第十五話「その頃、魔王軍は」③
魔王軍のエルフ界方面軍が全滅してから五日。その報せが魔王城にもたらされてからも五日経ったということになる。いまだ魔王の怒りは冷めない。幹部たちが叱責されるのを、魔王軍宰相ギデオンや四天王は人ごとのように眺めていたが、エルフ界方面軍全滅の起因がジェラードであるとわかると、魔王の怒りの矛先はギデオンに向けられた。
「なぜジェラードは人間側についたのだ。おまえがジェラードを魔王軍から追放したからではないのか、ギデオン」
玉座に座っている魔王は低い声で言った。重厚な鎧に身を包み、額にある魔石は闇のように深く暗かった。幹部たちでさえすくみ上がる威圧感を放っている。魔王軍を率いている者のオーラがあった。一方、詰問されるギデオンは完全に焦っているようだった。それを見た幹部連中は冷ややかな視線を浴びせている。
「魔王様、それはジェラードが遺跡にある禁呪のスクロールを盗み出そうとしたからです! 恐らく、やつはその時から反逆を企てていたのでしょう!」
「本当にそうなのか? 禁呪の件にしても、おまえがライナスたちを使いジェラードを罠に嵌めたという幹部の証言もあるのだぞ」
「だ、誰がそのようなことを! 私どもは未然に禁呪の盗難を防いだのです! 魔王様、これに偽りはございません!」
ギデオンは必死に弁明する。暗黒騎士ライナスたち四天王は戦々恐々としながら、その様子をうかがっていた。真実が明るみに出れば、自分たちの降格どころか命さえないだろう。そう思ったに違いない。
「ならば今後の方針を決めて、すぐにでも動くのだな」
「はっ! 魔王様のご期待に添えるように、次策を講じます!」
ギデオンは深々と頭を下げた。慌てて、四天王も同じように頭を下げた。
◇ ◇ ◇
翌日、ギデオンの私室に四天王は呼び出されていた。
「どうしておまえたちを集めたか、言わなくてもわかっているな?」
「はっ。……われわれの立場が危ういということは十分承知しています」
四天王を代表して、ライナスが声を絞り出した。あの後、一部の幹部たちは、ジェラードを追放したギデオンに非があると言い出したのだ。
「ジェラードを追放する時は俺に賛同しながら、いまになって手のひらを返すとは忌々しい」
ギデオンは苛立った様子で歯を食いしばった。
「いまやジェラードはエルフをも味方につけた。次はきっと獣人と接触するはずだ。それだけは死守しろ。カール、おまえに懸かっているのだぞ」
「はっ。お任せください。私がジェラードを殺してみせましょう」
呪術師カールは自信たっぷりに告げた。
「何か策はあるのか?」
「はい。ジェラードの弱点は女です。やつは女に甘い。私の率いる獣界方面軍には、ジェラードの部下だった女たちがいます。その者たちを利用します」
「その女たちはジェラードの追放にも反対したのではなかったか? いまはどうしているのだ」
「弱みを握って服従させております。魔王軍を裏切れば、本人や家族に私の呪いをかけると」
「相変わらずのやり口だな。しかし、方法は問わん。ジェラードを殺せればな」
カールは恭しく一礼すると、準備を進めるために部屋をあとにした。
「ジェラード一人に労力を割くわけにはいかんのだ。人界と獣界を一刻も早く手中に収めろ。ライナス、ウォルター! わかっているのか!」
ライナスはジェラードがエルフの里に向かった後、一度王都に侵攻していたが勇者パーティーに阻まれていたのだ。その際、勇者パーティーの一人である魔法戦士を討ち取ったが、それで褒めてくれるほどギデオンは優しくない。
「勇者パーティーの一角を崩しました。人間どもにとっては大きな痛手のはずです。次こそは必ず!」
ライナスは力強く答えた。
「ウォルターはどうなのだ? おまえも一度失敗した。策はあるのか?」
暗殺者ウォルターも、ライナスが王都に攻め入ったのと同時期に、カールと一緒に獣王を襲撃した。しかし、事前の情報にあった獣王の護衛に、返り討ちにされていたのだ。
「やはり、獣王の護衛が予想以上に手強く……」
「言い訳はいい! ……いや、獣王はわが師を倒したほどの強敵だ。おまえに俺の兵を貸そう」
「――!? ギデオン様の魔導兵を!」
ウォルターだけでなく、ライナスと闇神官ヘイデンも驚いた顔をする。ギデオンの魔導兵とは、その名のとおり魔術に長けた魔導師の部隊だ。たった三十人ほどの小規模な部隊でありながら、全員が上級魔法まで習得している。そして、そのすべてがギデオンの弟子だった。さらに、一部の高弟は古代魔法まで扱えるという噂だ。いわば、次期幹部候補と言われるギデオンの切り札だった。
「魔導兵を使い、獣王を討て!」
ギデオンは言い放った。




