第十四話「ついてくるなら拒みはしねぇ」
エルフの女王ディアドラに気に入られたジェラードは、彼女の私室に招かれていた。天蓋付きの大きなベッドに、調度品の数々。それらはすべて色鮮やかな草花で造られていた。ジェラードは丸いテーブルを挟んでディアドラと向かい合って座っている。
「それにしても、頭突きとはな。その魔石、修復は利かんのだろう?」
「ああ、これがぶっ壊れたらさすがに俺でも死ぬ」
ジェラードは額の魔石を撫でながら言った。ディアドラは怪訝な表情で、ジェラードの額を眺めた。
「ジェラード、おまえは角ありだったのか?」
「――!? はっ、エルフの女王にはそんなことまでわかるのか?」
「除去したのだな。わからないように偽装しているみたいだが、理由はだいたい察しがつく」
この大陸の魔族の祖先は、はるか昔に別の大陸から移住してきた。魔族には多種多様の種族が存在するが、現在この大陸にいる魔族は額に魔石を持つ種族だ。しかし、魔王軍の前宰相だけは違った。額に魔石はなく、代わりに角がある種族だった。彼女と戦ったことのあるディアドラは、戦いの中でそれを知った。
「角ありはあの女で最後だと思ったが、ジェラードはあの女の、子であったのだな」
「ああ。そこまで気付いているなら、いまさら隠しても仕方がない」
「そうか、そうか。姉の後ろに隠れておった、あの幼子がジェラードだったか。確か、姉の名はマグダレーナといったな。その後の消息はわからんか」
「海を渡ると言って出ていったきり、六十年も音沙汰なしだ。母親の故郷を目指したんだろうが、もう死んでいるだろう」
「そうか。それは残念だな。母親から魔術の才能は受け継がなかったみたいだが、剣の腕は立った。それで、二十年前は母の――師の付き人として私に会ったことがあるというわけだな」
「そういうことだ。それにしても魔族の種族について詳しいな。エルフの情報収集力はそれほどか……」
「ふっ、だてに二千年は生きてはいない」
「二千年…!? おまえ、ババ――」
言いかけたジェラードの唇を、顔を顰めたディアドラが指で押さえた。
「その先を言えばどうなるか、わかるな?」
「…………」
ジェラードはこくこくと首を縦に振る。ディアドラの肢体は服の上からでも老いを感じさせない。服から覗く胸の谷間や、脚の曲線は見ただけで張りと艶があるとわかる。とても二千年生きているとは思えなかったが、本人が言うのだから嘘ではないだろう。
「味わってみるか?」
「はは、残念だが時間が惜しい。仲間を待たせているからさっさと話を済ませたい」
話が逸れたので、ジェラードは同盟の話題に切り替えた。
「――人界との同盟は私の名において約束しよう。しかし、ここを狙う魔王軍を何とかしないことには、目の前の敵で手一杯だ。それは獣界でも同じ事だろう」
「もちろん、わかってるぜ。だから魔王軍のエルフ界方面軍そのものをぶっ潰す」
「簡単に言うができるのか?」
「俺ならできる」
「ふふっ、たいした自信だな。だが、ジェラードの言うことなら信じよう。具体的にはどうするのだ?」
「やつらの拠点はわかるか? いまから攻め落とす」
エルフの里を取り囲む精霊の湖。大樹側から数百にも及ぶ小舟が岸に向かってくる。渡し守と交渉していたソニアたちは、呆然とそれを眺めていた。そして、船から降りてきたのは武装した大勢のエルフたち。その先頭を歩くのはディアドラに腕を組まれたジェラードだった。
「ジェラード様! …………えっと、この女性は?」
「わあ! とても綺麗なお方ですわ! 誰なのでしょう?」
ソニアとレイラがジェラードに駆け寄ってから、隣にいるディアドラを見た。ジェラードは気まずそうに頬をかいた。
「エルフの女王ディアドラだ。同盟を結んでくれるそうだ」
「ほう、この者たちがそうか。ジェラード、どちらのほうだ?」
ディアドラはソニアとレイラを交互に見やり、ジェラードに尋ねた。余計なことを言うなという意味を込めてディアドラを睨みつけるが、彼女はおかしそうに笑う。
「ともかくだ。いまから魔王軍をぶっ潰しに拠点を攻めるところだ。おまえらもついてこい」
ジェラードが言って、魔王軍のエルフ界方面軍の拠点に向かうことになった。エルフ軍もディアドラ自ら出陣するという、最終決戦の様相を呈していた。御者は危ないのでエルフの里で留守番だ。自分も同行させられるのでは思っていた御者は、内心ほっとした。ジェラードたちとエルフ軍が森の中を進んで行く。そうして森を抜けると、荒野が広がっていた。しばらく歩くと、拠点が見えてきた。
「ジェラード様、見えてきました。あれじゃないですか?」
ソニアがジェラードの腕を掴んで言った。ディアドラの登場以降、ソニアは積極的にジェラードに触れてくる。ジェラードとしては聖女のソニアには自分から触れられないので嬉しい限りだったが、それに対抗したレイラも引っついてくるので歩きにくかった。たまにディアドラも割り込んでくるのを見て、メレディスは苦笑いした。
「ジェラード、ソニアの言ったとおりだ。あれがやつらの拠点になっている」
ディアドラが拠点を見据えて腕を組んだ。拠点は大きな砦になっていて周囲にも魔王軍が集結している。恐らくこちらに気付いているだろう。
「もう少しだけ近づくぞ。ディアドラ、エルフ軍にはそこで防戦させろ。拠点には近づけさせるな」
「どういう策だ?」
「俺が特大の爆裂魔法で砦ごとぶっ潰す。詠唱に時間がかかるから、その間だけ魔王軍の攻撃に耐えてくれればいい」
作戦は決まった。ジェラードの指示どおりにディアドラはエルフ軍に命令した。すぐさまジェラードは呪文の詠唱に入る。ソニア、メレディス、レイラは無防備になったジェラードを守るように位置取りした。魔王軍が進軍を始め、エルフ軍が迎え撃つ。
「炎から生まれし精霊よ――」
ジェラードは詠唱に集中する。魔王軍の砦ごと灼き尽くす爆裂魔法を放つためだ。無詠唱や高速詠唱で短縮できない、全六十六節からなる文言に魔力を込める。
「燃えさかる紅蓮のとなりて――」
ジェラードの体が熱を帯びる。周囲に炎の精霊が顕現したのだ。エルフ軍と魔王軍が激しくぶつかり、怒号や雄叫びが飛び交う。ソニアはそれを注視しつつ、ジェラードの身の安全を確認する。すると、心配そうなレイラがジェラードに近づこうとした。
「ジェラード様! この熱風は……! 大丈夫なのですか!?」
「レイラ! ジェラード様に近づいては危ないわ! 強大な魔法ほど失敗した時に術者に返ってくる反動が大きくなるのよ! ジェラード様が集中できるように、わたしたちはジェラード様を守りましょう!」
「わ、わかりましたわソニアお姉様!」
いまのところエルフ軍がわずかに押されている。このままでは後方であるジェラードたちが攻撃に晒される。メレディスは意を決して一歩踏み出した。
「聖女様! わしもエルフ軍を援護する! ジェラードの守りは任せましたぞ!」
「メレディス様!」
メレディスは呪文を詠唱しながら進む。そして気合いの声と一緒に魔法を放った。かつて前勇者と共に魔王軍と戦った賢者メレディスの魔法が唸る。メレディスの創りだした氷の槍が魔王軍を貫いていく。ディアドラはそれを見て笑みを浮かべると、触発されたように次々と魔法を繰り出した。それでも数に勝る魔王軍の足止めにしかならない。砦の中にあとどれほどの魔王軍がいるかわからないが、ここまできたらジェラードの魔法に賭けるしかなかった。
ソニア、メレディス、レイラ、ディアドラはジェラードならできると信じているはずだ。そして――ジェラードは六十六節の詠唱を完成させた。
「深淵より地獄の業火を呼び起こせ――」
ジェラードが大きく目を見開いて、深く息を吸い込んだ。両手を前に突き出して、目標を捕捉する。
「いくぜ! すべてを灰燼と化せッ!
クリムゾンッ――フレアァァァッツ!!」
ジェラードが吼えた。直後、ジェラードの両手から放出された炎が渦を巻き、それは次第に大きくなって魔王軍の砦に向かっていく。そして、古代魔法クリムゾンフレアは魔王軍の砦を炎で包み込んだ。魔王軍が悲鳴を上げる。
「燃えろ! 全部灼き尽くせッ!」
そう叫んだジェラードは、すぐに別の呪文を詠唱し始めた。今度は高速詠唱だ。完成した魔法を、エルフ軍と交戦している魔王軍にぶつけていく。しばらくすると、魔王軍の砦は完全に燃え尽きた。そこには荒野が広がっているだけだ。
「やつらの拠点は潰したぜ! あとはそいつらだけだ!」
「魔王軍の砦は人界の英雄ジェラードが焼き払った! いまこそエルフの地から魔王軍を追い出すのだ!」
ディアドラが叫び、エルフ軍の士気が上がる。形成は一気に逆転した。勝利を確信したディアドラは、ジェラードに歩み寄った。そして、ジェラードの耳元に顔を近づける。
「このまま人界に帰すのが惜しくなった。どうだ、私と一緒にエルフの里で暮らさぬか?」
「悪いな。早いとこ獣界に向かわなきゃならねぇ。だが、おまえがついてくるなら拒みはしねぇ」
ジェラードはディアドラの腰に手を回した。




