第二話「二つの挑戦状」
問題は流派じゃない。
上級のほうだ。
他のリストを確認するが中級と初級ばかりで、彼以外に上級は見当たらなかった。
それもそのはず。
同年代で上級を取得するなど、数年に一人いるかどうかの割合だ。
現にこのウルズ剣術学院でも上級の生徒は一人として存在しない。
例外としてジェラルドやイアンは上級相当の実力を持っていたが、正式に認可を受けているわけではないだろう。
第一、この二人はイレギュラー過ぎた。
上級といえば冒険者や軍に配属された大人とも十分渡り合える実力を持っていることになる。
新米冒険者や新兵だってほとんどが初級、せいぜい中級までだ。
他の学校はどうか解らないがウルズ剣術学院が卒業までに初級試験の合格を目標に掲げていることからも、この上級という文字は俺を驚かせるには十分だった。
前年の優勝者で、今年の優勝候補筆頭と言われても頷ける。
「ふん、そいつが気になるか」
考えに集中していた俺は、わずかに反応が遅れた。
聞き覚えのある声に顔を上げると、そこには金髪をかき上げた状態で静止しているエドガーがいた。
「エドガー!?」
突然の登場に俺が目を丸くしていると、ロイドが耳元まで顔を近づけて小声で言った。
「こいつ、急に現れたと思ったら、アルが気付くまでずっとこのポーズなんだぜ。面白いからわざとシカトしてたんだ」
「聞こえているぞ、平民」
エドガーは神に触れていた右手を下ろしながら、苛立たしげにロイドを睨んだ。
俺の視線はエドガーから、その隣で優雅に立っているローラ先輩に移動する。
「どうも、ローラ先輩」
「ごきげんよう」
ローラ先輩はエドガーが立ち直ったことで、ことさら上機嫌だった。
エドガーはローラ先輩を手で制すると俺が手に取っていたリストをかっさらい、鼻で笑いながらテーブルに叩きつけた。
「優勝候補か。あいつがいい気になっているのも今のうちだ。今年はオレがいる。二連覇などさせるものか」
エドガーは自信満々に言い放つ。
すっかり学院内予選やウルズ武闘祭を勝ち上がって、アステリア王国武闘祭に出場する気だ。
俺もそこはあえて突っ込むことはしない。
本人がどう思おうが自由だし、そんなエドガーの性格にも慣れっこだ。
「そのオスワルド剣術学院の六年生、エドガーの従兄弟なの」
セシリアが教えてくれた。
ふうん、エドガーの従兄弟か。
ということは大貴族か。
「エドガーも再来月の昇級試験ではきっと上級を取得できますわ。わたくしは信じてますのよ」
剣術の昇級試験は年三回の定期試験の際に並行して実施される。
次の昇級試験は二ヶ月後の炎竜の月だ。
エドガーは現在ザフィーア流剣術の中級。
先月までのエドガーの実力では上級を取得するのは厳しいだろう。
しかしローラ先輩の話では、あれ以降一日も欠かすことなくダリア先生から厳しい指導を受けているそうだ。
それがエドガーの性格も相まってこれほどの自信に繋がっているようだった。
「アルバート、学院代表の座を勝ち取るのはオレだ。オレの本当の実力を見せてやる。学院内予選の決勝でオレと戦えるのを楽しみにしているんだな」
エドガーから宣戦布告されてしまった。
どうやらエドガーが決勝まで勝ち上がるのは確定事項で、その相手は俺を希望しているらしい。
学院内予選は予選と決勝トーナメントに分かれている。
去年の俺の成績はというと、予選の一試合目で敗退している。
双剣が使えないからこんなものだ。
その俺に決勝まで上がって来いと言うのだから、エドガーは俺の評価を改めたということか。
言い方はともあれ、期待されて嫌な気分はしない。
一方エドガーの成績だが、確か決勝トーナメントの二回戦か三回戦まで進んでいたと記憶している。
セシリアたちの成績は俺と似たり寄ったりで、仲間内で決勝トーナメントまで進めたのはハロルド一人だけだ。
そのハロルドも二回戦で敗退している。
結果としてはウルズ剣術学院の上位三十二人の中に入れたということだ。
去年の成績を見る限りじゃ俺よりハロルドのほうが好成績を修めそうだが、今年の俺は去年までとは違うと言っておこう。
今までは魔眼の制御不足で片手剣で戦うと本来の動きに違和感があったが、今の俺はあの時より格段に魔眼を制御できている。
剣聖のパーティーメンバーであるティアさんに言われたことを毎日実戦しているだけだが、自分でも解るぐらい動けるようになった。
まるで手足に嵌められていた鋼鉄製の枷が外れたかのように感じている。
「どうした? 何を黙りこくっている。貴族であるオレが自ら決勝で待っていると伝えたのだ。何かしらの返答をするのが礼儀だろう」
「いや、悪い。期待に添えるよう頑張るさ」
「べ、別に貴様ごときに期待しているわけではない。いくぞ、ローラ!」
俺の返答が意に沿わなかったのか、エドガーは少し狼狽えると足早に食堂を出て行った。
ローラ先輩は俺たちに会釈してから、エドガーを追いかけていった。
その様子を眺めていたロイドがぽつりと言う。
「しかしまぁ、エドガーも何か変わったよな」
「何がだ?」
「なんかこう、棘がなくなったというか丸くなったというか……。言い方とかはあんま変わらないんだけど、前ほど嫌な気がしないっていうか。おい、ブレンダおまえどう思う?」
上手く伝えられないロイドがブレンダに話を振った。
「そうね。立ち直るきっかけをお膳立てしてくれたのがアルだとダリア先生や許嫁から聞いているのだろうし、かと言って素直に感謝の言葉を口にするのはプライドが許さないんでしょうね」
「わたしもロイドが感じたような印象を受けるわ。ただ、わたしが思うに、さっきのエドガーの場合は照れ隠し?みたいな感じだったかな……」
セシリアが自分の意見を述べると、
「照れ隠し~? いやいや、あいつに限ってそれはないだろ」
ロイドが手を振って否定の仕草をとった。
「エドガーの変化はともかくとして、オスワルド剣術学院の六年生は侮れませんよ。去年の試合を見ましたが彼は別格です。アステリア王国武闘祭の一般の部でもいいところまでいくんじゃないでしょうか」
ハロルドがリストを手元に集めながら言った。
俺たちが目指すアステリア王国武闘祭(若年の部)は出場資格に十八歳以下の年齢制限があるが、一般の部とは文字どおり年齢制限のない大会だ。
つまりこの一般の部の優勝者はアステリア王国で一番強いという証明にもなるのだ。
もちろん一般の部のほうは毎年、現役の軍関係者や冒険者、それにアステリア王直属の近衛騎士までが参加する。
その戦いが熾烈を極めることは想像に難くないだろう。
「それほどなのか? 確かに上級は凄いが他の参加者も同じような実力を持っているだろう?」
「わたしも同じ意見よ。学生の域を遙かに超えているわ」
セシリアも同意する。
ロイドやブレンダ、ミリアムまでもが頷いた。
俺を除く五人は一緒に大会を見に行っていたから、その全員が言うのだからそうなのだろう。
くそう俺も見たかったなと、あの日仕事を押しつけたブランドン先生が少し憎らしく思った。
「アルの双剣ならあるいは……」
ハロルドがそう言って俺を見た。
つられるように他の四人の視線も俺に集中する。
「待て待て。大会では双剣は認められていないんだ。期待されても何も出ないぞ」
闇夜の死竜である俺の実力を目の当たりにしているみんなをして、互角と言わしめるオスワルド剣術学院の生徒。
俺は間近に迫った学院内予選が楽しみになってきた。
そんなことを話していると、今度は背後から声をかけられた。
「私がいるのも忘れんなよな」
どこからともなく姿を見せたのは五年死竜クラスのスカーレットだった。
死竜クラスのスカーレットが食堂に来るなんて珍しい。
俺が怪訝な顔を向けると、
「アルバート。おまえには絶対負けない。この間の私だと思わないほうがいいよ。それとエドガーにも言っといて。あんたも倒すってね」
そう言って俺の鼻先に人差し指を突きつけた。
いや、俺にエドガーへの伝言を頼まれてもな……。
「勝つのは私だ」
スカーレットは俺の返事を待たずに、踵を返して食堂を出て行った
「大人気ね、アル。一日に二人から挑戦状を叩きつけられるなんて」
ブレンダがおかしそうに口元に手を添えて笑う。
「ああ、まったくだ。組み合わせ抽選の兼ね合いもあるから二人と当たるかもわからないんだけどな。まぁ、期待に添えるよう努力するさ」
俺は苦笑いを浮かべた。




