第四話「森の奥にて」
ゴブリンを斬り伏せた俺は、ふうと息を吐きながら剣を鞘に納めた。
俺がゴブリンを倒すことで、町への脅威も少しは緩和されるだろう。
冒険者の仕事が減って恨まれるかもしれないが。
本当なら町の外は冒険者に任せてしまって、町の中は俺が闇夜の死竜として相棒であるブランドン先生とともに不審な輩や悪党を取り締まっているが、しばらくはウルズの町はブランドン先生に任せておこう。
ブランドン先生の実力なら十分お釣りがくるはずだ。
普段はほとんど俺にやらせているから、こういう時ぐらいいだろう。
休む間もなく新手のゴブリンが姿を現わした。
今度は六匹。
もしかしたら、さっきのゴブリンと同じ群れだったのかもしれないな。
俺は腰の剣に手をかけた。
ゴブリンが手に持った棍棒を振り上げたと同時に俺は動いた。
ゴブリンの間を縫うようにして素早く移動し、確実に一匹ずつ仕留めていった。
ものの十数秒でゴブリンは全滅した。
確実に手応えを感じていた。
片手剣の練度も数段上がっている。
今なら中級にも届くのではないだろうか。
それもこれも魔眼の制御が上手くいっている証拠だろう。
魔眼のほうも以前より消費を抑えれるようになっている。
(この先を北東に進むと稲妻の谷だ)
通称――稲妻の谷。
サイーダ森林の奥にある地面の大きな裂け目だ。
古くからの言い伝えで、怒り狂った十二神竜の雷竜が落としたという稲妻の名残だ。
そして、ワイバーンの巣窟でもある。
(ウルズの町にとって幸いなのは、ワイバーンが稲妻の谷付近から離れないことだ)
森の主がいなくなってからゴブリンの数は間違いなく増えている。
以前はおそらく禁止区域に近づこうとするゴブリンを、森の主が人知れず葬っていたのだろうと考えられる。
そうなると、ワイバーンの行動範囲も広がるのではないかと懸念したが、そんなことはなかった。
それが、ワイバーンという魔物の習性なのか、やつらは稲妻の谷を離れることはなかったのだ。
(――っ!?)
稲妻の谷が見えてきて、俺は不可解な光景に見舞われた。
周囲を警戒しながら気配を殺して慎重に足を進める。
辺りに人や魔物の気配はない。
そして、俺がそこまで辿り着くと――
そこにはワイバーンの変わり果てた姿があった。
「……誰がやったんだ? 俺が仕留めたやつじゃない」
思わず声が漏れる。
目の前のワイバーンは全身を斬り刻まれて絶命していた。
しかも、死後それほど経っていない様子だ。
傷口からは流れたどす黒い血は、まだ渇き切っていなかった。
身をかがめてワイバーンの傷をじっと確認する。
間違いなく剣で斬った傷痕だった。
(冒険者か……? いや、でも冒険者だってワイバーンの凶暴さは理解しているはずだ。熟練の冒険者ならもっと効率のいい狩り場を選ぶ。わざわざ稲妻の谷まで来るとは考えにくいけど……)
ワイバーンの傷はどれもこれもが致命傷となりうるものだった。
それでも幾度となく攻撃を繰り返したのだろう。
まるで試し斬りをするかのように。
不穏な空気に、夏場だというのに俺のかいた汗はすっかり冷え切っていた。
俺はその場を離れて周辺を調べることにした。
今夜は稽古どころではない。
そんな気分は霧散していた。
地面にできた大きな裂け目に近づく。
そこで、別のワイバーンの屍を発見する。
一匹や二匹ではない、軽く見渡しただけでも十匹は死んでいる。
これが冒険者の仕業なら、名の知れたAランクやSランクの冒険者のパーティーだ。
しかしこれだけ派手にやれば、ウルズの町でもちょっとした噂になりそうだ。
(町に戻ってから情報を集めてみよう)
そう考えて、俺は一旦ウルズの町へ戻ることにした。
◇◇◇
西門に到着し冒険者区に入った。
深夜になって人通りの少ない路地裏を歩き、さらに人気のない通りを進んでいく。
辿り着いたのは民家の裏口だ。
俺は懐から取りだした鍵を使い裏口の木戸を解錠して中に入る。
(ふう)
ここは俺の秘密の隠れ家だ。
セシリアたちもこの場所は知らない。
知っているのはブランドン先生だけだ。
部屋の中は生活感の欠片もなく、備え付けのクローゼットを開けると中には闇夜の死竜の装備一式がある。
夜の仕事をする時に利用する隠れ家の一つだ。
俺はウルズの町でこういった隠れ家を他に二つ持っていた。
ちなみに、すべてブランドン先生の所有物である。
正面の入口があるにも関わらず裏口を使うのはそういった理由からだった。
しかも立地はすべて夜になると人気のない通りに面している。
稲妻の谷の異変について事情を知っていそうな人物。
俺にはブランドン先生ぐらいしか思い当たらなかったので、話を聞きたかった。
今夜、俺に仕事の話をしたからには、俺の代わりに町をうろついているだろうと思ったのだ。
だけど冒険者の出で立ちで町を歩き回るわけにもいかない。
巡回している警官に職務質問をされれば面倒なことになる。
こういうときは闇夜の死竜になってしまうのが一番だ。
俺はクローゼットから闇夜の死竜の装備を取りだして着替えることにした。
漆黒のマントを羽織り準備を完了させて、俺は隠れ家をあとにした。
◇◇◇
町を徘徊していると前方から二人組の警官が歩いてくるのが見えた。
あちらも俺に気付いたようで、ぎょっとした表情で一瞬立ち止まってから会釈すると駆け足で近づいてきた。
顔見知りの警官で中年の男と若い男の二人組――いわゆるベテランと新米のコンビという、どこにでもいそうな組み合わせ――だ。
「や、闇夜の死竜殿!?」
「ああ。…………どうした? 俺の顔に何か付いているか?」
というのも警官が不思議そうな顔をしていたからだ。
もちろん彼らから俺の顔が見えるわけではない。
俺の顔の上半分は死竜の仮面で覆われているので、警官が確認できるのは俺の口元ぐらいなのだが。
「連日の協力感謝します……。ははあ、しかしいったいどんな移動をしたんです?」
ベテラン警官が顎髭をしごきながら言うと、
「先輩、ウルズの守護神たる闇夜の死竜に常識は通用しませんって。警察以上に町のことは知り尽くしてるんですから、きっと秘密の抜け道なんかがあるんすよ!」
新米警官が興奮した様子で答えた。
会話が噛み合わなかったので疑問に思うと、新米警官が続けて言った。
「さっきあっちの通りに走っていったのに、俺たちを先回りするなんて驚かさないでくださいよ~」
「……なに?」
どういうことだ?
まさか俺に仕事を断られたからって、今夜はブランドン先生が闇夜の死竜の代役を買って出てくれたのだろうか。
しかし、次のベテラン警官の言葉で、俺の疑問は疑念へと変わった。
「あの……ここ数日、金髪の相棒さんとは連携を取られていないようですが、何かあったんですか? 今日もずっと別行動されているようですし……い、いえ何でもないのならすみません。ちょっと気になったもので」
ここ数日?
そう言えば、さっき『連日の協力感謝します』って言っていたな。
俺はこの数日は夜の仕事をしていない。
ブランドン先生の目撃情報はあることだし、一人二役でもしているのか?
取りあえず、ブランドン先生を見かけた場所だけ聞いておく。
要領を得ないままの俺を置いてけぼりにして、警官たちは職務に戻りますと告げて夜の闇に消えていった。
(ひとまず、ブランドン先生を探すか)
ブランドン先生の目撃地点から、俺はだいたいのルートを割り出す。
飛翔の呪文を唱え背に翡翠の翼を顕現させると、俺は民家の屋根に向かって飛んだ。
屋根伝いに駆け抜けて魔眼を発動させる。
「…………いた!」
そう時間をかけずに目的のブランドン先生を見つけることができたのだった。




