第九話「なんだ俺に惚れちまったか」
「おまえたち、裏切り者ジェラードには魔法を使わせるな! 呪文を詠唱する暇を与えず、まとめてかかれッ!」
暗黒騎士ライナスが吼えた。直後、ジェラードたちを囲んでいた魔王軍の兵士たちが雄叫びを上げながら襲いかかった。
「ちっ、作戦変更だ! ジジイはソニアと一緒に娘を助けろ! ライナスは俺がやる!」
「わかりました! ジェラード様、どうかお気をつけて!」
「それしかないようじゃの! あのライナスとかいう男、桁外れの圧を放っておる。恐らく、わしでも勝てんじゃろう」
「ジジイ、もう一つ注文だ。ソニアを傷つけたら俺が許さねぇ!」
「――承知!」
ソニアとメレディスが前方に、ジェラードは後方のライナスに向かって迎撃態勢を取った。
「切り刻め! ダークエッジ!!」
ジェラードの放った無詠唱のダークエッジが魔王軍をバラバラにしていく。ジェラードは魔王軍を蹴散らしながら、一直線にライナスに向かった。
「ええい、うっとうしい雑魚が! 汝の敵を討て! ホーリーバレット!!」
ジェラードの生み出した光弾が魔王軍を追尾して直撃する。被弾した魔王軍は屍さえ残らなかった。
「ライナス! おまえは最後かと思ったぞ! のこのこ俺の前に出てくるとは、どういう風の吹き回しだ!」
「勝てる自信があるからに決まっている!」
「ふっざけんな! ダークエッジ!!」
闇の刃はライナスの鎧に弾かれて霧散した。
「効かんなぁ!」
「なにっ!?」
「この鎧はギデオン様から頂いたもので、威力の低い魔法なら無効にできるのだ! 無詠唱の魔法など屁でもないわ! だからと言って、詠唱する時間は与えんぞ! 死ねぇ、ジェラード!」
ライナスが鉄球を捨てて、腰の剣を抜いた。ジェラードは知っている。ライナスが暗黒騎士たるその魔剣を。しかも魔法なしの戦いでは、ライナスに分があることもわかっていた。
「ホーリーバレットォッ!! ファイアストームッ!!」
「効かんと言っているだろう! 魔剣の錆となれッ!」
「ちっ……!」
ジェラードはライナスの剣を間一髪で躱す。同時に、苛ついた表情で呪文の詠唱を始める。
(無詠唱や高速詠唱できる簡単な魔法じゃ、あの鎧は破れねぇ! ライナスを倒すにはもっと上位の魔法が必要だ! だが、その隙がない!)
魔王軍の波状攻撃で、ジェラードの呪文は幾度となく中断する。その隙を狙ってライナスが攻撃を仕掛ける。ジェラードは何とか躱すと、考えを巡らせた。
「死を司る精霊よ――」
新たな呪文を詠唱しながら、ジェラードは倒した魔王軍の武器を手に取った。得意の棍棒だ。その棍棒を振り回し、魔王軍を肉塊に変えていく。
「魔法が無理だと悟って、肉弾戦に切り替えたか! 魔導師が武器で戦士に勝てると思うなよ!」
「血の盟約に基づき――」
ジェラードは棍棒で戦いながらも詠唱を続ける。しかし、ライナスがそうさせてくれなかった。
「呪文は唱えさせんぞ! 死ねぇぇぇぇぇッ!」
ライナスの剣がジェラードの左腕を斬った。その瞬間、ライナスが笑みを浮かべる。勝利を確信したのだろう。
「トドメだ! 深淵の魔術師ジェラードを討ち取ったのは、暗黒騎士ライナスだぁぁぁっ! 暗黒滅殺斬ッ!!」
ライナスの奥義、暗黒滅殺斬がジェラードに迫る。だが、ジェラードは口角を吊り上げた。
「俺の勝ちだな」
「なんだ――うがあああああああああっ!」
勝利を確信したライナスの一撃は寸前で止まった。ライナスの背中に煌々と輝く槍が刺さっていたのだ。その穂先は胸まで貫通している。魔法、ホーリーランスによるものだ。
「ば……馬鹿な……! ジェラードの詠唱は中断した……はず……あれはっ!?」
ライナスは見た。振り返ったその先にいたのは、人型のまっ黒な影。その影がいまもなお呪文を詠唱して魔法を放っているのだ。
「なっ……なんだこれは……魔法なのか!?」
「バカが! 俺の使える魔法を全部知っていると思ったのか! 俺には四天王に見せていない魔法もあるんだよ!」
ジェラードが作り出した影は、彼の代わりに魔法を発動することができる。ジェラードの魔法の一つ、スペルシャドウだった。影に意思はなく、事前に決められた行動を繰り返すことしかできない。その間術者であるジェラードは魔法を使えないのだが、今回ほど適した状況はないだろう。
ジェラードは左腕を応急処置のヒールで癒やすと、ライナスに追撃を仕掛ける。ライナスは悔しげな顔で懐から青い珠を取り出すと、それを握りつぶした。砕けた青い珠から光が漏れ出し、ライナスの体を包み込む。
「ジェラードォォッ! これで勝ったと思うなよ! 次は殺してやる!」
そう言い残し、ライナスの姿はかき消えた。転移の魔法だろうとジェラードは即座に気付いた。
「ちっ、ライナスに逃げられた……。仕方ねぇ、今日はおまえらで我慢してやる!」
ジェラードは無詠唱の魔法を連続で放ち、魔王軍を全滅させた。その頃にはソニアとメレディスの戦いも終わりを迎えていた。もちろん、レイラの救出は完了している。
「ジェラード様、腕が! すぐに治します!」
顔を真っ青にしてソニアがジェラードに駆けつけた。そして、アルティメットヒールを発動し、ジェラードの左腕を完全に治した。
「そのぐらい聖女様に頼らずとも、おぬしなら自分で治せるじゃろう」
「気持ちの問題だ。女にやってもらったほうが心地いいからな。ところで、そいつが侯爵の娘レイラか」
「はい、この子がレイラです」
まだ気を失っているレイラをメレディスが背負っている。レイラの顔を覗き込むようにジェラードは腰をかがめた。
「ちょっと香水がきついが、これは……ふん。いいじゃねぇか」
レイラはソニアに負けず劣らずの美少女だった。それを見てジェラードはほくそ笑む。
「かわいい顔してるじぇねぇか。何より胸がでかい。ソニアみたく形のいいのもいいが、これは――」
「む、胸!? ジェ、ジェラード様っ!?」
「この馬鹿者が。おぬし、よくも本人の前でズケズケと言えるのう」
「けなしてるんじゃなくて、褒めてるんだから別にいいだろ。ソニア、大きさは負けたがおまえにはその尻がある。総合力ならおまえのほうがわずかに上だから安心しろ」
「お、お尻!? ジェ、ジェラード様!?」
ソニアは顔を真っ赤にしておろおろした。その後、セドリック侯爵やその妻ヒルダの元にレイラを送り届けたジェラードたち。セドリック侯爵領を襲ったのはライナス率いる部隊だったようで、返り討ちにしたことを伝えると、レイラの件と共に大いに感謝されたのだった。セドリック侯爵には興味のないジェラードだったが、ヒルダを見てたいそう美人な女だと素直に思った。目を覚ましたレイラは周りからジェラードの活躍を聞かされると、憧れのような目でジェラードを見つめた。
「あ、あのジェラード様! ソニアお姉様から聞きました。助けてくださってありがとうございます。父が治めるこの領地も守っていただいて感謝のしようがありませんわ!」
レイラは胸の前で両手を重ねて言った。
(間近で見ると、やっぱりでかいな)
ジェラードが笑ったのを見て、レイラも満面の笑みでジェラードの手を取った。
「ジェラード様、今夜はうちでゆっくりしていってくださいませ! 自然豊かなこの地をわたくしが案内いたしますわ!」
「ああ、うまい酒もあるか?」
「え、えっと……お父様! ジェラード様がお気に召すようなお酒はあるかしら?」
「もちろんだとも。娘の命の恩人だ。最高級のワインでもてなそう」
レイラは嬉しそうにジェラードの腕に手を回した。




