第十三話「あんまり引っつくな」
しばらくして、エルフの里の上層に案内されたジェラードは、荘厳で大きな門の前に立っていた。隣には完全武装したエルフの戦士と、文官らしき男が立っている。文官はこの女王の間への案内役、戦士は万が一に備えてジェラードを警戒している。
「ここが、女王の間か。入るのは初めてだぜ」
「あたりまえだ。魔族がエルフの里に入ったのも初めてなのだからな。攻めてきた魔王軍を全滅させたという功績がなければ、死をもって償ってもらうところだぞ」
あの後ダメ押しとばかりに、ジェラードは大臣がしたためた親書を見せていた。インビジブルで姿を消し飛行魔法で飛び立つ際、メレディスの懐から抜き取っていたのだ。そこには国王と勇者の署名も入っている。人界の使者としてエルフの女王に会いに来たというのは、それで信じてもらえたようだ。
「くれぐれも粗相のないようにするんだぞ。少しでもおかしな真似をすればこいつがおまえを斬るぞ。わかったな」
そう言って文官が戦士に目をやった。戦士は腰の剣を撫でた。
「ああ。それにここじゃ俺の魔法は使えないみたいだな。女王の張った結界か」
「……よく気付いたな。魔術に長けているだけはあるようだ。さあ、いくぞ」
扉の両脇に立っていた二人のエルフが、文官の合図で扉を開いた。深緑色の絨毯が敷かれ、その脇には何人ものエルフが整列している。その先には玉座があった。
「われらエルフの女王、ディアドラ様だ」
玉座に座っていたのは、麗しき美女だった。歳は二十代くらいに見える。もっともエルフは長命なので、その見た目から実年齢を知ることなど不可能だ。ジェラードもその美に思わず息を飲んだ。
(二十年前に見た時とちっとも変わらないな。さすが長命のエルフ)
ジェラードは二十年ほど前にディアドラに会ったことがある。戦場で、師の付き人としてだった。四天王が魔王軍に入る前の話だ。
「私がこのエルフの里を治めるディアドラだ」
「ジェラードだ」
「しかし、ここで魔族と会うとは考えたこともなかったな」
「…………」
「どうした? 私の顔に何か付いているのか?」
「いや、二十年前にあんたと会ったことがあったが、その美しさが健在で驚いていたところだ」
「つまらぬ世辞はよせ。私にその覚えはないが」
ディアドラは文官のほうを見るが、彼は怪訝な顔で首を横に振る。
「覚えていないのも無理はないぜ。あんたと会ったのは俺の師で、俺はただのおまけだったからな。前魔王軍宰相だ。それは覚えているか?」
「ああ、あの女か。獣王に殺されたと聞いている。二人、子がいたと記憶している。確か姉弟だったか。しかし姉のほうはこの大陸を捨て、弟のほうはさっぱり話を聞かんな」
「よく知っているな。魔族でも知らない者が多い話だぜ。エルフの情報収集力はあなどれないな」
ジェラードは肩をすくめた。
「しかし解せんな。……魔族がどうして人間に与する? それが魔王軍の策か?」
「話せば長くなるが魔王軍を追放されたんだ。たとえ戻れと言われても、もう戻る気はないがな」
ジェラードは人間側についた経緯をかいつまんで説明した。
「話はだいたいわかった。おまえが持ってきた親書も本物のようだ。内容は人間、エルフ、獣人が協力して魔族に対抗する……つまりは同盟を結びたいということだな」
「そうだ。もし返事に時間がかかるのなら、その間に俺は獣界に行く」
「そう時間はかからんよ。私はおまえが信じるに足る人物かどうか、この目で見極めたいだけなのだ」
「はん、信用できないのに俺をここへ招き入れたのか?」
「この部屋ではおまえも魔法は使えない。魔族一人いたところでどうとでもできるからな」
「聖女の真偽判定をあんたが使えたなら、事は簡単だったんだがな」
「ほう、人間の聖女はそんなこともできるのか。しかし、私が見極めたいのは別のことだ」
「なるほど。それで、俺は何をすればいい?」
「私を味方につけたければ、ここで私を倒してみろ。それが条件だ」
ディアドラは妖しく光る目でそう言った。ジェラードは目を逸らさずに答える。
「それはできない相談だな」
「どうした、臆病風に吹かれたか」
「女は傷つけない主義なんだ。俺の実力を試したいなら相手は男にしてくれ」
ジェラードが自分のすぐ後ろに控えている戦士に振り返った。
「こいつか、この国で一番強ぇのは」
ディアドラが面白いものを見たように笑う。
「わかるか。その者こそエルフの里で最強の魔法戦士。いいだろう、その者に勝てばエルフは人間と同盟を結ぶことにしよう」
「ディアドラ様! 本気ですか!?」
慌てたように文官が言う。ディアドラは文官を制して、戦士にジェラードと戦うように命令した。
「魔法戦士か。だけどここじゃ魔法は使えないぜ」
「それはおまえも同じだろう」
戦士は真面目な顔で返す。そして、腰から剣を抜いた。お互いここでは魔法は使えない。純粋に武器を使っての戦いになる。ディアドラに好きな武器を言えと言われたので、ジェラードは棍棒と答えた。すぐに棍棒が用意され、ジェラードは受け取った。
「では、始め!」
ディアドラの合図で戦闘が始まった。戦士は腰を少し落として構える。ジェラードは棍棒を肩に担いだまま、戦士を見据えた。周りのエルフは固唾を飲んで注目している。最初に動いたのは戦士のほうだった。
「せいやっ!」
鋭い突きだ。だが、ジェラードはギリギリのところで躱す。そして、ジェラードは戦士の技量が自分より上だと、改めて確信する。
(魔法なしだと、分が悪い。だが、動きが正攻法すぎるッ!)
戦士の攻撃を棍棒で弾きながら、ジェラードは突進した。意表を突かれた戦士だが、ジェラードの体勢からは棍棒の攻撃は無理だと判断したようで、失笑を漏らす。
「おらあああああッ!」
ジェラードはその鼻っ柱に、自らの額をぶつけた。唐突な頭突き。ジェラードの着けていた地獄の宝冠が割れ、露わになった額の魔石に亀裂が入ったことから、かなりの衝撃だったとわかる。予測しなかった不意の一撃に、戦士の構えが崩れた。ジェラードは戦士の右肩に棍棒を振り下ろした。
「そこまでだ! 外に連れて行って治療してやれ」
ディアドラがジェラードの勝利を宣告した。右肩を押さえてうずくまっていた戦士は、他のエルフに連れられて女王の間を出ていった。
「まさか、その手があったか。まさに捨て身の戦法だな。自らの命を削るとは」
「へっ、いまので何年ぐらい俺の寿命は縮んだかな」
ジェラードはたいしたことがないように笑う。魔族の心臓たる額の魔石は、損傷しても癒やすことはできない。それが周知の事実であるからこそ、ジェラードが危険を伴う頭突きで攻撃するなど、誰も想像できなかったのだ。もちろん、ジェラードは大丈夫ではない。頭突きの衝撃で魔石が損傷したことにより、その場に片膝をついた。冗談めかして言ったが寿命が縮んだのは間違いない。
「どうして、魔族のおまえがそこまでするのだ? 魔王軍に復讐したいだけではないのだろう?」
ディアドラが目を細めて言う。まるで、ジェラードの真意を探るように。ジェラードは顔を上げて笑みを浮かべた。その顔には体力の消耗から汗が流れ落ちている。
「大事な女が傷つくのを見たくねぇ。これに勝る理由があるか」
ジェラードはあたりまえのように言い放つ。ディアドラを始め、他のエルフは唖然としていた。しばしの沈黙のあと、ディアドラは肩を震わせた。
「ははっ。あーはっはっはっ! これは面白い! 魔族が、人間の女に惚れたか!」
「ち、ちが……!」
「私はおまえが気に入ったぞ、ジェラード。二人だけで話をしよう」
「……なに?」
ディアドラは玉座から立ち上がると、ジェラードに向かって歩き出した。そして、戸惑うジェラードの腕に手を回す。周囲のエルフが悲鳴を上げた。しかし、ディアドラは意に介さずにジェラードに微笑みかける。
「――!? おい、歩きにくいから、あんまり引っつくな」
「ふふふ、良いだろう。私がそうしたいのだから。それに一人では歩けないだろう?」
ディアドラは妖艶な笑みを浮かべると、ジェラードにいっそう身を寄せた。




