは俺と当代であるじいいさん二人、それと母さんぐらいしか使い手はいない。
謎は深まるばかりだった。
いくつもの疑問が解決できないまま、時だけが過ぎていった。
そして――いよいよ学院内予選が明日に迫った。
あれから毎夜、俺の偽物を探しているが一度も遭遇していない。
おかげでひどく寝不足だ。
今夜ぐらいはしっかり寝て明日に備えようかとも思ったのだが、稽古が思うように進んでいないので最後の仕上げをすることにした。
サイーダ森林の奥へと入っていき、稲妻の谷を目指す。
八日前に来た時とは様子が変わっていた。
ブランドン先生からの連絡で軍や冒険者ギルドが立ち寄った痕跡も見られる。
ワイバーンの死骸はゴブリンや獣の餌となったようだ。
ここにはまだ多くのワイバーンが棲息しているだろうが、ゴブリンや獣はリスクを冒してまで餌を捕食しにきたらしい。
俺がその光景を眺めていると、背後の茂みから人の気配がした。
(しまった……。状況確認に気を取られすぎていた)
この位置からでは正確な数までは解らない。
足音から少人数だが複数であることだけは確かだ。
近くに身を隠す場所はないので、俺は細心の注意を払いながらゆっくり振り返った。
はたして、そこに現れたのは鎧を身につけた軍の兵士だった。
三人いる。
「冒険者か……こんなところで何をしている。この先は立ち入り禁止区域に指定されている場所だぞ。まさか、ワイバーンと戦いにきたなんて命知らずじゃないだろうな」
正直にその通りですなんて答えるわけにはいかず、俺は適当に相づちを打つことにした。
「森でゴブリンを狩っていたら奥まで来すぎました。ちょうど今から戻ろうと思ってたところです」
「そうか解った。だけどこの辺りはワイバーンの棲息している危険な場所だ。早く町へ戻ったほうがいい。あとすまないが、これも職務でね。念のため冒険者登録証を提示してくれないか」
「…………えっ」
まずい!
冒険者なら携帯しているはずの冒険者登録証なんて、俺が持っているはずがない。
俺は苦笑いしながら頬をかいた。
「それが……まだ冒険者じゃないんです。冒険者志望というか何というか……」
「…………まいったな。冒険者者じゃないのなら剣の不携帯は違法だぞ」
「はあ……すみません」
「見たところかなり若いが、歳はいくつだい?」
「えっと十七です。ウルズ剣術学院の五年です」
兵士たちは何やら相談し始めた。
やがて一人の年配の兵士が前に出て手招きした。
「仕方ない。私が一緒に町まで行ってあげよう」
「えっ」
「冒険者ならともかく、子どもを一人で帰すわけにはいかないからな」
俺は戸惑ったが、兵士の様子が何やらおかしい。
年配の兵士に向かって「なになに様がそんなことをしなくても」などと言っている。
名前はよく聴き取れなかったが、他の兵士二人に様付けで呼ばれていることから、この年配の兵士がここでは一番偉いのだろうと推測する。
結局、うまく断る方便が思いつかず、年配の兵士とともにウルズの町へ戻ることとなった。
二人の兵士は頑なに反対していたが、ついには根負けしたようだった。
しばらく進んでいると、年配の兵士が話しかけてきた。
「何をそわそわしているんだい? 魔物に遭遇しないか不安かい?」
どうも気の良さそうなおじさんだ。
物腰もさっきいた二人の兵士に比べて柔らかい。
「いえ……そう見えますか?」
そう見えたのなら誤解されたようだ。
ゴブリンが出たところで俺にとって何ら問題はない。
むしろこの兵士のおじさんを守りながら戦うほうが骨が折れる。
ゴブリンが数匹ならいいが、今は夜だ。
十匹以上の群れで分散して襲ってきたら面倒だ。
俺が懸念していたのはそれだった。
「はっはっは。安心しなさい。私はこれでもザフィーア流剣術上級の腕前だ。きみを無事に町へ送り届けることを保証するよ」
ザフィーア流剣術上級か。
俺は心の中で安堵する。
それなら兵士のおじさんも自分の身は自分で守れるだろう。
立ち入り禁止区域の担当になるくらいだから、腕が立つのは当然か。
今ごろになって気付いた。
「あの……町へ戻ったら俺はどうなります?」
「腰の剣は没収させてもらうよ。そのあとは速やかに家に帰りなさい。家の人も心配しているだろう」
いや、訊きたいのはそういうことじゃなくて、警察署に連行されてしまわないかどうかだった。
警察署に連れて行かれたら後々面倒なことになりそうだったからだ。
「実は私の息子も剣術学院の生徒なんだ」
「えっ……そうなんですか?」
唐突に兵士のおじさんは家族の話を始めた。
「あ、ウルズ剣術学院じゃなくオスワルド剣術学院だけどね」
「オスワルドの……」
「知ってるかい?」
「ええ、知ってますよ。ウルズ剣術学院より生徒数が多いんですよね。あっ……ゴブリンです」
「おっと、十匹以上はいるな。さすがに夜だと数が多いな。私のそばから離れないようにしてくれ」
「大丈夫です。そちらこそ気をつけてください」
兵士のおじさんは一瞬ぽかんとした表情を見せるが、俺が剣を抜いて構えたのを目にすると目つきが変わった。
「ふむ、グラナート流剣術か。隙のない良い構えだ。だけど無理はしないでくれよ」
「はい」
俺と兵士のおじさんは同時に地面を蹴ってゴブリンに向かった。
(ただの兵士じゃないな。俺の構えだけ見てある程度やれると判断したのか。目は確かなようだ)
目だけじゃなかった。
さすがザフィーア流剣術上級というだけあって、兵士のおじさんの動きは洗練されていた。
俺が一匹倒す間に、兵士のおじさんは二匹を叩っ切る。
ゴブリンを全滅させたとき、兵士のおじさんは息一つ切らせていなかった。
「いい腕だ。五年生と言っていたね。卒業後の進路はもう決めているのかい?」
「いやぁ、まだです。両親と祖父が冒険者なんですが、同じ道を行くのもなぁ……なんて考えちゃってます」
「はっはっは。じっくり考えればいいさ。卒業までに何も答えが出なければうちに就職しても構わないよ」
「いえ、軍は冒険者以上にありえませんから……」
固っ苦しいのは俺には向いていない……と思う。
同僚がこのおじさんみたいな人ばかりだといいんだけどな。
そうもいくまい。
他愛のない話をしながら歩いていると、ウルズの町が見えてきた。
西門の前で立ち止まると、
「じゃあ、悪いが剣は没収させてもらうよ。剣を持ちたかったら、ちゃんと冒険者資格を取ることだ。いいね?」
「はい、すみませんでした。わざわざ町まで送ってもらってありがとうございます」
俺は両腰の剣を剣帯から外して兵士のおじさんに手渡した。
俺のミスだ。この剣は諦めよう。
ロイドにもらった双剣じゃなくてよかった。
「いちおう所轄の警察署には連絡させてもらうよ。ただ、剣のことは黙っていてあげるから安心しなさい」
「……ありがとうございます」
どうやら警察署に連行するのは見逃してもらえそうでホッとする。
兵士のおじさんが街道を引き返していく途中で、不意に振り返った。
「あ、そうだ。ウルズ剣術学院には私の甥っ子も通っているんだ。同じ五年生ならきみも名前くらいは知っているかも知れないな。ちょっと気難しい性格だが、仲良くしてやってくれると嬉しい。エドガー・アラベスクというんだ」
「えっ……ええええええぇぇぇっ!?」
意外な事実。
思わず大声を上げてしまった。
兵士のおじさんはきょとんとした顔をする。
エドガーの伯父ってことは大貴族じゃないか。
どうして禁止区域の警備を……いや、もしかしたら警備隊長かそれ以上の役職かもしれない。
俺は兵士のおじさんを只者ではないと感じつつ侮っていた。
ということは、この兵士のおじさんの息子ってハロルドの持ってきたアステリア王国武闘祭出場予想リストにあった優勝候補じゃないか。
どうりで兵士のおじさんも強いはずだ。
俺は妙に納得したのだった。




