第七話「俺の前に四天王を連れてこい」
数日後、ジェラードのところに二人の戦士がやってきた。王都までソニアの護衛をしていた者たちだった。手土産にジェラードの好きな酒を持っていた。
「ジェラード様のおかげで、弟の怪我もすっかり良くなりました!」
「うちの兄も元気になりました! ジェラード様、お口に合うかわかりませんがお礼に酒を持ってきました」
ジェラードは一瞬何のことかわからなかったが、どうやら治療した怪我人の中に戦士の家族がいたようだ。
「おっ、いいのか? これなかなか高いやつじゃねぇか。この間、ジジイのおごりでこれを五本空けたら、次から安酒に変えやがったんだ。やっぱり、この酒だよな~」
ジェラードはメレディスを横目に見ながら豪快に笑った。
「こやつに酒を飲ませたら、わしの金がいくらあっても足りんわい。おまえたちもあんまりやり過ぎると癖になるぞ。次に同じようなことがあれば、三つぐらい下の酒にするんじゃな」
「はあ……ははは」
戦士が頭をかいた。
「あのう……ジェラード様宛に女の人が尋ねて来られています」
「あん?」
ソノアが示した方向には、三人の町娘が立っていた。十代後半から二十代くらいだろう。
「……ああ、ちょっと出かけてくるぜ。どうせ、今日は何もすることがないからいいだろう?」
「えっと、どちらに?」
「どこって、ちょっと飯食いに行くだけだって」
「……とても綺麗な人たちですよ……ね」
ソニアが拗ねたように言った。
「なんだ、妬いてんのか?」
「――っ!? ち、違います! わたしは……」
狼狽するソニアの髪にギリギリ触れない位置に手を添えたジェラードは、
「心配するな。本当に飯を食いに行くだけだ。あいつらが一回だけ話をしたいってうるさいからよ」
と、片目を瞑って言う。ソニアは恨めしそうに、女たちの元へ歩いて行くジェラードの背中をずっと目で追っていた。
ジェラードが出て行ってからしばらくして、外が騒がしくなった。
「敵襲だー!」
そこへ、数人の兵士がやってきた。
「何事じゃ!」
「魔王軍です! 王都のすぐ手前まで来ています! 二千は集結しています!」
「に、二千じゃと!?」
「メレディス様、わたしたちも向かいましょう。きっと勇者様たちも来ているはずです!」
「うむ。おい、誰か! ジェラードを探してくるんじゃ! どっかその辺の酒場で酒を飲んでいるはずじゃ!」
メレディスは兵士に指示して、ソニアと一緒に王都の門に向かった。
門の前には多くの兵士や冒険者が集まっていた。もちろん、勇者パーティーも到着している。勇者は三年前に成人の儀で選ばれたまだ十八歳の少年だ。しかし、その強さは外見に見合わない。
「ソニア! きみも来てくれたか! それにメレディス様も!」
「はい! わたしも治癒魔法で支援します!」
「勇者殿、状況はどうなっておる!」
「魔王軍の数は二千ほど。指揮官は三人いますが、見たことのない顔ですね」
魔王軍の人界方面部隊は、暗黒騎士ライナスの命令で三人の幹部を投入していた。まさに、王都を落とすつもりの布陣であった。
「こちらの戦力は?」
「兵士が四百と冒険者が二百です」
「合わせて六百か」
「近隣の町や村に多くの兵を出していますからね。中央の部隊は僕のパーティーで斬り込みます。メレディス様とソニアは後方で支援をお願いします」
「勇者殿、いけるか?」
勇者パーティーは勇者、戦士、魔法戦士、高位神官の四人だ。もちろん七ランク存在する冒険者ランクの最上位、Sランクだ。人界の最強戦力である。
「半分はいけるはずです。残り半分は、他の兵士や冒険者に懸かっています」
「うむ。ジェラードをいま探させておる。それまでの辛抱じゃ」
「そうですね。ジェラード様がいれば、あるいは……」
勇者もこれまでの戦いでジェラードの凄まじい実力を目の当たりにしていた。みんなが心のどこかでジェラードに期待を抱いているのだろう。
「よし、みんな! 準備はいいか!」
勇者が大きな声で言って、仲間たちを引き連れて歩み始めようとした――その時。
「待て。いま行ったら俺の魔法の巻き添えになるぞ」
「ジェラード様!」
ソニアの顔がぱあっと明るくなる。そこに颯爽と現れたのはジェラードだった。しかし、機嫌が悪そうだ。
「ジェラードさん、やはり駆けつけてくれたんですね! これから僕たちで斬り込もうとしていたところです!」
「そうか。俺はいまもの凄く機嫌が悪い」
「そ、そうなんですか? わかります! 僕だって王都を脅かす魔王軍に腹が立っているんです!」
「ったく……いまからお楽しみってところでよう……」
「え?」
勇者がぽかんとする。それを見たジェラードは手を振って、
「いや、こっちの話だ。とにかく俺の魔法をぶっ放すから、おまえらは後ろに下がってろ」
「わかりました! すぐに他の者にも伝達してきます!」
そう言って勇者パーティーは走って行った。ソニアは怪訝な顔でジェラードに近づいた。すると、仄かに女性がつける香水の匂いが漂ってきた。その出所は間違いなくジェラードだ。
「ジェラード様?」
「ん……、なんだまだここにいたのか。危ないから下がってろ」
「む~」
ソニアは頬を膨らませると、メレディスと共に後方に下がっていった。ジェラードはソニアの後ろ姿を眺めながら頭をかいた。
「怒らせた……か? しかし、相変わらずいい尻してやがる。そんなもん毎日目にしたら、こっちはたまる一方だってのによ。ったく、触れられないのが残念だぜ。さてと……」
ジェラードは魔王軍を見据えた。遠見の魔法を使い、魔王軍を率いている指揮官の顔を確認する。
「これはこれは、幹部が三人か。ちっ、ギデオンはともかく四天王もいねぇか」
地面に右手をつけて、ジェラードは魔法の詠唱を始める。
「大地に眠る精霊よ――」
魔王軍がざわつき始めるがもう遅い。ジェラードは高速詠唱で土系統の最強魔法を完成させていた。
「地の果てまで落ちろ!
アァァァスゥゥゥ――クエイクッ!!」
――ゴゴゴゴゴ!
地面に無数の亀裂が入る。直後、地面にいくつもの裂け目ができ、魔王軍を飲み込んでいく。
「うぎゃああああっ!」
「お、落ちるぅぅぅぅっ!」
それを見てジェラードは笑みを浮かべる。
「――絶景だな」
ゆっくりと大地を踏みしめるように、ジェラードは前進した。一部、難を逃れた者もいるが、半数以上は地の底へ落ちていった。助かることはないだろう。ジェラードに恐れるように魔王軍が道を空ける。そうして、辿り着いたのは幹部の前だ。
「お、おまえ! ジェラードか!? どうして、ここぶぎゃあああっ!」
「俺の機嫌が悪いんだから、許可なくしゃべるなアホ」
闇魔法のダークエッジで幹部の一人をバラバラに斬り裂いた。そして、残り二人の幹部を見つけると、魔法で飛翔して接近した。
「や、やめろ! 近づくな! おまえらこいつを止めろぉぉっ!」
「それでも指揮官か。まずは自分の体を張れ。ファイアァァァストォォォォムッ!!」
ジェラードの両手から炎が吹き出し、一瞬にして幹部を丸焦げにした。左右の手から同時にファイアストームを無詠唱で放つ離れ業だ。さらに、残った最後の幹部を捕捉する。
「ふん、俺はあいつらのようにはいかんぞ。おまえ、追放された元獣界方面軍
のジェラードだな。どうしてここにいるのか知らないが、人間側につくとは深淵の魔導師も落ちたものだなぁ! たかが、中隊長風情が調子に乗りおって、幹部の力を思い知らせてや――ららららららっ!?」
「べらべらと良くしゃべる口だな。それと息も臭いぞ」
幹部の舌をジェラードは左手でつまんでいた。ジェラードのその素早い動きに幹部はまったく反応できなかったのだ。
「ようし、いまからその口の中にファイアストームをぶち込んでやるか。そしたら、案外爽やかな息に変わるかもしんねぇぞ?」
「ひゃめて……ひゃめて、くらひゃ……い!」
ジェラードは幹部の舌を離して思いっきり蹴飛ばした。幹部は無様に這いつくばる。
「帰って見たままを報告しろ。そして、俺の前に四天王を連れてこい!」
ジェラードは腕を組んで言い放った。




