第三話「夜の日課」
午後の授業終了後、担任のブランドン先生から学院内予選の日程が発表された。
水竜の月十八日と十九日の二日間に分けて開催されるそうだ。
十八日は予選を、十九日には決勝トーナメントが行われる。
今日が九日だから、当日まではあと九日だ。
まず予選だが、一試合目は各学年での組み合わせとなる。
一学年二百四十人――学年により多少ばらつきはあるが――を抽選で二十組に分け、一組十二名での生き残り形式、いわゆるバトルロイヤルというやつになる。
十二名のうち最後まで残っていた一名だけが、予選二試合目に進むことができるのだ。
こういうルールなので、いきなり俺とエドガー、スカーレットの三人がかち合うこともあるわけだ。
ちなみに一試合目は同じクラスの生徒と当たることはない。
樹竜クラスから死竜クラスまでの十二名の生徒が入り乱れて戦うので、順当にいけば樹竜クラスが有利だが、実力の劣る下位クラスも作戦や運が味方すれば勝機はある。
(このルールのおかげで一試合目はセシリアたちと当たらなくてすむ。ついでに言えば、セシリアたちがエドガーやスカーレットみたいな強敵に当たらないことを願う。六人揃って一試合目突破したいものだ)
ブランドン先生の説明は続くが、内容自体は去年と同じなので軽く聞き流す。
俺が入学してからずっとこのルールだし、過去十数年は同じルールで進行しているとブランドン先生が教えてくれた。
続いて予選二試合目。
これを勝てば決勝トーナメント進出だ。
一試合目の結果から各学年二十名が残っているので、これを抽選で十組に分け一対一の試合を行う。
もちろん勝者が次へ進むことになる。
ここまでが予選だ。
この段階で各学年上位十名まで絞られたことになる。
つまり決勝トーナメントは各学年上位十名、総勢六十名による戦いだ。
決勝一回戦の組み合わせだけ抽選――四名分のシード枠があるが、これも抽選だ――を行い、以降はトーナメント表に沿って試合が進んでいく。
そして去年の結果はハロルド以外全員、予選の一試合目で敗退。
ハロルドは決勝トーナメントまで進んだが、二回戦で惜敗を喫していた。
使用武器は木剣のみ。
あたりまえだが一本だけが使用許可される。
試合中に破損等があった場合は、審判の判断によって交換が認められる。
当然俺もルールに則り、双剣は使えない。
だからこの体たらくなのだ。
今年は違うってところをぜひ見せたいものだ。
試合が行われる場所は予選のみ学院内にある稽古場。
授業でも使われている場所でかなりの広さがある。
そして決勝トーナメントは、学院内で一際存在感を放っている闘技場だ。
学院内予選とウルズ魔術学院との交流戦ぐらいにしか使いどころがないのだが、きっちり手入れはされているし、階段状の観客席まで設置されている。
決勝トーナメント当日は、学院外からも観客が押し寄せる。
ブランドン先生の説明が終わり、クラスメイトたちは帰り支度をし始めた。
俺がセシリアたちを待ってから席を立つと、ブランドン先生から名指しされた。
「アルバート、ちょっといいかい? 今日はきみが当番だったね。俺の部屋に来なさい」
ブランドン先生はこちらにウインクを寄越すと教室を出て行った。
その背中を恨めしく眺めながら、俺は盛大なため息をひとつ。
「みんな悪い。先に帰ってってくれるか。話が長くなりそうだ」
俺は肩をすくめながら言った。
セシリアがすぐに聞き返してくる。
「今夜も仕事?」
「……多分な」
「学院内予選までもう日がないというのに、アルも大変ですね。同情はしますが、僕は少しでも差をつけれるように稽古に励みますよ」
「よっしゃ! ハロルド、一緒にやろうぜ」
「いえ、今日は一人で」
「って、おいぃっ! そんなこと言って昨日もその前も付き合ってくれねぇじゃねぇかよ~」
「ハロルドの貴重な時間をロイドのに使うのはもったいないでしょう。一人でやりなさい」
「おいおい、言ってくれるなぁブレンダ~」
今日もいつもどおりの光景だ。
◇◇◇
セシリアたちを見送った俺は、ブランドン先生の部屋を訪れた。
五年風竜クラスの教室のすぐ隣だから、さほど時間も経っていない。
ブランドン先生は机の上で事務作業をしていた。
顔を上げずに筆を走らせている。
「ブランドン先生、いつからこの学院に当番なんてものができたんだ?」
「ははは、面白いことを言うね。他の生徒の目もあるのに今夜仕事だなんて言えるわけがないだろう。当番と言っておけば、ああまたアルバートはブランドン先生に雑用を押しつけられるんだって思ってくれる」
「どういう扱いだよ俺は」
ブランドン先生は顔を上げずに作業を進めている。
しかし、笑っていることだけは何となくわかった。
「で、今夜なのか?」
「ああ、今夜だ」
「悪いがパス」
「…………は?」
ブランドン先生がゆっくりと顔を上げて怪訝な表情で俺を見た。
まさか断られるとは夢にも思わなかったのだろう。
「いや、話くらい聞いてくれても……」
「学院内予選に向けて備えておきたいんだよ。ほら、もう九日しかないんだからさ」
「うう~ん……。きみってそんなにやる気がある生徒だったかな」
「あのな、グレるぞ」
ジト目で睨む俺の視線をまったく意に介さずに、ブランドン先生は表情を和らげる。
それから腕を組んで少し考えるような仕草をすると、
「わかったよ。今回はきみの主張を尊重しよう」
あっさりと退いた。
拍子抜けして、今度は俺が怪訝な顔つきになる。
「……いいのか?」
「仕方じゃないじゃないか。やりたいことがあるんだろう?」
「まぁ……そうなんだけど」
そういうわけで、今夜の仕事はなくなった。
俺としては少しばかり申し訳ない気持ちになったが、ブランドン先生がいいと言うので今回は甘えることにした。
◇◇◇
夜も更けて日付も変わりそうな頃、俺は冒険者区を歩いていた。
身に纏うのは闇夜の死竜の装いではなく、レザーアーマーにマントといった冒険者風の格好だ。
左右の腰にはそれぞれ同形状の剣がぶら下がっている。
ロイドにもらった双剣は学院に置いてあるので、今装備しているのは別のものだ。
冒険者区を経由して西門に辿り着く。
ウルズの町にある四方の門のうち、この西門だけはずっと開いている。
冒険者が出入りするためだ。
他の門は夜から早朝まで閉じられている。
俺は周囲の景色を気にせずに西門をくぐって町の外へと出た。
街道沿いに進み、サイーダ森林へと足を踏み入れた。
「とりあえず、いつものコースを辿るか」
ここ最近……というか、死竜の砦の一件以降、俺は毎夜同じ事を繰り返している。
毎晩サイーダ森林にやってきては、ゴブリンやワイバーンなどの魔物を狩っているのだ。
俺は脇目も振らずに街道から外れ、森の奥へと入っていく。
他の冒険者と遭遇したくないってのもある。
だけど一番の理由は、街道付近に出没するゴブリンは夜と言えど数が少なく、森の奥に行けば行くほど魔物が群れる数が増えていくからだ。
なにより、ゴブリンより歯ごたえのあるワイバーンと戦いたいからだ。
目標はワイバーンを片手剣だけで倒すこと。
この一点に尽きる。
しかし、その強さはゴブリンなどは比じゃなく、ベテラン冒険者がパーティーを組んで戦っても勝率は五割ほどらしい。
そのワイバーンに片手剣で勝てれば、俺の片手剣の練度は上級を凌駕していることだろう。
実際、昨日までの戦績は芳しくない。
極力ギリギリまで片手剣で戦った。
無論、一度戦い始めたら逃げるのは困難を極めるので、最後は双剣で仕留めていた。
そんなわけで、俺の腰にぶら下がっている二本目は保険なのだ。
これがなければ命がいくつあっても足りないだろう。
しばらく歩くとゴブリンの群れに出くわした。
数は五匹。
俺を見つけるなり、手前のゴブリンが襲いかかってくる。
「さて、今夜も始めるか」
俺は剣を抜き、地面を蹴って駆け出した。
学院内予選まで――あと九日。




