第八話「その娘気に入ったから侯爵家を助けてやる」
ジェラードが魔王軍の幹部三人を擁した人界方面軍二千を退けてから、十日が過ぎた。ギデオンとライナスへの宣戦布告を叩きつけ、幹部の一人を逃がしてから音沙汰はない。
「もう十日も立ちますけれど、魔王軍の動きは見られませんね」
「あいつがちゃんと上に報告してれば、そのうち向こうからやって来るんじゃねぇか? それより、ソニアは準備を済ませたのか?」
ジェラードは、鞄に酒瓶を入れると肩に背負った。自室で旅の支度を進めていたのだ。見たところソニアは手ぶらで、ジェラードのベッドに腰かけていた。
「わたしの準備は昨日のうちに済ませてあります。もうすぐ迎えの馬車が来るはずですよ。ジェラード様、そのローブとってもお似合いですね」
「ああ、これか。せっかくもらったから着てみたが、肌触りもいいなかなかの高級品だな」
魔王軍を退けた褒美として、国王から魔法のローブを授かったのだ。ジェラードの見立てどおり、素材は貴族の衣服に使われる生地で高級品だった。しかも、わずかだが打撃に対する耐性も付与されていた。その姿はまるで聖者のようだった。ただし、額の魔石を隠すために着けている地獄の宝冠と、ジェラード本人の性格は除く。
「ふふっ、わたしとお揃いですね」
「そうなのか? へー」
ソニアが嬉しそうに笑みを浮かべた。ジェラードが着ている魔法のローブとはデザインが丸っきり違うが、ソニアがいつも着ているローブは聖衣と呼ばれていた。聖女のために作られたものだ。何着か替えがあるらしい。
「ジェラード、準備はできたのか! もうすぐ出発するのじゃぞ!」
扉を勢いよく開けて入って来たのはメレディスだった。メレディスはジェラードの荷物がほぼ酒しかないのを見て、大きなため息をついた。ソニアはおかしそうに笑っている。
「酒は俺の魔力の源だ。準備はできてるから、出発しようぜ」
ジェラード、ソニア、メレディスは、いまから王都から少し離れた侯爵家に向かうのだ。三日前、王都に一つの報せが入った。早馬で駆け込んだ兵の話によると、セドリック侯爵の領地に魔王軍が攻めてきたようだ。しかし、王都の再襲撃に備えて、戦力を残しておきたい国王と大臣たちは勇者を交えて緊急会議を行った。
会議の結果、ソニアを含む勇者パーティーを二分するという案が出た。勇者、戦士、高位神官が王都に残り防衛に努め、ソニア、メレディス、魔法戦士がセドリック侯爵領へと向かうことに決まった。しかし、それを聞いたジェラードは、自分がソニアと二人で行くから、メレディスと魔法戦士は王都に残れと言い放った。だが、メレディスはソニアとジェラードを二人にさせるのが色んな意味で心配だったのだろう。セドリック侯爵領行きを固持した。結局、魔法戦士は王都に残ることとなり、ジェラードとソニア、メレディスがセドリック侯爵領へと向かうことになる。
手配された馬車に荷物を持って乗り込む三人。御者は緊張した面持ちで馬車を進めた。森を一つと小さな山を越えて辿り着いたのは、緑豊かなセドリック侯爵領だった。
「素敵な景色ですね」
「まったくその通りですじゃ。これ、ジェラード。寝てばかりおらんで、外の景色でも見たらどうじゃ」
「……さっきから起きてるぜ。ジジイがうるさくて昼寝もできやしねぇ」
馬車は四人乗りで、ソニアの隣にメレディスが座り、その向かいにジェラードがいる。
「ところで、その何とかって侯爵はどんなやつだ?」
「セドリック侯爵は若い頃は冒険者と一緒に戦地を駆け回っておった。わしも何度か一緒になったことがある。そして奥方のヒルダ様は先代の聖女だったのじゃ。くれぐれも、粗相はないようにな」
「わかってるよ。俺をそこらの無作法者と勘違いしてんじゃねぇ。しかし、先代聖女か。歳はいくつだ?」
「ヒルダ様は三十を過ぎたぐらいだと思います。若くしてセドリック様と結婚されて、その娘はわたしの一つ下で十六歳なんです。とても可愛らしい子ですよ」
「ふうん、先代聖女の娘、か。退屈な旅だと思ったが、思ったより楽しめそうだな」
ジェラードは少しだけ、今回の旅に興味を示した。
「ソニアはその娘とやらに会ったことがあるような口ぶりだな。知り合いなのか?」
「実はわたしが成人の儀で聖女に選ばれた後、半年ほどヒルダ様のところでお世話になったんです。そこでヒルダ様から聖女の力について教わりました。その時にレイラとは仲良くなったんです」
ヒルダの娘の名はレイラという。歳の近いソニアとはすぐに打ち解け合い、姉妹のように仲良くなった。レイラも母親のように聖女になることを夢見ていたが、ソニアが聖女になったことでその夢は絶たれた。しかし、レイラはソニアに対して恨みなどせず、逆に尊敬の念を持った。
「う、うわあああ! 魔王軍だ!」
突如、馬車が止まり、御者が悲鳴を上げた。ジェラードたちはすぐに外へ飛び出すと、辺りを見回した。人界方面軍だった。
「うぬう、囲まれておるのう……!」
「所詮は雑魚だ。眠気覚ましにはちょうどいい」
「ジェラード様、メレディス様、あれを見てください!」
ジェラードがソニアの指差したほうへ目を向けると、少女を担いだ魔王軍の兵士がいた。気を失っているようで、ぴくりとも動かない。
「レイラ!? ジェラード様、あの子がレイラです!」
「なんだと!」
「あれでは、おぬしの魔法で一気に吹き飛ばすわけにはいかんのう」
前方にはレイラを抱えた魔王軍が、左右と後方には武器を構えた魔王軍が取り囲んでいる。
「俺があの娘を助けに行く、左右と後ろはソニアたちに任せてもいいか?」
「ええ、わかりました。任せてください!」
「うむ、レイラ殿を傷つけるではないぞ」
「誰に言っている。俺の目の前で女は傷つけさせねぇ。いくぞ!」
ソニアとメレディスが呪文の詠唱を始め、ジェラードが駆け出そうとした時。ジェラードはメレディスの死角から敵の攻撃が襲いかかろうとしているのに気付いた。前方に踏み出そうとしていたため体勢が悪い。咄嗟に、自らの背を盾にしてメレディスを庇う。
――ドンッ!
「うっ……!」
ジェラードの背中に鉄球がめり込む。思わずジェラードは息を吐いた。
「ジェラード!? なぜ、わしを庇った!」
「うるせぇジジイ! 背中が痛いんだから話しかけるな……! ジジイが死んだら、誰に酒を奢ってもらえばいい!」
「お、おぬし……!」
ジェラードはメレディスを押しのけて立ち上がった。すぐに無詠唱でヒールを使い傷を癒やす。メレディスなら命に関わる一撃だったが、ジェラードの耐久力と魔法のローブのおかげでヒールで問題ない傷だ。完治はしていないが、いまはこれで十分だとジェラードは思った。
「おまえが来ていたのか。しばらくぶりだな、ライナス!」
ジェラードが見た場所には全身真っ黒な鎧を纏った魔族が立っていた。元ジェラードの部下で四天王の一人であり、現在は人界方面軍の司令官を務める暗黒騎士ライナスだ。ライナスは鎖の付いた鉄球を頭上で振り回していた。
「人間に尻尾を振っているってのは本当だったようだな! 魔族の面汚しが!」
「俺が面汚しなら、女を攫ったてめぇはクソだ。俺に殺されたいならかかってこい」
ジェラードは臆することなくライナスを睨みつけた。そして憎しみを込めて言い放つ。
「ライナス! ――てめぇは殺す!」




