第一話「武闘祭に向けて」
三章 全三十一話です。
水竜の月九日。
ジェラルド率いる死竜クラスの暴動から数日が経ち、ウルズ剣術学院はようやく日常を取り戻していた。
いつものようにクラスメイトのおなじみの六人揃って、食堂で昼食を摂っていた時のことだ。
ここ数日の話題はもっぱら、来月に行われるウルズ武闘祭(若年の部)についてだ。
あと数日もすればその学院内予選が始まる。
俺たちだけじゃなく周りで食事をしている生徒も同様で、ちらほらとそんな話が漏れ聞こえてくる。
「やっぱり六年は就職があるから気合いが違うよなー」
ロイドが肉を頬張りながら周囲を眺めた。
毎年開催される伝統行事だが、ただの祭りでない。
町中の熱狂的な観客が押し寄せ、その中には将来の有望株を確保しようと軍関係者や冒険者ギルドの幹部、そして現役の冒険者までやってくる。
剣術学院に通う生徒にとって自分の実力を試すいい機会だし、卒業後に就職を控えた六年生などは軍関係者や冒険者のお眼鏡にかなおうと必死だ。
「当然です。実際、優勝の肩書きを持っているだけでアステリア国内では箔がつきますし、軍からスカウトされれば将来は要職の芽もあるでしょう」
すまし顔で答えたのはハロルドだ。
ハロルドの言う優勝の肩書きとはウルズ武闘祭(若年の部)のそれではない。
ウルズ武闘祭(若年の部)優勝者が出場できるアステリア王国武闘祭(若年の部)での優勝のことだ。
我らが五年風竜クラスの担任ブランドン先生が三連覇した、な。
思い立ったようにハロルドがテーブルの上に数枚の書面を並べた。
書面は端正な字でびっしりと埋め尽くされている。
ハロルドも字は綺麗なほうだが、彼の書いたものではないのは明らかだった。
ミリアムがその一枚を手に取って、眉を寄せながら首を傾げた。
「ハロルドくん、これなぁに?」
「アステリア王国武闘祭の出場者予想リストですよ。父が八方手を尽くして調べたようです」
「ふぅん。ということは、ハロルドのお父様はここに記載されている彼らが、各町の武闘祭を勝ち抜いてアステリア王国武闘祭に出てくると考えているのね?」
ブレンダがミリアムがう~んと唸りながら見つめている書面を隣から覗き込んで言った。
ハロルドは首肯してからため息をついた。
ミリアムは驚いたようにテーブルに身を乗り出し、
「えっ、ハロルドくん、どうしたの!?」
「これは相当なプレッシャーだな」
俺はハロルドの肩を軽く叩きながら同情した。
ハロルドの親父さんがこのリストを渡した意味を理解したからだ。
学院内予選やウルズ武闘祭ではこのリストは用を成さない。
必要になるのはアアステリア王国武闘祭だけだ。
つまり、ハロルドの親父さんはハロルドにアステリア王国武闘祭に出場しろと言外に伝えているのだ。
しかも、そこでそれなりの成績を、ひょっとしたら優勝まで期待しているのかもしれない。
理解が追いついていないミリアムにブレンダが丁寧に説明する様子は、まるで姉が妹の世話を焼いているように微笑ましく感じた。
「まぁ、そういうことです。ですが、今年は例年にないくらい順調に仕上がっています。それに父の期待に応えるためだけではありません。アルのほうはどうですか?」
「ん、俺か? 毎日の鍛錬は欠かしてないぞ。特にここ数日は念入り……に、いや……体の調子を見ながらほどほどにやってるさ」
俺は頬に刺さる痛い視線を感じて、セシリアの様子をうかがった。
さっきから俺のほうをちらちらと気にしているのは気づいていたし、理由も解っているのだ。
セシリアは心配そうに、それでいて少し怒ったような複雑な表情だ。
それというのも、先月の死竜の砦での戦いに起因している。
「大丈夫だよ、セシリア。無理はしてない、無理は……はは」
「心配するし怒りたくもなるわよ。アルは無理してても平気な顔して大丈夫って言うんだもの。ブランドン先生から聞いたわよ。右足首の骨折も重症だったけど、頭の怪我のほうが大変だったって。診療所の先生も呆れていたみたい。おかげで予想以上に治療費を請求されたって、ブランドン先生苦笑いしていたわ」
あのおしゃべり野郎め。
即時治療してくれる回復術士への高額な治療費を出してもらったのは助かるが、セシリアの性格を考慮して説明しろってんだ。
そのせいで、すっかり完治した今となってもセシリアを心配させてしまっている。
俺とセシリアの様子を見てロイドはにやにやと笑みを浮かべているし、ブレンダは肩をすくめてみせた。
俺は誰からも助け船が来ないことを察して、強引に話を戻すことにした。
「まぁ、何にせよブランドン先生が治療費を捻出してくれたおかげで、俺たちは万全の状態で学院内予選に挑めるわけだ。そして学院内予選のあとには、魔術学院との交流戦も控えている」
「それこそ、ただの祭りだぜ。ウルズの町は魔術より剣術のほうが盛んだ。弱小の魔術学院との交流戦は、今年も剣術学院が勝つだろ」
ウルズ魔術学院との交流戦は両校の代表者七名ずつの団体戦だ。
選出される生徒はウルズ武闘祭の学院内予選によって決定される。
つまり学院内予選は、ウルズ武闘祭と交流戦、その両方の選考会を兼ねているのだ。
そしてロイドの言うとおり、ほぼ毎年剣術学院の勝利で終わっている。
過去三十年で剣術学院が負けたのはたったの二回だけらしい。
その時は熱狂的な剣術派から大バッシングを浴びたらしい。
一方、魔術学院のほうは負けてもともとという風潮があるようで、負けたからといって非難されるようなことはない。
「それに交流戦では互いに全力は戦いませんからね。盛り上がりにも欠けるでしょう」
ハロルドが珍しくロイドに同意する。
確かに多くの生徒にとって本番は直後に控えたウルズ武闘祭のほうだ。
下手に怪我でもしてウルズ武闘祭に出られませんとなった日には、たまったもんじゃない。
どうして日程を被せたんだとはよく聞く声だが、昔からの伝統行事だからという理由で改善されることもなかった。
昼食を終えたあとも、俺たちは――特にロイドとハロルドが――ウルズ武闘祭について白熱した議論を繰り広げていた。
俺はハロルドの親父さんが作成したリストをぼんやりと眺めていた。
アステリア国内にある全町村からの出場者予想。
ずらりと所属校と名前、加えて流派や過去の戦績まで詳しく記載されている。
その中に名前を何重にも○で囲っている欄を見つけた。
聞いたことのない名前だ。
まぁ、他校の生徒の名前などいちいち憶えちゃいないので当然なのだが。
(ええと……オスワルド剣術学院か)
オスワルドといえば、アステリア王国で一番大きな町だ。
ここからは遙か西に位置し、隣国のゲルート帝国に面している。
欄外には『優勝候補筆頭』と走り書きされていた。
どうやら前年の優勝者らしい。
アステリア王国武闘祭は例外なく首都ウルズの町で開催されるが、去年の当日、俺はブランドン先生から面倒ごとを押しつけられていて見ていなかったのだ。
気になって読み進める。
そして、流派の欄で俺は目を留めた。
(……ん?)
見間違いではないかと目をしばたたかせてから、もう一度確認する。
間違いない。
そこに記載されていたのはザフィーア流剣術上級の文字だった。




